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※微裏





グツグツと鍋の中で煮込まれる具材、そこから立ち上る湯気が部屋の中で充満する。みさきは換気扇を回してくると言ってその場を離れ、大量の缶ビールを両手に抱え込んで帰って来た。

みさき曰く単に麦茶が飲みたかったようで、冷蔵庫を漁ってみたところ、ビールしか見つからなかったのだと言う。俺も言われるまで忘れてた。幽に貰ったはいいものの、大量に余ってしまった缶ビールの存在を。



「ねぇねぇ、冷蔵庫にたくさん缶ビールあったんだけど、シズちゃんってビール好きなんだっけ?」

「あー……貰い物でさ、それ。飲みたけりゃ好きなだけ飲んでいいから」

「わ、そういえば私、ビール飲むの初めてかも……」

「? そうなのか?」

「元々お酒とか、普段飲まない方だから。……ビール、美味しい?」



その問い掛けに俺は答えることが出来なかった。俺の好き嫌いで「ビールは不味いもの」と吹き込んでしまうのが、ビールを造っている企業に申し訳ないと思ったからだ。ぶっちゃけ俺の口には合わない、そもそも俺はアルコール自体に弱いから、あまり自分から好んで飲むようなことはない。

せいぜいトムさんとたまに居酒屋で仕事帰りに飲みに行くくらいで、況してやビールなど以ての外。あれはアルコールとかどうこう以前に苦い。トムさん曰くその苦味が良いだの何だのらしいが、子ども舌の俺に大人の味はまだ早いようだ。



「ま、人生の経験として大人の味を味わっておくのも悪くないんじゃねぇか?」



以前自分がトムさんに言われた言葉をそのままそっくり引用する、結果俺はビールを口にしたことを心底後悔することになるのだが。俺から言えることといえばこの程度だ。みさきは暫くじっとビール缶を見つめていたが、缶を開けるとそのままぐいっと飲み始めた。

喉がゴクリと鳴り、もう1口、また1口と次々に――とうとう缶ビール1本イッキ飲みを果たしたみさきはゆっくりと缶から口を離すと濡れた唇を拭った。意外にも豪快な飲みっぷりに俺はおぉ、と感嘆の声を上げることしか出来ず、暫くみさきの様子を伺う。しかしみさきは途端に俯いてしまい、その表情は見えない。



「大丈夫、か?」

「うえぇ……苦い」

「豪快なイッキ飲みしといてそれかよ。……よく飲めたな、丸々1本」



どうやらみさきも子ども舌のよう。しかし問題はここからで、みさきはよたよたと覚束無い足取りでソファのすぐ近くまで歩いて行くと、力尽きたように倒れてしまった。ここで初めて判明したことだが、みさきは酒に耐性がないらしい。

ソファに上半身を預けて床に座り込み、頬をほんのりと赤く染め上げたみさきの表情は何だかとても色っぽい。試しに名前を呼んでやると、焦点の合わない潤んだ瞳がゆっくりとこちらへ向いた。しかしその瞳に俺の姿は映ってなどいない。



「なんかこれ、変……飲んだ途端、身体が熱くなって……」



これはもう、酒でふにゃんふにゃんになったみさきが誘っているようにしか見えない。頭が脳内で都合の良い解釈をして、間違った状況判断をしている。そんな葛藤をしている俺を知ってか知らずか、みさきは再び新しい缶を開けると一気に中身を飲み干してしまう。

ただでさえ現時点でここまで酔い潰れているというのに、これ以上アルコール分を摂ってしまったらどうなるかなんて分かったもんじゃない。1つ小さな溜め息を吐き、持っていた箸と鍋で煮込まれた豆腐やら野菜の入った受け皿を置く。まだ食べ始めて間もないが。



「おい、みさき。そろそろやめとけって…… !?」



みさきの顔を覗き込んで声を掛けたその瞬間、首に何かが絡み付く感覚。そのまま勢いに任せて後ろにドサリと押し倒された。



「いッ!……〜てぇ」



思い切り床にぶつけてヒリヒリと痛む後頭部を擦りながら、何とか上半身だけを起こす。それでもみさきは膝の上に乗って俺の身体を抱き締めたままで、退かそうにも退かせられない。密着したみさきの身体から酔いの熱が伝わってくる――

こんなにも近くにいられると触れたくなる、もっともっと。あんな事があった昨夜だって必死にみさきに触れる事を思い止めたというのに。せめてみさきの体調の優れない1週間は絶対に我慢しなくては。だって俺はきっと1年振りに触れるみさき相手に優しくなんてシてやれない。自分の欲望の思うがままに、滅茶苦茶にしてしまいそうだから。



「ッ、みさき、あんま俺に近付き過ぎんなって……」

「なんでぇ?だってシズちゃん、何だか様子が変なんだもん。気付いてないとでも思ってた?私だってそんなに鈍感じゃないんだよ」

「そ、それはお前が」



言い終えるよりも先に口が塞がる、柔らかい感触。それがみさきの唇の感触だと理解するよりも早く、酔いの表情をしたみさきの顔が離れてゆく。そして己の口に再びビールを含んだかと思うと、もう1度同じように俺の口を塞ぎ口内のビールを流し込んできた。途端に広がるビールの苦味に一瞬顔をしかめるが、吐き出す訳にもいかないので無理矢理喉の奥へと押しやる。

駄目だ、みさきが酔った。



「……ゲホッ、ゴホッ!」

「ありゃ、大丈夫?シズちゃん。駄目だよぉ、好き嫌いしちゃあ。これ以上大きくなれないよ?」

「……お前、完全に酒に呑まれてんな……」



喉が噎せる、頭がガンガンする。これはビールに含まれているアルコール分によるものなのか、それとも?



「はは……やべぇな、俺も酒に呑まれてきたかもしんねー……」



苦くて不味いだけの筈なのに、もっともっと飲みたくなる。酒に溺れてしまいたくなる。俺はみさきの右手からビール缶を奪うと、躊躇いもなく口に含んだ。そしてみさきが俺にしてきたように、口移しでみさきにビールを飲ませる。酒を飲んでも呑まれるな、とはよく言ったものだ。ここまでみさきが積極的なのも珍しい、ならば俺もこのまま酒に呑まれてしまえばいい。

完全に酔ったみさきの身体は、あまりにも弱々しくて抵抗すらしない。ただただ次々と注ぎ込まれるアルコール分を受理しようと必死だ。形勢逆転。濡れた唇を甲で拭い、改めてみさきの火照った顔を見つめる。お互いの息遣いが荒いのが分かる。おまけにみさきは「熱い」の一点張りで、俺が一言おいでと言えば、すぐに言う事を聞いてくれる。



「そんなに熱いなら、脱ぐか?」



問い掛けに小さくコクリと頷くみさき。きっと俺が何を言っているのか分からないくらいに、今のみさきは相当酔っている。だからこんなこと口走ってはいけないのに、同じく相当酔ってしまっている俺からは自制心なんて吹き飛んでしまっていた。みさきの頬に触れる、まるで風邪を引いていた時のように熱い。酔いの熱はみさきだけでなく俺の身体にも回り始め、その熱さに耐え兼ねた俺は部屋着のシャツを脱ぎ捨てた。火照った肌が空気に触れ、肌寒いようで気持ちが良い。



「熱いな……今、みさきのことも脱がせてやるから」



みさきの服の裾を少しずつ上へとズラしてゆく。ヘソや腰が、次第に腹部が露になる――そして俺の視界に飛び込んできたのは、あの忌々しい過去の事実。傷口は塞がりうっすらとではあるが、そこには正真正銘臨也の残した刺傷がみさきの身体に刻み込まれていた。

どくん、身体が疼く。目が醒める。この傷が憎い、どうしてこんなものがみさきの身体に残っているのだろう。きっと今俺は、まるで汚らわしいものを見るような目で傷跡を見つめているに違いない。幸いなことに今のみさきはそんな俺の変化に気付いてはいない。しかし何も口にせず固まってしまった俺を不審に思ったのか、荒い呼吸を繰り返しながら俺の名前を呼んだ。



「シ、ズちゃ…… !?」



駄目だ、こんなものが残っていては――



「痛ッ ……あ……!」



俺はその傷跡の上から――思い切り噛み付いた。

ぐぐ……と食い込んだ歯が肉を裂き、じわりと赤い血が滲む。それすらも気にならない程に、ひたすら一心不乱だった。認めたくなくて信じたくなくて、こんなもの無くなってしまえばいいのにと憎悪の目で傷跡を見る。きっとビールなんて苦いものを口にしてしまった後だからだろう、何故かみさきの血が甘く感じた。



「(皮肉なもんだな)」



俺は1年前からあんなにもみさきの身体を傷付けたというのに、よりによって唯一未だに残る傷跡がコレだなんて。どうしたら俺の印が残るのか、どうしたら一生消えぬように刻み込めるのか。この腹部の傷は臨也のナイフによる刺し傷だから、俺も同じようにナイフで刺せばいいのかもしれない。だけど臨也なんかと同じ手を使いたくなんかないから、俺にしか出来ない他の方法を見つけなくては。

滲み出た血は残さず全て舐め取り、出血が止まっても尚俺はみさきの傷を舌で愛撫し続けた。何度も何度も丁寧に。もうすっかり酔いは覚めていた。今の俺は至って冷静だ、例え普通でない事をしているとしても。



「昨夜はみさきに頑張って貰ったから、今日は俺が気持ち良くしてやらないと、な?」



れろ、ぴちゃ、くちゃ……

卑劣な水音を響かせる。それから服の裾を一気にずり上げて、胸の膨らみを露にさせた。緩くきつく指先を絡ませ、下着ごとゆっくりとバストを揉みしだく。そしてやんわりとした動作を繰り返した後、下着を退けて外に晒した固くなった突起を摘まみ上げた。コリコリと指先同士で擦るように刺激を与えれば、びくびくと火照った身体が震える。



「ひゃうッ!ふ……ッ、気持ちイ……シズちゃ……」



酒が入っているせいか、普段は照れ屋なみさきがいつもに増して可愛らしい台詞を口にする。それが何だか新鮮でもあり、何よりも嬉しかった。そういえば1年前と比べて若干バストがサイズアップしているような……そんな変態めいたことを考えつつ、パクリと突起を口に含む。舌先でコロコロと転がしたり、たまに歯で軽く甘噛みしてみたり。

みさきが俺の髪をギュッと掴み必死に言葉を紡ごうとするが、俺が定期的に与える意地の悪い刺激のせいでなかなか上手く話せていない。潤んだ涙目で可愛らしくねだり、次第にはポロポロと涙を流す始末。無視する訳にもいかなくなった。



「あッ、ん……やぁ、身体熱くて、やだぁ……」

「なんだよ、みさきは我儘だなぁ。身体、冷やして欲しいのか?」

「ん……だ、だって、熱いと身体、変になる……」



必死な姿が可愛らしくて愛しくて、焦らしに焦らした先端を思い切り強く吸ってやるとそれだけでみさきは軽く達してしまった。身体をぎゅっと縮こませ、ビクビクと小さく痙攣する。その余韻が治まるよりも先に俺は更にもう1本ビール缶を取ると、ほんの少し温くなってしまった中身をもう1度飲み込んだ。一旦覚めてしまった酔いを、再び己の脳に思い出させる為に。そうでもしないと、この傷跡を目にする度に我を忘れてしまいそうになるから。

不味いとはもう感じられなかった。ただ、頭がフワフワとして気持ちが良い。ならばいっそ酔いという快楽に身を任せてしまおうか。

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