>悋気な感情
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どうやら俺は、感情が態度に反映しやすいらしい。



「あ、門田さん!」



今日は所謂デートのようなものだった。最近お互い忙しかったせいか、顔を合わせることすら久々で。俺はなまえに会えるのが待ち遠しくて前日寝付けなかった程なのに、それなのに肝心のなまえはこの有り様だ。

ここは池袋サンシャイン60階通り、いつもの如くこの通りはたくさんの人間で賑わっている。しかも今日は日曜日だということも加え、想像以上の人の数で街中はごった返していた。そして東急ハンズのすぐ目の前、そこに門田が立っているのをなまえが真っ先に見つけたのだ。門田の元へ駆けて行くなまえ、その小さな背中を俺は何とも言えない複雑な心境で見つめる。



「よぉ、なまえ。今日は買い物にでも来たのか?」

「うん!シズちゃんと一緒なの」

「静雄?……あぁ、本当だ。何してんだよ静雄、そんなところで突っ立ってないで此方に来たらどうだ?」

「……」



人の流れに逆らって、人混みの中で1人足を止めていた俺の身体は、かなりの通行の妨げになっていたらしい。行き交う人々と何度も肩がぶつかるが、そんなこと今はどうだっていい。中には柄の悪い短気な者も存在し、ぶつかった際に文句を言おうとしていたのだろう。しかし詰め寄って俺の顔を確認した途端、逃げ出す者が大半だったのだが。

なまえが門田と仲が良いのは以前から知っていた。確かに門田は良い奴だ、喧嘩は強いし義理も厚い。そんな門田のことをなまえは実の兄のように慕っている。



「門田さんはこれから予定あるんですか?」

「今、狩沢たちと待ち合わせをしていてな。これから露四亜寿司にでも食いに行くかって話になって」

「わあっ、いいなあお寿司!シズちゃん、私たちもこれから行ってみない?この間サイモンから貰った割引券もあるし、丁度そろそろお昼時だよ?」



振り向きながら嬉しそうに話す。しかし今の俺からは言葉を返す気力すら失せてしまっていた、そもそも返すつもりにも到底なれなかった。それなのに鈍感ななまえは俺の異変に気付くことなく、キャッキャと無邪気にはしゃいでいる。いつもはそれがいとおしいのに、今では逆に憎たらしくも感じる。……というよりは、俺以外の男に向けられているその笑顔がまさに俺の気に食わなかったのだ。
そして、俺を不機嫌にさせる根源の種がまた1つ――



「やぁ、なまえ。ドタチンに……なんだ、シズちゃんもいたの」

「! 臨也さん!」

「久しぶり。て、そうでもないか。なまえとはこの間も会ったばかりだしね」

「(……!!)」

「あの時はありがとう御座いました。わざわざ食事代まで奢って頂けるなんて」

「いいのいいの、俺が君にそうしたかったんだから」



――この間?何の話だ?

俺ですらなまえとなかなか会えないというのに、臨也はしょっちゅう会っているというのか?そんな話に聞き覚えはないし、初耳だ。



「臨也さんもこれからお寿司、どうですか?」

「この辺りじゃあ露四亜寿司かい?いいねぇ、だけど実に残念。俺にはこれから大事な仕事があるんだ。君と2人っきりで行けるのなら、ドタキャンでも何でもするんだけど……どうやらシズちゃんも一緒みたいだしね」



まるで俺の反応を試すかのような挑発的な目がチラリと此方を見据える。俺は何も口にはせず、ただ眉を潜めた。不愉快だ、何もかも。きっと臨也は俺が不機嫌になると分かっている上でこういった行動を取っているに違いない。いや、もしかしたら理由はそれだけではないのかもしれない。俺がいたら不都合だと、それを暗に意味しているのか?

なまえに対する臨也の言動が、眼差しが、普段見せる冷ややかものとは違う。寧ろその瞳は暖かな色を帯びていて、時折いとおしげに睫毛を揺らす。まさか、とは思っていた。臨也は自分が欲しいと思ったものなら何だって手にしようと考えるだろう、それが例え、既に他人のものであっても。



「ッ、なまえ!」



一際大きな声は、周りのざわめきに掻き消されることなくなまえの鼓膜にまで行き届いた。僅かに震える小さな身体、きっと突然のことに驚きを隠せないでいるのだろう。俺はなまえの腕を強引に引くと、その僅かに開いた唇に己のそれを重ね合わせた。くぐもったなまえの声が聞こえてくる。



「シ、ズちゃ……!?」



反論は認めない。濃厚なキスを幾度も繰り返す。舌でなまえの口内を隅から隅まで滅茶苦茶に犯し、口端から流れ出る唾液は全て舐めとってやった。周りの目など気にもならない、いっそのこと全ての人間に見せつけてやりたい。なまえは紛れもなく俺だけのものだ。

チラリとだけ2人の方を見やる。門田が公共の場で何してんだとでも言いたげな顔で、呆れたように肩を竦める。そしてその隣に立つ臨也と不意に目が合い、俺は勝ち誇ったようにその目を細めた。俺の――勝ち。



「!! ……はぁッ、い、いきなりどうしたの……」

「行くぞ」

「え?ち、ちょっと!」



背中に感じる人の視線なんてお構い無しに、俺はそのままなまえの腕を引いて人混みをかき分けて進んだ。

優越感を密かに抱き、口端を僅かに歪ませながら――



♂♀



メラメラと音を立てて燃え上がるそれは、紛れもなく嫉妬の炎。燻っていた火種はふとしたきっかけによりその激しさを更に増した。



「なまえは俺を余程怒らせたいらしいな?」

「ッ、そ、そんなつもりじゃあ……」

「じゃあ、どうして俺の知らないところで臨也と食べに行ってんだ?あ?」

「あれは、たまたま街中で会っただけで……その、」



なまえの視線が僅かだが泳ぐ。なまえが浮気をするような奴ではないことくらい知っていた、ただ俺の心が狭いだけ。受理出来ないのだ、俺以外の男と楽しげに話すなまえのことを。俺はなまえの身体を壁に押し付けると、ずいっと顔を間近に寄せた。今日はいつもに増してイライラする、きっとこれもノミ蟲のせいだ。

どんな状況下でも有無を言わず、俺は臨也の姿を目にする度に自然と怒りを募らせる。それは人間が生きる為に呼吸をすることと値するくらいにごく当たり前のことだった、少なくとも俺にとっては。そのストレスを俺は瞬時に張本人へと向けるのだが、今回はその臨也を殴ることもなかった為怒りを発散出来ずにいる。



「だからってよォ、どう考えたって一緒に食事する理由にはならねぇだろ」

「……ごめんなさい、もう絶対にしないから……」



俺はなまえ相手にこんなにも怒りを露にしたことがない。分かってる、この怒りは全て臨也に向けるべきものだ。それでも俺は我慢が出来なかった。門田や臨也に心を許し、笑顔を見せるなまえなんて見たくない。

なまえは俺だけにその笑顔を見せてくれればいい。



「ごめんなさい……」

「……」



当分は許さないつもりでいた。しかし目の前で謝り続けるなまえを見ていたら何だか俺の方が申し訳なくなってきた。あれだけ怒っていたというのに、まるで大量の冷水を頭からぶっかけられたような気分だ。まるで風船から空気が抜けていくように、燃えたぎっていた怒りの感情が小さく萎んでゆく。変わりに芽生え始めてきたものは、罪悪感。

あぁ、俺はなんてことを。



「……いや、俺の方こそ悪かったな。ムキになって怒鳴ったりして」



そっぽを向いてわしゃわしゃと己の頭を掻く。別に謝って欲しかった訳じゃあない、ただすぐにでも2人きりになりたかっただけ。それを素直に言えない自分自身に内心小さく舌打ちをする。結局のところ、俺はなまえにとことん弱いのだ。



「どうやら俺は、独占欲が相当強いらしい」

「え?」

「なまえが他の男と楽しげに話しているところを見ただけで、すげー胸が苦しくなる。……いや、多分俺は臨也の奴に嫉妬している」

「……どうして?」

「俺、まだなまえに昼飯奢ってやったことなかっただろ?いっつもなまえが割り勘でいいって言うからさ」

「だ、だって、奢って貰うの悪い気するじゃん……」

「ばぁか、男はたまに格好つけたがる生き物なんだよ。特に彼女の前ではな」



そう言って俺は、視界の端に捕らえた自動販売機へと足を向ける。やけに飲み物チョイスが悪い自販機だ。

俺は暫くその場で視線を泳がせると、ポケットの中から財布を取り出し、数枚の小銭を入れた。ボタンを押すと同時にガコンッと音を立てて缶ジュースが落ちてくる。俺はそれを右手に持つと、ピトリとなまえの頬に押し付けてやった。缶の表面が冷えて冷たかったのだろう。ひゃあッ、と情けない悲鳴を上げるなまえ。



「とりあえず、ほら」

「……コーラ?」

「ロクなもん無かったんだよ、あの自販機。だから今はコーラで我慢な?」



そう言って笑うと、なまえは恥ずかしそうに視線をコーラへと落とした。赤と青の派手目なデザインに『コーラララ』と独特な商品名が斜めに描かれている。



「ありがとう」

「今度はなまえの好きなもん、奢ってやるよ」

「……いい」

「?」

「別に何もくれなくたっていいよ。ただ……私は、もっとシズちゃんと一緒にいたい……かな」

「……え」

「ご、ごめん!シズちゃんが最近仕事忙しいっていうのは分かってるけど……!」



なまえが言葉を紡ぎ終えるよりも先に、気付いたら俺は本能的になまえの身体を抱き締めていた。


「そういう可愛いこと言うなって。……余計離れたくなくなるだろ」



なかなか会えなくて寂しいと感じていたのは、俺だけではなかったのか。そう分かっただけでも何だか無性に嬉しかった。同時に安心もした。本気で疑ってなどいないけどなまえは本当に可愛いから、俺の立場からしたら気が気でないのだ。

なまえが、俺以外の男に好意を抱かれてしまうのは仕方がない。本当はいつだって独り占めしていたいし、誰の視界にも映らせたくはない。常に俺だけのなまえでいて欲しいのに、それが出来ないのだから、もどかしい。だからこそ、なまえから一瞬たりとも目が離せないのだ。ただでさえなまえは危なっかしい上に、鈍感だし。



「とりあえず、しばらくは俺以外の男と会話禁止な」

「え、……ぇえ!?」

「あぁ、別に身内なら構わねぇけど」

「門田さんは?」

「当然禁止」

「臨也さ……」

「尚更禁止な」



だって、なまえには俺以外の男なんて必要ないだろ?

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