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「みさきはさ、そんなに星見んのが好きなのか?」
シズちゃんがいきなりこんな事を訊ねてきた。私は彼の質問に目を丸くしながら顔を上げる。情事後、私達は同じ布団の中で身体を寄せあって横になっていた。
「へッ?」
「いや、なんつーか……お前、前からよく星空とか見てただろ。さっきの最中も……見てたじゃんか」
「……」
別に星座に詳しい訳でもないし、実は特別好きな訳でもない。確かに星空を見ていたせいでお風呂で逆上せた事もあるし、シズちゃんと一緒に星を見ながら帰り道を歩いた事もある。人並みに好きではあると思う。
しかし私が星空を見て思い出すのは、初めて都会の星空を見た時の気持ち。空を覆うものが何もない田舎と違って都会は高層ビルなどと建物が多い。おまけに自動車の走行もかなり頻繁であるし、排気ガスで濁った空気では星も見えないものだと思ってた。しかしそれは今まで埼玉に住んでいた余所者の勝手な思い込みとかいうやつで、実際池袋から見える星空はとても綺麗で絶景だった。あの時の小さな感動が今も心の中に色褪せる事なく残っている。
「星、詳しいのか?」
「そんな事ないよ。私、小学生の頃に習ったカシオペア座くらいしか知らないし。……どうしてそんな事聞くの?」
「あー……ほら、ブクロにプラネタリウムとか無かったっけかなーって思って」
「プラネタリウム?」
「たまにはそういう所に行くのも悪くねぇ、だろ?」
シズちゃんの頬が赤い、これはもしかしてデートのお誘いだろうか。かなり遠回しではあるが。勿論2人っきりでな?と確認するように付け足すシズちゃん。「それって……デート?」そう訊き返すと、照れ臭そうにポリポリと頬を掻いた。
「あんまし2人で出掛けるって事もねぇからな。俺も仕事休むし、さ。みさきの行きたい場所つれてってやるよ」
「……いいの?」
「おう」
ただし。そう言って目の前に人差し指を突き付けられる。だけど私にはシズちゃんの言いたい事が何となく予想出来ていた。
「新宿方面は絶対に駄目だかんな」
「そう言うだろうと思った」
「……本ッッ当に分かってんだろうなあ?」
何度同じ台詞を繰り返しても執拗に念を押してくるシズちゃん。敢えて口には出さないが、彼の心配要因の大半が臨也さん関係であろう事は明白だった。
「俺はみさきを疑いたくはないが、アイツは本当にノミ蟲みてぇな奴だから……いや、最近はノミ蟲にすら臨也の野郎と同等に扱っている事が申し訳ないとさえ感じてんだ」
「そ、そうなんだ……」
「とにかく臨也の野郎は近々ぶっ殺すから。……んな顔すんなって。大丈夫、みさきには迷惑掛けねえよ」
私が心配しているのはそこじゃあないのだが……彼は1度やると決めたからには必ず実行するだろう。警察沙汰はカラーギャングの抗争事件でもう懲り懲りだ。
あの事件は未だに記憶の中では新しい方だし、シズちゃんは尚更普段暴れている分警察に何かと目を付けられやすいだろう。あの頃を思い出す、帰って来ないシズちゃんをいつまでも1人で待つ寂しい時間――もうあんな思いはしたくないのだ。今はシズちゃんが傍に居てくれさえすれば、それでいい。大切な人と一緒にいられる一時が、どれほど幸せな事か――泣きたくなる程にそれを実感出来る。
「何もしなくていいよ、シズちゃんが警察に捕まっちゃったら嫌だもん。そんな事より、私は平和に暮らしたいなあ……なんて」
「……そうだな。やっぱし平和が1番だよなあ」
シズちゃんはそう言うと目を細めて笑った。何故かその笑顔を直視出来なくて、もそもそと布団の中に潜り込む。分かってる、どんな事があろうと私には臨也さんとの関係を断つ事など出来やしない。シズちゃんは彼を毛嫌いするが、私は寧ろ尊敬の対象でもある。確かに色々あってはいけない事まであったけど、彼無しではきっとこうして池袋に戻って来る事も無かった。
罪彼――彼女の存在が池袋にある限り私に平穏は訪れない。それを決して忘れてはならない。そして彼女を克服する際にも、必ず臨也さんの協力が必要になる。
「俺さ、実は今日アイツに会ったんだよ。意味分かんねえ事言いやがって……殴る前に逃げられちまった」
「そうだろうと思った」
「……はは、みさきには何でもお見通しなんだな」
「シズちゃん。私、どんな事があっても、シズちゃんの事が好きだからね」
「なッ、なんだよ急に」
「ちゃんとはっきりさせておこうと思って」
それ以上の事をついさっきしておいて今更恥ずかしがるのも可笑しな話だが、私は顔がカァッと熱くなるのを感じながら小さな声でそう告げた。するとシズちゃんは一瞬だけ不機嫌そうな顔をした後ぼそりと呟く。
「……謝ろうと思ってたけど、やっぱり止めた」
「?」
「最中といい今といい……みさきは可愛過ぎる。んな事言われたら、色々と我慢出来ねぇだろーが」
「ッ ……ちょっとシズちゃん。なんか、違和感が」
「みさきのせいだ」
そういえば繋がったままだった事を忘れていた。下半身に感じる違和感、自分の中でシズちゃんがむくむくとその存在感を増してゆくのを感じた。くすぐったいような、変な感じ。当然敏感なままの身体は意思とは裏腹にその感覚に悦びを覚える。生憎、今の私にそんな気力は残されていない。
無理無理と呪文のように繰り返したが、シズちゃんにはそんな反応されては説得力の欠片もない、と言われ呆気なく切り捨てられる。
「勿論、付き合ってくれるよな?」
再びニヤリと意地の悪そうな笑みを浮かべるシズちゃん。そんな顔をされては断れる訳がないじゃないか。
結局私達はその後も激しく求め合い――というよりも激しく求められ、次の日の朝には腰が悲鳴を上げる羽目となった。しかし私の心も温かい何かで満たされたとても清々しい朝だった。
♂♀
とあるチャットルーム
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・
・
【とまぁ、そんな訳で最近生活が厳しくて】
【これでも色々とやりくりしているんですよ?まさかここまで独り暮らしが大変だったなんて……】
[なんだか本当に大変そうですね]
[最近不景気続きだからなあ。時給のいい仕事もあまりないですし]
《私はいい仕事知ってますけどねー☆田中太郎さんには秘密ですけどっ!》
【きっとロクでもない仕事なんですね】
《なにそれ酷い!》
《ぷんぷん!》
【すみません。敢えてのスルーの方向で】
[しかし、こう不景気続きだと犯罪も増えますよね]
[何だかこの先不安です]
《もしかしたら無差別事件なんてものもあり得ますよう?》
【え】
【銀行強盗とか、そういう類いの?】
《うーん》
《私が思うにはそういうんじゃなくて……》
あひるさんが入室されました
[!?]
【!】
《おやや?》
[なッ、ななななななななななななななななな!?]
[あひるさん!?]
「すみません……お久しぶりです」
「あれ?そういえば田中太郎さんは今は池袋に?」
【はい。お陰様で】
【そんな事より、本当に懐かしいですね!やっと全員が揃ったって感じで】
《もう!今まで何処行っちゃってたんですかあ?》
《私、寂しくて泣いちゃいそうでしたよう><》
「すみません……」
「ちょっと池袋を離れてまして、最近戻って来たばかりなんです」
[そうだったんですか。お帰りなさい]
内緒モード[近々お会いしたいですね]
内緒モード[ほら、結局直接会ってお話しする事出来なかったじゃないですか]
内緒モード「そうですね」
内緒モード「私も今度こそお会いしたいです」
「それで、今は皆さん何を話していたんですか」
「事件……ですか?」
【ええ、まぁ実際に起きた訳ではないのですが】
【甘楽さんが近々無差別事件でも起こるんじゃないかって】
「!」
「無差別!?」
《これはあくまで私の予想なんですけどね☆》
《追い詰められた人間って、世間全体が敵に見えちゃうんだって!》
[それで……無差別殺人を?]
《そう珍しいケースでもありませんよう?》
《人を刺す動機なんて、それだけで十分なんです》
「相手を愛しているが故に斬る……なんて事も?」
《そういうケースもあるんじゃないですかあ?》
《ていうか、それはその人なりの愛情表現だったりしちゃって☆》
【なんてヤンデレなw】
[いやいや、そこは斬っちゃ駄目でしょう!]
「で、ですよね!」
「私も絶対にないです!」
【もうやめましょうよ、無差別事件の話なんて】
【せっかくあひるさんが帰って来たんですから明るい話題にしましょうよ】
《明るい話題ですかあ?》
《そうですねえ……面白い話題といえば、やはりダラーズの初集会でしょうか》
「あぁ、アレ」
「首なしライダーが暴れたっていう?」
《おや、ご存知でした?》
「はい。私もその場にいたので」
[まさかの!?]
【という事は、あひるさんもダラーズの一員だったりします?】
「まぁ、一応……」
「ただ所属しているだけで、これといった活動も何もしていませんけどね」
《いいんですよそれで!》
《ダラーズはだらだらする為の組織らしいですし!》
[だらだらするから……だからダラーズなんですね]
[チーム名の由来がそんな単純な理由だったとはw]
【それにしても、埼玉にまで浸透しているんですか?ダラーズって】
「知っている人は知っていますよ?首なしライダーなんかも、今では動画サイトで簡単に見れますし」
「私の知人なんかはCGじゃないかって言ってますけど(笑)」
【あの都市伝説も、今じゃあ街中で普通に見れるようになりましたからね】
【なんだかわくわくしてきます】
《もしかしたらこの先、首なしライダーなんかよりももっと凄い都市伝説が生まれるかもしれませんね!》
[あぁ、でも血生臭いのは嫌ですよ!?]
[自分の住んでいる街が物騒になるのは嫌ですから]
「同感です」
《ふふ!それはどうでしょうかねえ……》
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そして、池袋に再び赤い眼をした切り裂き魔が現れるのは、そう遠くはない話――