>ゴーストはだれだ
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灯る明かり1つない暗い部屋。カーテンで外からの光を遮断し、それでも唯一光を放つものがあった。それは映像を映し出す巨大なテレビ画面なのだが、そこに映し出される光景が墓場であったり暗い屋敷であったり。突如画面いっぱいに映る青白い女の顔に、隣で身を縮込ませて観ていたなまえはひゃあなんて小さな悲鳴を上げ、両手で抱きつくように抱え込んでいたクッションへと咄嗟に顔を埋めた。俺はそんな彼女の姿を純粋に可愛いなと思いつつ、映画というよりは寧ろなまえを観察している次第。

今俺達が肩を並べて観ているホラー映画は口コミでも面白いと評判で、ホラーが大の苦手ななまえを無理矢理説得して今に至る。どうせなら臨場感を味わおうと設置した器具の数々、お陰で映画中の女の金切り声やら悲鳴やらが見事に迫力満点な訳で。バサバサと鳥が羽ばたく平和な日常場面にさえ、小心者のなまえはびくりと肩を震わせていた。



「そこ、驚くところ?」

「だ、だって……ホラー映画っていつ幽霊が出てくるか分からないですし……」

「よく見なよ。こんな真昼の街中じゃあ、幽霊だって出たくても出れないよ」


お互い恋人設定の主人公たちがショッピングモールを楽しげに歩いている場面を指差し、俺はのんびりとした口調で答えた。そもそもホラーが主体のホラー映画に恋愛要素は必要ないと個人的に思うのだが、やはり恋愛要素の含まれたものの方が若い年代にウケるのだろう。これも映画制作側の戦法だと言える。出演キャストもやたら売れっ子ばかりだし、やけに大金を注ぎ込んだ映画だなあと観点の違った視点から感心した。

売れっ子キャストといえば――羽島幽平。本名、平和島幽。にわかに信じられない話だが、正真正銘シズちゃんとは血の繋がった兄弟だ。彼の演技力は素直に凄いと認めるが、見れば見る程シズちゃんと似ていてあまり好きではない。ちなみに彼は主人公の友人という役どころで出演している。



「臨也さんは幽霊、怖くないんですか?」

「実際に見た事がないからね。俺は目に見えるものしか信じないタチなんだ」

「そりゃあ私だって、実際に見た事はありませんけど……」



俺は幽霊なんて非現実的な存在は認めていない。そりゃあ運び屋みたいなデュラハンと呼ばれる妖精だったり、妖刀罪歌なんて非現実の代表格みたいなものだけど、実際にこの目で見た事があるから信じられる話であって、もし目の前に幽霊が現れたとしたら俺は喜んで存在を受理するだろう。

そして場面は暗転し、再び舞台はいかにも出ます的雰囲気を醸し出し始める。ごくりと息を飲み、クッションに顔を半分埋めつつも食い入るように観るなまえ。



――……面白いなあ。



胡座をかいた上で頬杖をつき、俺の視線は完全に映画そっちのけだった。なまえを見ていると本当に飽きない。意地が悪いとなまえに怒られるかもしれないけれど、こうして涙目になりながら強がっているところが何とも可愛らしい。

さて、シチュエーションは完璧だ。映画に夢中であるが故に暗い部屋で2人っきりである事になまえは気付いていない。そしてこの状況下で男が何を想像するのかもなまえは知らない。純粋故の無知というものか。



「あ、あの、やっぱりこの映画観るのやめません?」

「どうしてだい?もしかして……恐い?」

「こ、恐い訳では……」

「大丈夫。夜なまえが1人でトイレに行けない時はついて行ってあげるからさ」

「子ども扱いしないで下さいよ……いくらなんでもトイレくらい1人で」

「あ。窓に人影」

「!!!?」

「あっはは!ほぉら、やっぱり恐いんだ」

「……」



からかわないで下さい、となまえが口を尖らせる。こんな子ども騙しのような悪戯に引っ掛かるとは思ってもみなかったけど、あまりにも予想通りの反応に思わず声を出して笑ってしまった。普段俺が人前で感情を露にする事はない、きっと本来の素の自分を出せるのはなまえの前だけだろう。



「知ってるかい?破局寸前のカップルには、こうして暗闇の中でホラー映画を観せるといいって話だよ」

「? どうしてですか?」

「化学的にも実証されてるんだけどねぇ、恐い思いをする時と恋人相手に抱く胸の高鳴りは随分と質が似ているらしいんだ。まあ要するに、アレな気分になっちゃうって訳」

「アレ……あれ……」

「セックスしたくなるって事」

「! へ、へぇ」



途端になまえがどぎまぎとした動きになる。急に俺を意識し出したのか、時折チラリと此方を見てくる。



「どうしたの急に。もしかして、なまえもムラムラしてきちゃった?」

「してません」

「くすッ、それじゃあなまえの顔が赤く見えるのは俺の目の錯覚かな」

「……きっと、テレビの光が反射してるせいですよ」



そんななまえの強がりも結局最後までは続かず、幽霊が出たと画面の中の人間達が慌てふためき始めたと同時になまえは涙目になりながら俺の腕にしがみついてきた。しかし無情にも映画中の物語は展開され、音のない静まり返った画面の中緊迫とした空気が流れる。



「い、臨也さん……」

「(困った。予想以上に可愛いな)」

「あの、やっぱり私、観るのやめ……」



ソファから立ち上がりかけたなまえの腕をがっちりと掴み、俺は満面の笑みを浮かべた。我ながら実に意地の悪い笑顔だと思う。わざわざ鏡を見なくとも、なまえの反応を見れば分かる。



「どこ行くの。これからがいいところじゃない」

「う」

「ほら、早く座って」

「ご、ごめんなさい!やっぱり私、ホラー苦手なんです恐いんです……!」

「だってなまえさ、別に恐い訳ではないって、さっき自分で言ってたよねぇ。もしかしてなまえは俺に嘘を吐いてたのかな……?」

「!」



何も言えなくなったなまえの身体を強引にぐいっと引き寄せ、己の膝の上に座らせると背後からぎゅうっと抱き締めた。女性特有の柔らかな感触はなかなかに心地好い。



「そんなに恐いなら、俺にくっついててもいいよ?」

「いや、その、私がここに座ると臨也さんテレビ見にくいんじゃあ……」

「大丈夫。こうやって観るから」



なまえの肩に頤を乗せ、赤面する彼女の姿を視界に捉えつつ言う。そしてこの目線の位置からでは必然的に見えてしまうなまえの項やら首筋にそそられるも敢えて表面には出さず、彼女をもっとドキドキさせたくて、持ち前の甘い声音で耳元に小さく囁いた。わざとらしく吐息たっぷりの声で。



「なまえ」

「ひゃっ、み、耳元で話すのやめてくださいっ」

「いいから映画に集中しなよ」

「こんな状態で集中出来る訳ないじゃないですか!」



じたばたと暴れるなまえの右腕の手首を取り、彼女の動きを完全に止める。こういう時に男女の力の差は歴然としていた。さてどうしてやろうかと考え、とりあえずなまえの耳朶をぱくりと口に含む。くちゅくちゅとわざとらしく音を立て、耳の形に沿って舌を這わせる。その感覚に耐えきれずなまえはあ、あと声を漏らし身体を縮込ませるが、更に追い討ちを掛けるように舌をにゅるりと挿入した。

両目に涙をいっぱいに溜めて「いい加減にしてください!」なんて、全く迫力味に欠ける。必死になるその姿が愛しくて、更に加虐心が駆り立てられるというのに。テレビ画面のあちら側の世界では幽霊という非現実的な存在に散々振り回され、まさにラストスパートといったところだ。映画か俺か、どちらか一方だけに集中する事が出来ずひたすらあたふたとするなまえ。



「君って不器用だよね」

「ふあッ、……だ、誰のせいだと……んぅ」

「俺、かな」



だって、なまえのペースを掻き回す事が許されるのはこの俺だけなのだから――



「ねぇ、なまえ」



いいところで悪いけど、シたくなっちゃった、なんて囁けばなまえはすぐに押し黙ってしまう。こうなってしまえばこっちのもの。俺はリモコンを手に取ると画面に向け、一時停止ボタンを押してしまった。途端に画面の中の世界はぴたりと静止し、タイミングが悪くも画面端に映っている幽霊の姿はまるで心霊写真のようだ。こうしてよく見ると幽霊の顔も大して怖くないね、なんて口にしてみるけれど、怖がりななまえはすぐにそこから目を背けた。

俺が幽霊を怖いと思わない理由。それはきっと、幽霊以上に恐ろしいものがこの世界にはたくさん存在する事を知っているから。仮に幽霊が実在したとして、もし死後の人間に殺されるなんて事があるとすれば、俺は間違いなくとっくの昔に殺されているだろう。第一常に死と隣り合わせであるこの俺が、今更幽霊なんて不確かな存在相手に怯えてられるか。余程シズちゃんの方が幽霊なんかよりも非現実的な存在ではないか。



「臨也さんって、本当に怖いものなしですよね」



真っ赤に染めた顔を背けたまま、なまえはぼそりと呟いた。俺はそんな彼女の首元に唇を這わせながら、1つだけあるよ、と答えた。



「え」

「なにその反応。俺だって一応人間だよ?」

「す、すみません……その、意外だなぁって」

「なまえの思い描いている俺って、一体どんな奴なんだろうねぇ。物凄く興味があるよ」

「そりゃあ、何でも出来て……優しくて。だけど、ちょっぴり意地悪で」



「私の……大切な人です」





灯る明かり1つない暗い部屋。カーテンで外からの光を遮断し、それでも唯一光を放つものがあった。それは映像を映し出す巨大なテレビ画面なのだが、そこに映し出される光景が墓場であったり暗い屋敷であったり。更には画面端にはっきりと幽霊の姿が映し出されており、それはもう恐ろしい形相で。子どもは怖いと言って泣き出してしまうかもしれない。そんなムードの欠片もないようなこの部屋で、俺はソファですやすやと眠るなまえの寝顔を隣で見ていた。

俺は人間を愛してる。例えそれが俺からの一方的な押し付けだとしても、例え人から何を言われようと。心から愛する、たった1人からの愛さえ得られれば――正直くそったれなこの仕事でさえも続けていられる事が出来るのだ。さて、彼女の眠っている今のうちに残された仕事を片付けなくては。俺は小さく伸びをすると、その場から立ち上がり振り返る。彼女が眠っている間に仕事を済ませるのは、2人共有する時間に仕事を持ち込みたくないから。



「怖いもの、か」



なまえとの幸せな一時を失うこと、それが俺の最も恐れている事なのかもしれない。俺はなまえの頬を優しく撫でると、触れるだけのキスを落とした。常に非日常の渦巻くこの池袋で過ごす、彼女とのほんの僅かで貴重な日常。この一時だけが普通の恋人として過ごす事の許される時間なのだ。

テレビを消して、幽霊の存在するあちら側の世界と現実世界を遮断する。思考を停止させ瞳を閉じ、ゆっくりと開いた。たった今から俺は新宿の情報屋――折原臨也。上着を羽織い、今宵の取引先へと足を向けた。



――ねぇ、なまえ。本当に恐ろしいものは、案外近くにいるのかもしれないよ。

――例えば俺、なんてね。



愛しい女の前では至って普通の人間を装い、ある時は人の死さえも笑顔で見届ける非情な情報屋。そんな人間がこんなにも近くにいるなんて、なまえはこれっぽっちも想像した事がないのだろう。だけど1つだけ約束してあげる。もし幽霊とやらがこの世に具現化したとして、その存在が結果として俺たちの日常を脅かすのならば――どんなに卑怯な手を使ってでも俺が殺してみせよう。今まで障害となりうる何人もの人間をこの手で陥れてきたように。

そんな俺を、なまえは恐ろしいと思うかい?





ゴーストは俺自身

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