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※Welcome to the irrational world!の続編





どこまでも真っ直ぐな1本道を辿り、行き着いた先は分かれ道だった。左と右に枝分かれした道の彼方は白い霧でよく見えない。仮に間違った方を選択したとして、再びこの場に戻って来れる見込みはないだろう。

ここは不思議の国で、俺はアリス。おとぎ話に関してあまり詳しくはないが、アリスは白うさぎの行方を追って不思議の国に迷い込む――そんな設定。だから俺は白うさぎを探さなくてはならないのだ。それにしたってこの世界は、俺の頭の中で構成されている割に随分とメルヘンチックときた。蝶が飛び交い、花が咲き乱れる――そんな世界を夢見れるのはせいぜい10歳までが限度ではないか。そんな趣味は毛頭ないし、その上職は借金の取り立てという、この美しい世界とは相反するような人間の見る夢とは思えない。さてどうしたものかと頭を悩ませていると、背後からは騒々しい2つの声。聞き覚えのある声に嫌な予感しかない。



「ねーねー静雄さんってばー!無視しないでよー!」

「酷(ひどい)……」

「……やっぱりお前らか」


振り返り際に視線を落とすと、三つ編みをぴょこぴょこと弾ませながら頬を膨らませるマイル、それからただただじっと此方を見上げるクルリの姿がそこにあった。一瞬目眩がするもどうにか持ちこたえ、はぁ、と1つため息を溢す。厄介なヤツらが出てきたものだ。



「あー!今、ちょっと面倒臭いなあーなんて思ったでしょ!」

「疑(そうなの?)」

「なんだよお前ら、言っとくが幽はここにはいねえぞ?……いや、まだ俺が出会っていないだけで、もしかしたらこの世界にも……」

「? 何ぶつぶつ言ってんの?」

「いや、こっちの話。そんな事より、何の用だよ」

「んーとねえ、私たちはディーとダムなんだよ!一応私がダムね!で、クル姉がディー!……あれ?逆だっけ?ま、何でもいっか!」

「適(それで正解)……」



なるほど、正真正銘双子である2人にはぴったりの配役である。しかし原作版不思議の国のアリスの物語に疎い俺には、果たしてこの出会いが凶と出るか吉と出るかは定かではない。やはり良い予感は一向に感じられないが、顔見知りと顔を合わせただけあって幾分かは気分が和らいだ。きっとまだまだ俺の知り合いはこの世界にも存在する。このタイミングでクルリとマイルに出会ったのも、恐らく何かの縁だろう。



「なぁ、クルリにマイル。このあたりで白うさぎを見なかったか?」

「白うさぎ?なまえさんの事?なまえさんなら、あっちで見たよ」

「否(ちがう)……逆(あっち)……」



俺の問いに、それぞれが指差した方向は綺麗に右と左に分かれた。こうも真逆の事を言われてしまうとどうしたらいいか分からなくなる。クルリの指差す右方向はたくさんの木が生い茂っており、マイルの指差す左方向には一面湖が広がっている。その彼方はやはり白い霧に覆われて肉眼で見る事は叶わなかった。

俺の思考は再び振り出しに戻る。さて、これからどうしたものか。執拗に左だと言い張るマイルに、相変わらず右を指差すクルリ。両者の主張間で悩んだ末、俺の出した結論は――道無き『真ん中』。つまり、どちらでもなかった。道を完全に無視した選択に2人は面食らって驚くが、一歩踏み出した俺の歩みを止めようとはしなかった。寧ろそうなる事を初めから知っていたかのように、2人は顔を見合わせて笑う。その反応が若干気にはなったが、構わず俺は歩き始めた。きっとこの先になまえはいる。



「特別にあと1つだけ教えてあげるね!この先ではパーティーをやってるの!」

「……パーティー?」



マイルの言葉に、思わず疑問形で聞き返す。



「パーティーって、誕生日とかにやるアレだよな」

「肯(そう)」

「どうしてパーティーなんて……それとも、何か祝い事でもあったのか?」

「パーティーはいつでもやってるけどね!まぁしいて言うなら、"あの"法令が解禁された事かな!みーんな心待ちにしていたもんね!私も、勿論クル姉も!」

「法令?」

「あれれ?静雄さん知らないの?アリスなのに?」

「だから何の話だよ」

「特(特別に)……教(教えてあげる)……」



マイルはそう言うと背伸びをし、俺の耳元に口を寄せる。小声で彼女の口から告げられた事実は、あまりにもぶっ飛んだ内容だった。

アリスがこの世界に戻って来たと同時に解禁される法令の名――その名も『白うさぎ不可侵条約』。普段白うさぎと必要以上の関わりを持つ事は、誰であっても決して許されない。しかしアリスである俺がこの世界にいる以上、その法令を律義に守る者などいない。皆この機会にこぞって白うさぎを狙い、自分のものにしてしまおうとするというのだ。なるほど、ルールは実に単純。それにしたって敵の数が多過ぎやしないか。



「じゃあ、尚更なまえを早く見つけてやらねぇとな」

「ボサッとしてると、他の誰かに食べられちゃうかもねー?白うさぎは不思議の国一美味しいって聞くし」

「な……ッ!!?」



んな話聞いてねえぞと内心叫ぶが、今は立ち止まっている暇などない。もう既に考える猶予など残されてはいないのだから。背後でマイルがニヤリと笑うが、この時の俺にはその不敵な笑みの意味を知る由もなく。



♂♀



早足のアリスが向かった先は、立派なお城の綺麗な薔薇園でした。しかし肝心な薔薇たちは皆萎れ、生気を失っているようでした。せっかくの美しい薔薇もこれでは台無し。不思議に思ったアリスが辺りを見渡してみると、一際大きな薔薇のアーチを見つけたのです。



「? なんだあれ」



赤、黄、紫――しまいには現実にはあり得ないとされる真っ青な薔薇までもが咲き乱れる園。(品種改良により青に似せた色は存在するが、純粋な青薔薇は存在しないのだと誰かに聞いた……気がするトムさんあたりに。とまぁ、そんな事はおいといて)茂みからぴょっこりと伸びた2本の長い耳は、うさぎ以外の何物でもない。うさぎといえば白うさぎ、白うさぎといえばなまえではないか……!?

巨大なアーチを潜り、茂みの向こう側へ一目散に駆けてゆく。足元には割れた皿やティーカップがあちこちに散らばっており、途中いくつか踏んでしまった気もするがそんな事には構っちゃいられない。なまえが他の誰かに捕まってしまわないうちに、いち早く俺が見つけ出してやらなくては。



「なまえ! …――って」

「おやおや、君はアリスじゃあないか。こんなところへ何しに来たんだい?」

「……いや、えーっと……」



――……誰だ、この人。

――どこかで会った事あったっけか?



そこにいたのはなまえ――ではなく、いかにも怪しげな男だった。色のついたサングラスに赤色のアロハシャツを身に纏っており、頭から生えているうさ耳はその風貌とかなりのミスマッチである。しかし胡散臭いその長い耳は正真正銘本物らしく、時折ピクピクと動いているあたり偽物ではないのだろう。この世界にはある程度の顔馴染みであれば実在する人物も登場するが、この男の顔は記憶にない。知り合いと呼べる程の仲でもないので、せいぜい街中で見掛けたくらいか。

あまりぱっとしない反応を見せる俺に男は困ったように笑ってみせると、やれやれと肩を竦めて言う。



「お前さんはおいちゃんの事を知らないだろうけど、おいちゃんはお前さんを知ってるよ。アリスなんだろう?」

「あー……まぁ、そうらしいっすね」

「ははッ、自分の事なのに他人事とは面白い。やはり猫の言っていた事はあながち間違ってはいなかったようだ」

「猫……?それ、臨也の事だよな。アイツが何か言ってたのか?」

「おっと、年上にものを聞く態度じゃないねえ、それは。何せおいちゃんが身を置いてる場所は、上下関係が厳しいところだから。そこらへんはわきまえた方が身の為だよ?アリス」

「……」



これ以上話しても無駄だと悟った俺は、早々とその場を後にしようとする。きっとこの男から情報を聞き出すにはなかなか骨が折れるだろうし、もしこの男が何か知っていたとして、そう簡単に口を割るとは思えない。身を翻す俺を引き留めるように、男は馴れ馴れしく肩に腕を回してくる。



「つれないねえ。もう少し話をしようじゃあないかアリス。俺はイカれうさぎってんだ。この世界ではね」

「別に……あんたの事なんて興味ねえよ。俺はただ」

「白うさぎ」

「!」

「探しているんだろう?それはおいちゃんも、帽子屋の旦那も一緒さ。不思議の国の住民は、みーんな白うさぎが大好きだからねえ」



ケラケラと笑うイカれうさぎの手を振り払い、視線を向けた先にいたのはまた別の男。大きなシルクハットを深く被った男の表情は見えないが、食器器具で散らばった長いテーブルの上も彼の周りだけはやけに綺麗に片付けられており、身に纏うただならぬ雰囲気に圧倒され思わず息を飲んだ。

帽子屋とイカれうさぎ。そうか、クルリとマイルの言っていたパーティーとやらは彼らの催し物の事だったのか。それにしても周辺は溢れんばかりの割れ物でいっぱい。片付けるのも大変だろうけど、一体ここで何が起きたというのか。正直『楽しいティーパーティー』……とは言い難い。



「一応はじめまして、とでも言っておきましょうか?アリス」

「あんたも俺の事を知ってるのか」

「えぇ、勿論。私共はある意味貴方を待っていたものですから」

「白うさぎの間違いなんじゃねえの」

「確かに我々の目的は白うさぎですが、その白うさぎを見つける為には貴方が必要なんですよ」

「……意味が分からねえな」

「白うさぎはアリスを導く者。白うさぎは必ず貴方の元にやって来るでしょう」

「しっかし、予想外ですなあ。おいちゃんはてっきり、白うさぎはもうあんたと一緒にいるもんだと思っていたのに」

「ついさっきまではな。気付いたらいなくなっちまった」



こいつらの目的が定かでない限り、こちら側からも下手に情報を口にしない方がいいだろう。適当に言葉を返し、さっさとこの場から離れたい。いかにして状況を切り抜けるか頭の中で模索しつつ、俺は最も疑問視していた彼らの目的を率直に訊いた。



「白うさぎを……なまえをどうしたいんだ?」

「あっはっは、何を今更。なあに、皆目的は一緒ですよ。"食う"んです」

「……は?」

「そのまま、の意味ですよ」



♂♀



同じ頃、全く違う場所――



「みぃつけた」

「わわッ!チェシャ猫さんじゃないですか!」



白うさぎは不思議の国を1人彷徨っていました。彼女の使命は『アリスを物語の最期まで導く事』。しかし物語はある者の介入によってすり替えられ、全く別の展開が用意されてしまったのです。物語の渦中にいる白うさぎがそれを知る術もなく、彼女はそれでもアリスを探し続けます。自分に課された本来の目的を果たすために。



「この辺りでシズちゃんを見ませんでした?私、さっきまで一緒にいたはずなのに……」

「知らないなぁ、シズちゃんなんて。そもそもこの世界に来ているのかい?」

「ぇえッ、でも、臨也さんだってさっき会ったじゃあありませんか」

「そうだっけ?なまえちゃんの勘違いじゃあないのかい?」

「そう……かなぁ」

「忘れなよ、アリスの事なんて。そんな事より俺と一緒においで」

「……でも、」

「もしかしたらシズちゃんもそこにいるかもしれないよ?」

「!」

「さぁ……どうする?」



チェシャ猫は全てを知っています。勿論、物語のどこをどう書き替えられたのかさえも知っているからこそ騙すのです。狂おしい程に愛しい彼女を、自分のものにしてしまいたいが故に。

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