>幸せの意味
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1日の中で最も眠さピークである、5時限目の古典の時間。「幸せってなんだろう」頬杖ついて、ぼんやりと黒板を眺めながら柄にもない事を考えてみる。考えても考えても思い付かなくて、結局通学カバンから電子辞書を引っ張り出した。

降参。コーサン。頭をフル回転させてみたけれど、幸せなんてうまく言葉に言い表せない。「んーと」人差し指で文字を打ち込んだ。



「えす、あい、えー、だぶりゅー……」

「古典の時間に、英語のお勉強か?」



「わわ!」ツンツンと隣から指で突っつかれ、思わず電子辞書を落としそうになる。「苗字さん、どうかしましたか」先生に注意されてしまった。「す、すいません!大丈夫です」普段は真面目な生徒で良かった、私。先生は特に咎めようとはせずに、教科書を右手に持ち直すと再び授業の解説へと戻っていった。

内心胸を撫で下ろしながら隣の問題児をキッと睨む。そういえば、あれ?さっきまで居眠りしてなかった?



「シズちゃん、びっくりさせないで」

「悪ぃ悪ぃ。つか、なまえこそ授業中になにしてんだよ」


見た目とは反してシズちゃんこと平和島静雄は、意外と根は真面目な好青年である。だけど私は知っている。臨也と毎日のように繰り広げている殺し合いの喧嘩が、いかに被害が膨大なのかを。この前なんかお偉いさんの銅像壊しかけて、先生にガミガミ叱られてた。

ふざけて「んー、幸せ探し?」なんて笑いを含めて言ってみたら、予想通りの言葉が返って来た。「は?」予想通り過ぎてつまらん。



「いやぁ、なんとなく考えてみたのよ」

「ふーん、小説かドラマなんかに影響されたか」

「違いますー」



呆れたようにシズちゃんが肩を竦める。そんなシズちゃんを無視して、私は電子辞書の画面に最後まで言葉を入力した。



「……シズちゃん」

「あ?」

「『しあわせ』てどう書くの」

「お前俺をナメてんのか」



ハァ、と溜め息を1つ吐きシャープペンを手に持つとノートにサラサラと文字を書く。「ほれ」ほんの少し席を寄せて、ノートのページ端を見せて来た。

そこにはなんて事ない、妙に整った『幸せ』の文字。



「シズちゃんの事だから『辛せ』って書いちゃうんじゃないかと内心思ってた」

「……。で、どーしたんだよ」

「それがですね、出ないんですよ。『幸せ』だと」



『幸せ』って検索すると何故か解説欄には【解説:しあわせ(仕合せ)B】て出てきた。つまり、『しあわせ』って本当は『仕合せ』って書くんですね。へぇ、今日習った事の中で1番得した気分です。それじゃあ人はどうして「幸せ」なんて書くんだろうねぇ。

ちなみに『仕合せ』の意味も調べてみた。【めぐりあわせ】【機会】【なりゆき】【始末】――うーむ、何だかあんまりピンと来ない。「おててのしわを合わせて仕合せ」て事なのかな。

そんな感じで、結局授業が終わるまでぐだぐだと時間を潰していた。授業中に指名されなかったのは幸運だった。「なぁ、なまえ」授業が終わって、席を立った瞬間シズちゃんにいきなり呼び止められる。



「なぁに?」

「ちょっと付き合えよ」

「ほほう、次の授業サボるつもりですか。私に共犯者になれと」

「HRだろ。どうせ自習だよ、じしゅー」

「えー」

「な、プリンでも奢ってやるから」



プリンごときで私を釣れると思っているのか、この男は。まぁ、プリン好きだし。「購買のなめらかプリンがいいな」って言ったら本当になめらかプリンを買ってくれた。あの売店の、すっごい人気の限定50個のなめらかプリン(¥150)。今日のシズちゃんはなんだか機嫌がよろしい様子。

「あ……ありがとう」素直にお礼。ペコリと頭を小さく下げたら、シズちゃんの大きな右手で頭をわしゃわしゃと撫でられた。ほんの少しだけ頭を上げる。「髪、ぐしゃぐしゃ」シズちゃんがそう言って、小さく笑った。トクン、と胸が大きく鳴る。何だか変な感じ。



「屋上行ってみよーぜ」

「屋上?誰かいたりしないかな?」

「意外と穴場だったりするんだよ」



普段、屋上への唯一の扉は鍵がかかっているはずなんだけどな。だけど私は忘れてた。シズちゃんの嘘みたいな馬鹿力を。まるで鍵なんて初めからかかっていなかったかのように、何食わぬ涼しい表情でグルリ、とドアノブを回して見せる。

ゴキャリ、明らかにこれはドアノブが壊れた音。「あ?なんだこれ、ドアノブ取れちまった」――今やそんなシズちゃんの馬鹿力には馴れてしまったよ。



「お、今日はいい天気だなぁ」



絶好の日向ぼっこ日和だーなんて素直に喜んでいるもんだから、それがなんだか可愛くて私は思わず笑ってしまった。シズちゃんがゴロンと横になる隣で、私はちょこんと行儀良く正座をする。ポカポカと日光が程よく当たって気持ちいい。

お楽しみのプリンの蓋をピリリと空けて、売店のおばちゃんに予め貰っておいたプラスチック製のスプーンでプリンをカラメルに絡めて食べた。ほろ苦くもあるカラメル特有の甘い香りが口の中いっぱいに広がる。


「……?なに見てんの」

「んーなまえの顔」

「……、ッ!?」

「幸せそうな顔して食ってるなーって」

「……そ、そんなにじっと見られると照れる」

「ふは、なに照れてんだよすげぇ顔真っ赤だし」

「……」

「なぁ、なまえ」



「ん?」シズちゃんの方を振り向いた瞬間、突然制服のリボンをぐいっと引っ張られ、そのままキスされてしまう。思考停止思考停止。しばらく呆然としていたら、シズちゃんは赤い舌をチロリと出して出して悪戯っぽく無邪気に笑った。



「甘ぇな」

「……ッ!!」



――ああ、これか。

――これが『幸せ』とかいうヤツなのね。



幸せに意味なんて必要ない。幸せの在りかなど分からない。幸せを具現化できるものなど、きっと何処にも存在しないのだから。だから、誰にも分からない。

ただ、その人が「しあわせ」だと感じればきっとそれは『幸せ』になる。人間なんて皆、価値観が違うのだから、人間が他の人間に分かるように説明できる訳がないんだ。英和辞書で『幸せ』を問うと、たくさんの『幸せ』が存在する。【lucky】も【happy】もみんな『幸せ』。だから『幸せ』はたくさん存在する。

見上げた空はどこまでも広く、そしてどこまでも青い。私の幸せなんて、この壮大な地球に比べればちっぽけなものなんだろうなぁ。だけど宝くじで3億円が当たっただとか、そんなに大それた事じゃない。大切な人の隣にいられる事でこんなにも満たされた気持ちになれるだなんて。なんて素晴らしい事なんだろうか。



「なーにぼんやりしてんだよ。食っちまうぞ」

「……え、ええ!?」

「プリンを」

「! ……シズちゃんサイテー」

「ホントになまえはからかい甲斐があるなぁ。……臨也の気持ちが少し分かる」

「?」

「ま、ノミ蟲の気持ちなんざ分かりたくもねーけどな」



シズちゃんがムクリと起き上がったのを、視界の端で捉える。それから身体全体がほんのりと温かいもので包まれる。綺麗な金色の髪がサラリと揺れる。後ろからシズちゃんに抱き締められているのだと分かった。

私にとっての『幸せ』とは【シズちゃんと他愛のない会話をする事】【シズちゃんとプリンを食べる事】【シズちゃんとキスをする事】それからそれから――

辞書にはやっぱり『幸せ』の意味は、これから先もずっとずっと記される事がないといい。だから今感じているこの『幸せ』は私の心がそう決めたからなのだ。『幸せ』は自分で意味を探すものなのだと、私は柄にもない事を思ったりした。



ただ、静かに、私は想う。



「(やっぱり私は、シズちゃんの事が大好きだ)」



I was lucky to see him.

I have never been happier.

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