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体調、絶不調。昨日の座薬のお陰だと思いたくはないれど、事実熱は下がっていた。喉が痛くて大きな声が出せないという症状が未だに残ってしまってはいるけれど、体調管理さえきちんとしていれば2、3日で完治するだろう。だけど私は忘れていた、あの辛い腹痛が伴う約7日間の存在を。

つまりは生理、しかも今回はかなり酷いらしい。1日目だというのに、かなりの痛みときた。ただでさえ風邪をひいて弱りきっている私の身体は、生理痛という重みがのし掛かって更に不調を訴えた。総合風邪薬と痛み止めをそれぞれの手に持ち、どちらを飲むべきか苦渋の選択を強いられる。



――薬って、たくさん服用していいんだっけ……

――いっそのことどっちも飲んでしまいたいけれど。



しばらく首を傾げて考えた結果、私は最終的に痛み止めを選択した。この痛みはきっと同じ女の人にしか理解出来ないだろう、とにかくひたすら痛いのだ。それに比べれば喉が痛くて声が出ないことくらいどうってことないだろう、という甘い結論に至った訳である。

今日は無理せずゆっくり休もう、そう決めた私は再びベッドへと潜り込み、まだ自分の温もりが残った布団に目を細めた。ここのところ身体に疲れが溜まりっぱなしだったのだろう、深い眠りへと誘われるまでにそう時間は掛からなかった。



♂♀



同時刻 静雄のアパート


「なんだこりゃ」



俺の視線の先にあるもの――それは小さな箱だった。

朝起きるなり、いつの間にかテーブルの上にちょこんと置いてあったのだ。郵便物だろうか、勿論身に覚えはない。差出人の名前すら書いちゃいない訳で。もしかしたら時限爆弾かもなんて映画の見過ぎが考えるようなことを思いつつ、試しに持ち上げてみると爆弾の割には軽かった。勿論こんなに軽い爆弾が存在する訳がない。そもそも時限爆弾なんて、平和主義の日本にあっていいものだろうか。



「……」



不思議と恐怖は感じられない。その箱に魅せられるかのように、じっと何も書かれていない箱の側面を見つめる。しかし特に怪しげなところもなければ、時限爆弾特有のカチコチと秒針が進む音すら聞こえてはこない。箱を持ち上げ耳に近付けて、左右に振ってみるとその動きに合わせて中からシャカシャカと音がした。

なんだか懐かしい匂いがするのだ。いつしか誰かと交わした会話が頭の中に浮かび上がる、それもかなり鮮明に。まるで夢のような感覚ではあったが、それは確かに現実だった。途端に生じる立ち眩みのような衝動に、思わず頭を抱え込む。



「いッ、……てェ」



これで一体何度だろう、今までに数えきれない程この痛みを痛感してきたような気がする。丁度俺がビルから落ちた時期あたりからのものだったから、まだ当時の傷が癒えていないのだろうと勝手に納得していたのだが、よくよく考えてみれば俺の身体に限ってそんなことはあり得ない。なんたって、銃で撃たれても死なない身体なのだか……ん?

俺、銃で撃たれたことなんてあったっけ?



「そういえば……シズちゃん、大怪我してなかったっけ。もう治ったの?」

「? あのくらいの軽い怪我、1週間も経てば普通に治っちまうもんだろ」




1週間――その傷が癒えるまでの期間、俺は誰と一緒にいた?まるで鎖のように連なった記憶たちがそれぞれの存在を主張するかのように次々と思い出が蘇ってゆく。思い出したくなんかないのに、それでも俺は思い出したい。1年前一体何が起こったのか、そして俺は何を忘れているのかを。

無我夢中で箱を開ける。その中身が極めつけだった。



「……!」



衝動、それ以外の何物でもなかった。ただ限りなく強い意思が俺の身体を突き動かす。頭が理解出来なくても身体が覚えている、記憶している。過去を1つ思い出すと同時に別の記憶も連鎖して甦り、やがてただの欠片でしかなかった記憶たちが1つの集合体へと形を成した。それこそが俺の大切な記憶、そして自ら手放そうとした己の醜い本性。

俺は勢いよく部屋を飛び出し、それが本当に正しい記憶なのかを確かめるべく衝動のままに走り出した。思い出した、これを買ったのは確かに俺だ。もしこの記憶が本当に本物なのだとしたら、俺の足は自然と買った店へと行き着くだろう。



――あの、店のど真ん中にピンクのでっけえクマのぬいぐるみが、ででんと置いてあるような……

――……見つけた!!



今度は入るのを躊躇わなかった。慌ただしく入ったのに加え、この店に俺みたいな客は珍しいのだろう。周りの黄色いざわめきが聞こえる。見た感じ明らかに女向けの可愛らしい店だ。しばらく呆然と呆気に取られていた店員だが、やがてハッと我に帰ると慌ててあの台詞を口にするのだ。俺の記憶に残る――初めてこの店に入った時掛けられたものと全く同じあの台詞を。



「い、いらっしゃいませ!お客様。彼女様への贈り物ですか?」



どんどんと溢れてゆく。楽しかったことや嬉しかったこと、あいつとの思い出のない場所なんて池袋中探したってないんじゃないかってくらい、どこを歩いても思い出がついて回る。このコンビニで2人分のプリンを買った、来良学園で夜のイルミネーションを見た、この道を星を見ながら並んで歩いた。他にも、数えきれないくらいにたくさん。

こんなにも近くに思い出すキッカケは転がっていたのに、どうして俺はこの1年間目を背け続けてきたのだろう。理由は何にせよ、今俺がすべきことが何なのかは既に分かりきっている。



――迎えに行かなくては。



ただ、それだけ。本能がそう告げる。正直なところ未だに記憶は曖昧だ、それでも1つだけ確かに言えることは――俺には、まだ果たせていない大切な約束があるのだということ。かなりの時間が掛かってしまったけれど、このまま約束を破ってしまうのは嫌だから。

箱を開け、その中にあるものを確かめる。こんなものに頼るなんてだせぇなんて思いながらも、給料をほとんど使い果たして買ってしまったネックレス。女の好みなんて分からなくて、色々と目を泳がせていたら店員が笑いながら教えてくれた。男が自分の女に贈り物をする際、ネックレスには首輪と同様の意味が込められているのだと。自分以外の男の元へ行ってしまわぬように、自分の元から絶対に離れてしまわぬように。



「今思い返すと、すげぇ幼稚だったよなぁ……俺」



まぁ、それは今も変わらないけど。幼稚なまじないごとだって思われようと何だろうと、それでもせめて形だけでも束縛しておきたかったのだ。しかし今やその鎖はほどけ、首輪の持ち主は他の男の元にいる。ペットの勝手を飼い主が許す訳にはいかない、理由はこうも単純だ。全てを思い出した今、会いたいだとか抱き締めたいだとか、そんな生ぬるいものじゃあない。ただ俺は――ルールは守る。

まず初めに、約束は絶対に破ってはいけない。小学校で誰もが習ったであろう決まりごと。そして、飼い主はきちんと責任を持って最後までペットの面倒を見ること。これも俺が小学校のガキだった頃、幽と一緒に犬が飼いたいと両親にねだった際に散々教え込まれたルールだ。結局犬を飼うことは叶わなかったけれど。



「なぁ?……"みさき"」



みさきに会えば、きっと全てが分かる。今まで感じてきた空っぽな何かが、記憶を思い出してゆくと同時に次々と隙間なく埋まってゆくのを感じた。とにかく今はみさきに会いたい触りたい。長い間失われていた大切なものを取り戻したい。

俺は手に持っていたネックレスを大事に箱の中にしまうと、ポケットの中に突っ込んだ。あのモヤモヤとした嫌な感覚から解放されると思うと、何て心地よいものだろう。思わず口元には笑みが浮かぶ。向かう先は新宿、もう逃げはしない。

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