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シズちゃんとの共同生活本日2日目。しかしそう全てが上手くいくはずがない。



「ねえ、シズちゃ……」

「駄目だ」

「……まだ何も言ってないのに」

「みさきは分かりやすいからすぐ解る。尚更駄目だ」

「……」



果たしてシズちゃんが本当に私の言いたいことを理解しているのかは微妙であるが、彼は私の申し出を受け入れようとはしなかった。

1度臨也さんの事務所に帰りたい、それが私の言い分だ。確かにシズちゃんからしてみれば今の反応は当たり前のことじゃないか。決死の覚悟(?)で高いベランダから飛び降りたというのに、どうしてわざわざ再び出向かなくてはならないのか。理由は様々だが、1番は着替えを取りに行きたいという切実なものである。



「着替え」

「俺の使えって」

「絶対ぶかぶかだよ」

「部屋の中なんだから別に構わねぇだろ、それで」

「……学校は」

「……」



直接口にはしないが、きっと休めとでも言いたいのだろう。私は無事進学出来るのだろうかと僅かな不安を抱きつつ、小さく溜め息を吐いた。携帯と財布は常に持ち歩いていたから良かったものの、着替えまでは流石に持ち合わせていない。

シズちゃんから借りたズボンは長過ぎて、私が履いても裾をズルズル引きずってしまうだろう。結局私の膝上まである大きめのシャツだけ借りてズボンを履くのは諦めた。いくら大きいからと言って、太股のあたりまでしか長さのないシャツ1枚では恥ずかし過ぎる。



「!!? おま……ッ!下も履けよ馬鹿!」

「だからシズちゃんの服が大き過ぎるんだって!」



そんな私の姿を目にした途端シズちゃんは顔を真っ赤に染めた。そして怒鳴りつつも顔を背ける。好き好んでこんな格好をしている訳でもないのに、そんな反応をされてしまうと余計に恥ずかしいではないか。思わず私まで赤面してしまう。



「だから言ってるのに。着替えを取りに事務所へ……」

「それは駄目だ」

「どうして?」

「もう、臨也とは会わせない」

「……」

「まだ記憶がところどころ覚束無ぇけど、とにかく臨也の野郎が面倒事の根源だってことははっきりと覚えてんだよ。それに……」



そこで言葉が詰まる。シズちゃんは怪訝そうに顔をしかめると、そのまま話すことをやめてしまった。本当はその訳を聞きたかったがこれ以上シズちゃんが不機嫌になってしまったら色々と厄介なので止めておく。



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みさきとの禁欲生活本日2日目。しかし理性の限界は早くもピークを迎えようとしている。



チラチラと、視界端に映るみさきの姿。男なら誰しもが喉を鳴らしてしまうような、そんな刺激的過ぎるその姿に俺は内心舌打ちをした。着替えを取りに行ってはいけない、そう言ったのは俺なのだから、そんな格好するなとは言えない。明らかに矛盾しているではないか。別にみさきのこの格好が嫌な訳ではない、寧ろ俺としては嬉しいというか……しかし禁欲中にこの姿を見せられるのは、ある意味一種の拷問ではないか。

情けない話、かなり緊張している。そういう目でみさきを見てしまうのも事実。



「……」



身に纏ったシャツの端を両手で掴み、出来るだけ生足を隠そうと必死にグイグイと伸ばすみさき。そんなことしたら伸びるだろ、なんてことも言えない。その仕草が愛らしくて、ずっと見ていたいと思った。みさきは恐らく気付いていないのだろうか。そういう1つ1つの仕草が、俺を興奮させているのだということに。

ムラムラとする感情を押し殺し、出来るだけ平常心を保とうと試みる。しかしどんなに我慢しようと、やはり身体は感情に従順だ。泣きたくなる程に。そんな思いをしてまでもみさきを外に出させないのは、1年前の記憶がそうさせていた。



――忌々しいあの傷は、まだ残っているのだろうか。

――……みさきの身体に。



例え過去に1度きりであろうとみさきの身体を抱いたという臨也だけは許せなかった。確かに俺は昔からアイツが大嫌いだったが、こうも明白な理由を持って嫌うことはなかった。この怒りはきっと時が解決してくれそうもない。だけど他の何よりも許せないのは――みさきを忘れ、何も知らずにこの1年間をのうのうと過ごしてきた自分自身だ。

この罪悪感を解消するには今、その罪滅ぼしをするしかない。だから俺にはみさきを守る権利がある。表面上だけでもそう動機付けしていないと、ただの束縛になってしまうではないか。



「……みさき」



伸ばしかけた右手を静かに下ろし、俺は言葉を飲み込んだ。今触れてしまったらきっと我慢出来ない。出来ることなら、みさきの嫌がることはしたくないから。

それを見て心配したのだろう、不安げな表情で俺を見つめ返すみさき。差し出された小さな右手を俺は――目もくれずに払い除けた。



「俺に、触るな」

「……え?」

「俺、自分でも自分を制御出来るか自信ねぇんだ。みさきにそういう理由があるんだから、絶対に駄目だって、頭では理解しているのに……それさえもどうでもよくなっちまう」



生理痛の痛みを女にしか理解出来ぬというのなら、男の性欲はきっと女には理解出来ないだろう。男は女みたいに性欲を他のことで紛らわせられる程、そう器用な生き物ではない。今思っていることを包み隠さずありのままを伝えると、あまりにも表現がストレート過ぎたのか、みさきが更に顔を真っ赤に染めた。

普段の俺なら自重するようなことも言えるくらい、今の俺に余裕は皆無。だけど今までのように下手に隠すよりかはマシだと思った。



「俺……みさきが好きだ」

「!?」

「だから、本当は今すぐにでもヤりてぇ。だけど俺はお前を大切にしたいし……もう、絶対に悲しませたくはない」

「……シズちゃん」



言ってから急に照れ臭くなって、俺はそれだけ告げると部屋を後にした。それから何か気を紛らわせられるものはないかと考え、本当は休むつもりでいた仕事先へと向かった。予め今日は休むつもりだと会社に連絡を入れていた為、トムさんにはかなり驚かれたが、真面目なことはいいことだと逆に誉められてしまった。



何時間もの労働を終え、クタクタになった身体で再びアパートに戻った時には既に時刻は夜中の11時を回っていた。本当はもう少し早く帰って来れると思っていたのに、今日の仕事先が埼玉だった為、帰宅に随分と時間を掛けてしまった。

勿論仕事の範囲は基本東京内に止まるが、こうして隣の県まで借金の収集に出向くこともある。特に埼玉県なんかはしょっちゅうだ。



「お疲れさん。静雄、お前はもう先帰っていいぞ」

「えッ、いや、でも、まだ会社に報告してねぇっす」

「いいって、それは俺に任せとけ。つーか、朝から思ってたんだけどよぉ……お前、なんか疲れてねぇ?」

「!!」

「ま、身体は労ってやんねーとな。ほれ、そのまま回れ右ハウスして早く寝ろ」



まるで飼い犬に言い聞かせるかのような、しかしそれがトムさんなりの気遣いなのだということを俺は重々承知していた。理由はどうであれ精神的にも疲労を感じていたことは確かだ。トムさんの言葉に甘え、大人しく帰路につく。流石に遅い時間なだけあって、外から見える限りでアパートの部屋はほとんどが消灯時間を迎えているようだ。しかし俺の部屋であろう窓からは未だに光が漏れている。

もしかしたらみさきが起きているのかもしれない、そう思うだけで自然と歩く速度が上がった。家に帰って自分の帰りを迎えてくれる人がいるというのは、とても幸せなことだ。ついこの間までは1人の時間が当たり前だったのに、今ではその時間を寂しいと感じる。



ガチャリ



なるべく音を立てぬよう部屋へと向かう。リビングはやはり電気が点きっぱなしで、テーブルの上にはラップに包まれた美味しそうな夕食が置いてある、そこにみさきが顔を突っ伏して静かに寝息を立てていた。途端に緊張の糸がプツリと切れ、それが残念なのか、寧ろ安心したのか曖昧な感情を抱きつつ溜め息を吐く。

俺は夕食をレンジで温め直して食すると、みさきの身体を抱き抱えてベッドに寝かせてやった。シャツからチラリと覗く太股に思わず喉が鳴る。出来るだけ視線をみさきから外し、しかし必然的に触れてしまう女特有の肌の柔らかさに思わず胸が高まった。本当はこの感触を余すことなく堪能したい、それが思う存分出来たらどんなにいいだろう。



「……寝てる……、よな」



みさきは1度眠りに就くとなかなか起きない。顔を覗き見て完全に眠っていることを確認し、俺はみさきの横になっているシングルベッドの端に腰掛けた。今や下半身の違和感に溜め息は出ない。それが当たり前になってしまった。みさきを見る度に反応してしまう。

部屋の電気を暗くして、ぼんやりと薄暗い中、俺はズボンから自身を取り出すと一心不乱に快楽に身を委ねた。みさき以外の女に何の魅力も感じられない、例えそれがAVだとか、そういう類いのものであろうと。



「ッ! ……はぁ、」



すぐ後ろでみさきが眠っていて、俺は隣で1人オナニーなんて。普通じゃない状況下において、俺はいつもより興奮していたのかもしれない。ただ最近になって頻繁になった自分への慰めにほんの少し虚しさを感じつつも、なかなか達せないもどかしさに眉を潜めた。

足りない、物足りない、もっと刺激が欲しい。いくら身体が気持ち良いと感じても心が満たされることはない。振り向きみさきの寝顔を見つめる。それだけで射精意識が高まり、俺は形だけ達することが出来た。しかし自身が衰える気配は到底ない。みさきの可愛らしい寝顔が、長い睫毛が、綺麗な白い肌が、静かな寝息が、何もかもが、みさきの全てが俺を興奮させる――



「は、……みさき……」



自身がぐちぐちと卑劣な音を立て始め、それがみさきに聞こえてはしまわないかと考えただけで身体の芯からゾクゾクした。今の俺は不安定だ、もはや自分の力で身体をコントロール出来なくなってしまっている。

この夜自慰に溺れようと思ったのは、みさきに無理をさせたくなかったから。俺がみさきに性欲を向けるよりも先に少しでも自分で発散してしまえば、少なくともマシだと思えた。大切だからこそ触れられない。自分自身を我慢させる為だから、そう言い聞かせながら頭の中で乱れたみさきを思う。その度に罪悪感にも快感にもよく似た負の感情が俺の身体を支配するんだ。

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テーマ「人外ファンタジー」
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