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夜、路地裏で1人の男の悲鳴が木霊した。彼は所謂チンピラの類であり、とあるカラーギャングに所属していた。加えて彼の証言があまりにも現実味を帯びていなかった為、結果その事件はチーム間の喧嘩だろうと片付けられてしまう。彼の証言はこうだ、背後から日本刀で斬り付けられたと。

これが後に世間で騒がれる切り裂き魔事件の始まりになるなんて、この時は私を含め誰1人知る由もなく。



《警察はカラーギャング間の抗争だと見て、調査を進めております》

《最近若者の間ではチームカラーを身に付けて集団で行動する事が都心で流行っているようですが……》

「なにそんな真剣になって見てんだよ」

「シズちゃん。 ……あ」



シズちゃんは私の手からリモコンを取り上げると、テレビの電源を切ってしまった。私は真っ黒なテレビ画面を暫く無言のまま見詰めていたが、やがてシズちゃんの顔を見上げて言う。彼が何だかそわそわしているように見えたからだ。



「何処か出掛けるの?」

「ちょっとな、お前にちゃんと紹介してぇ奴がいるんだよ。一緒に来てくれるか?」

「別にいいけど……」



シズちゃんが人を紹介するなんて珍しい、一体どんな人だろう。内心ドキドキしながら手早く着替えを済ませ、シズちゃんにつられて着いた先はお馴染みの池袋公園。お昼の時間帯なだけあってそこはたくさんの人で賑わっていた。肩を寄せあって座るカップル、昼食中のOL達。そんなありふれた光景の中、当たり前のように1人だけ異形がそこに存在した。私が彼女を見間違えるはずがまずない。

漆黒のバイクにライダースーツ、猫耳を思わせる特徴的なヘルメット。彼女――セルティは私達の姿を確認するなり、PDA片手に此方へ向かって歩いて来た。



『静雄!それにみさきちゃんも!』

「よお、セルティ。待たせちまったか?」

『気にするな、私もついさっき着いたばかりだから。そんな事より、話は本当なのか!?2人のヨリが戻ったって!』

「!」

「ま、まあな」



シズちゃんが照れ臭そうに頭を掻く。



「まあ、ヨリっつーか、俺が思い出したっつーか」

『私も新羅も心配したんだぞ。急に静雄がみさきちゃんを忘れるなんて、絶対可笑しいと思ってたんだ』

「悪ぃな。なんか、心配掛けて」

『謝るならみさきちゃんに謝れ。とにもかくにも良かったよ。そうだ!これから2人一緒に来ないか?新羅が家で待ってるんだ』

「え、いいんですか?」

『勿論!ほら、みさきちゃんもヘルメット被って』

「あ、ありがとう御座います……」



私がセルティさん宅にお邪魔するのはこれが2度目となる。しかし1度目の時は状況がかなり切羽詰まっていた為ゆっくりと会話する事も出来ずに終わってしまった。セルティさんとはしょっちゅう顔を合わせていたが、まともに言葉を交わすのはこれが初めてだと思う。にも関わらず彼女はかなり友好的に話し掛けてくれたので、お陰で私は早くも打ち解ける事が出来た。

先にバイクに跨がるよう促され、私は前方でハンドルを握るセルティさんの背中にぎゅっと掴まる。バイクに3人乗りなんて随分と無茶だと思ったが、不思議な事に漆黒のバイクは3人が跨がるのに十分過ぎるくらいの大きさだった。初めて見た時よりもバイクの機体が一回り大きくなっているような……そしてうようよと蠢くこの影は何だろう?ツッコミ所満載だが、シズちゃんが何も言わないので私も気にしない方向に決めた。例えそれがどんなに非日常であったとしても今更驚くような事はない。大抵の事には慣れっこなのだ。



『大丈夫か?2人共』

「わ、私は大丈夫です。セルティさんは大丈夫ですか?運転する時2人も乗せていると重たいんじゃ……」

『ああ、私は平気。このバイクはシューターといってね、元は馬なんだ』

「馬!?」

『そう、だからこのくらいの重さなら問題ない。あと私の事は呼び捨てにしていいよ。気軽にセルティって呼んでくれると嬉しいな』



そう言ってセルティさん(以下セルティ)がハンドルを回すと、シューターと呼ばれたバイク(馬?)は嬉しそうに嘶いた。池袋周辺を歩いていると稀に馬の嘶きを耳にする事があったのだが今ようやくその正体が判明した。流石に都市伝説と呼ばれるだけあって彼女への興味は底を知れない。

バイクの後ろ部分がほんの少し沈み、シズちゃんがバイクに跨がったのだと分かった。背後から伸びる両腕が私の腰へと巻き付き、必然的にお互いの身体が密着する。こんな時にまで意識してしまう私は自意識過剰なのだろうか、今シズちゃんはどんな顔をしているのだろう。しかしそれは確認するよりも先にエンジン音が鳴り響き、私達を乗せたシューターは勢いよく加速した。左側への遠心力に耐えながら、チラリとセルティの顔を見る。すっぽりと被ったヘルメットの下は本当に何も無いのだろうか。



「(まさか……ね)」

『みさきちゃん、この道ちょっと揺れるよ』

「え……、ひゃあッ!ちょっとシズちゃん変なところ触らないで!」

「人聞きの悪ぃ事言うな!」



♂♀



川越街道某所
新羅のマンション


「やあ、いらっしゃい」



部屋に入るなり白衣を着た眼鏡の男――新羅さんが満面の笑みで迎えてくれた。

そして気付いた点が1つ。



「ぇえ!?みさきちゃんセルティにバイク乗せてもらったの!?それはつまりセルティの艶かしい腰のラインを余すことなく堪能出来たというこぶべらっ」

『馬鹿!人前で何言ってるんだ恥ずかしい……!ていうか女の子相手に嫉妬するな!』



この2人はどうやら相思相愛の仲にあるらしい。普段はクールで頼もしいあのセルティにこんな一面があったなんて、びっくり。やはり第三者の目は誤魔化せないものだ。そしてふと、私とシズちゃんが周りの目にどう映っているのかが気になった。シズちゃんは出来るだけ私との関係を内密にしておきたいらしい。多分ブルー・スクウェアとの一件が彼の中に大きな爪痕を未だに残しているのかもしれないけど、だからこそ私達の関係を知れるのはどうしたって限られてくる。この2人はシズちゃんの友達だから信用出来るだろう。私はまだ付き合いが浅いけれど、シズちゃんがそう言うのだからきっと大丈夫。

問題は――臨也さん、シズちゃんは彼を激しく嫌っている。ここで私が「臨也さんにも紹介したい」と言えば間違いない嫌な顔をされるだろうし、臨也さんは私の目を見て好きだと言ってくれた。やっぱり彼の言葉を丸ごと信用する事は出来ないけれど、あの時の臨也さんが嘘を吐いているようには到底見えない。加えて彼の忠告はこうだ、無駄な事をするなと。この言葉に何の意味があるというのかそれは未だに分からない。



「みさき?」

「!」

「大丈夫かよ。なんか今のお前、変だぞ」

「そう、かな。ごめんごめん!なんでもないよ!」



シズちゃんにはやっぱり全て筒抜けだ。出来るだけ顔には出さないよう努力したつもりだったけれど、彼にはすぐに見破られてしまった。気付いたらセルティと新羅さんは席を立ち、台所で私達の紅茶を煎れてくれていた。2人が見ていない間にも、シズちゃんは私との間合いを一気に縮めるとじゃれるように顔を肩に埋めてくる。すりすりと鼻を擦り合わせてくるその様子は、まさしく犬が飼い主に甘える時の仕草そのものだ。そして私がくすぐったいと言って身を捩れば、その反応が余程嬉しいのか耳やら鎖骨を甘噛みしてくる。



「んあッ、ち、ちょっと、ここ人んち……」

「あいつらになら別に見られたっていいだろ?」

「そういう問題じゃあ、」



こんな場面を見られてしまったら恥ずかしいではないか。勿論シズちゃんには私の言いたい事が全て伝わっていて、それを知った上でシズちゃんは意地の悪い笑みを浮かべる。勝ち誇ったようなその笑みに私はいちいちドキドキしてるのだ。

不意にふわり、と香るシズちゃんの匂い。この香りは私があげた香水の香り。



「……ねえ、この香りって私があげた香水の香りだよね」

「ああ、これか?俺、この香りすげー気に入ってたから、必死になって販売店探したんだ」

「そうだったんだ」

「……みさきから貰ったやつは使わずに、まだ取って置いてあるんだからな」

「えッ、どうして?」

「さあな。記憶をなくしても、本能的に勿体無ぇって思ったんだ。勿論今はちゃんと覚えてっけど」

「……」



ちょっぴり感動してしまった。私が思っていたよりもシズちゃんは私からのプレゼントを大切にしてくれていたらしい。そんな私もシズちゃんから貰ったネックレスを普段から肌身離さず身に付けている訳で。それがシズちゃんの視界に映ってしまうのが何だか気恥ずかしくて、付けてはいるものの服の中に隠してしまっているのだけれど。服の中のネックレスの飾り部分に布越しで触れながら、私は思わず赤面してしまった。

ほんの少し濡れた耳にふう、と息を吹き掛けられ、くすぐったいような感覚に小さく身震いする。もっともっと触れて欲しい、私もシズちゃんに触れたい。ここは人んちなのだからと躊躇していたのは私なのに、どんどんとその気持ちの方が膨れ上がり勝ってしまう。



「……ん」



自然に唇と唇とが触れ合って、だんだんと深みを増してゆく。ちゅう、と音を立ててシズちゃんが舌を吸い上げてきた。頭も身体もふわふわとして心地好い。あまりの気持ちよさに力の抜けた私の身体はいとも簡単に押し倒されてしまった。

「それ、隠すなよ」

「! いつの間に気付いてたの!?」

「俺が気付かない訳ねぇだろうが。どんだけお前の事見てると思ってんだよ」

「な、何……ひゃあッ!」



シズちゃんはあろうことか私の胸元へと顔を埋め、ネックレスの鎖を口にくわえる。服の中から取り出されたネックレスを見詰め、彼は満足げに笑った。



「ねえ、お2人さん方。お取り込み中悪いんだけど」

「!!?」

「んだよ、うっせーな。今いいとこなんだから邪魔すんな」

「うん、そう思ったんだけどね?ほら、せっかく煎れた紅茶が冷めるのは勿体無いかなあって」

『こら、新羅!紅茶なんてまた煎れ直せばいいだろう!だから私は2人を邪魔するなと言ったのに』

「す、すすすすみません!お気遣いなく……!」

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