>愛しあぐねている
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※波江さん目線





最近、折原臨也の様子が可笑しいという事は薄々と感じ取っていた。心底どうでもいいのだが仕事に支障が出るのでやめて欲しい。原因は明白だった。少し前まで彼を異常に慕っていた少女――確か名前はなまえと言ったか――が、あの喧嘩人形と付き合い始めたらしいのだ。初めはただの噂話だと笑い飛ばしていた臨也も、何か確証するものを見あるいは聞いてしまったのか、一見分かりにくくも多少の感情のぐらつきを見せている。私は一応給料を貰っている身であるが故に踏み込んだ質問をする事も出来ず、一体いつまでこの状況が続くのだろうかと内心憂鬱な日々を送っている。



「波江さんさあ、弟くん以外の男を好きになった事ってある?」



突然投げ掛けられた質問にも特に動揺せず、私は一瞬作業中の手を止め、彼の方をチラリと見てから再び作業に取り掛かった。人使いの荒い雇い主のせいで私には仕事がたくさんある、わざわざこんな愚問に時間を掛けたくはなかったのだ。



「きっとあなたの期待しているようなアドバイスは出来ないわよ」

「これも仕事の一環だと思って答えてくれ。そもそも期待なんか微塵もしちゃあいないしね。どうせあんたの事だから、男関係も今のところないんだろうし」

「あの子以外の男なんて考えられないわ。私が愛しているのは誠ニだけよ」

「はいはい。聞き飽きたって、その台詞」

「何度だって言うわよ」



そう、私にとっての愛の言葉は所詮伝達方法でしかない。何よりも大切な事はいかに相手の為に尽くす事が出来るか、愛を量る基準ではないのだ。だからこそ恋人達の愛の言葉など取るに足らないものであって、私には何の意味も成さない。



「ま、いいや。ちょっとばかし話を聞いてくれよ」

「……」



どうやらこの男は私が思っていた以上に色々と思い悩んでいるらしい。……いや、悩んでいるかは別としてなまえという名の少女に執拗に執着し続けている事だけは本当だ。こんなに性格の悪い輩にも言い寄ってくる頭の悪い女は無駄にたくさんいるのだから、いっそのこと乗り換えてしまえばいいのにと思っていた。そもそもこの男がたった1人の人間に依存するなんて絶対にないと考えていたからだ。なにしろ彼はなまえという名の少女と恋仲になったにも関わらず、他の女との関係を持っていたのは事実なのだから。だから少女がこの男の元を離れてゆく理由としては十分に納得がいくし、例えその後にかの有名な喧嘩人形と付き合う事になったとして、宿敵の弱点が出来たと素直に喜べばいいものの。



「よりによって、どうしてアイツなんだ?」

「あいつ?」

「シズちゃんのことさ。あんな単細胞馬鹿を選ぶなんて、なまえの心理が理解出来なくてね」

「私は貴方の方が分かりにくいわよ。いいじゃない。単細胞馬鹿ってことは、裏を返せば分かりやすいって事でしょう」

「なまえは単純な男が好きだったと?」

「面倒な男よりは断然扱いやすいわ」



あからさまに不機嫌そうな顔をする臨也。自分が決して扱いやすい人種でない事くらいは理解しているのだろう。ふうんと軽く相槌を打ち、頬杖をつく。目線は常にパソコンの画面へと注がれている。



「どうもしっくりこないなあ。アイツに負けたんだと思うと実に不愉快だ」

「恋愛に勝敗なんてないわよ。単にあなたがワガママなだけ」

「ははッ、言うねえ。やけに感情込もってない?」

「……」



そう、勝敗など関係ないのだ。恋愛に勝敗があるとして勝者の条件は一体何?仮にそれが愛する者と結ばれる事であるとすれば、私も誠ニも――あの娘も、誰1人勝者となる事はないだろう。この男は単にワガママなのだ。あれも欲しいこれも欲しい――そもそも恋愛に見返りなど求めてはいけないと決まっているのに。



「俺は人間を深く愛しているんだ。だからこそ色々な人間を見ていたいだけさ」

「なら、もう少し上手くやりなさいよ。他の女との関係なんて、あなたなら簡単に隠蔽出来たでしょうに」

「違うよ。敢えてなまえにはバレるようにしていたのさ」

「……?」



純粋な?が頭に浮かぶ。ならこの男は自ら自分の手で自分の首を絞めたとでもいうのか。何故、何の為に。



「見たかったのさ、俺に裏切られたなまえがどうなってしまうのかを」

「……そう、試したのね」

「ぶっちゃけた話、俺、結構愛されてると自負してたんだよねえ……なまえに。だから例え俺が何をしようと、なまえなら許してくれるんじゃないかって思ってた」

「……」

「ま、シズちゃんがなまえの事を好きだったのは知ってたけどさ。まさかこんなにもあっさりなまえが自ずと身を引くなんて……ある意味衝撃的だったなあ」

「じゃあ、あの子にどうして欲しかった訳。泣いてすがって欲しかったとでも」

「さあ、どうだろう。ただ……俺に翻弄される可愛いなまえの姿が見たかっただけさ」



何の悪びれなく臨也はそう言い切ってみせた。成る程、彼は未だに彼女の事が好きなのだ。本当に大切なものほど失ってしまった後にその有り難みを実感するものだ。自分から手離してしまった事を心底後悔していて、それでも素直になる事が出来ずに今に至る。人並に恋愛に翻弄され悩む彼の姿を、少し前までの私が想像出来ただろうか。あの何処までも非情な情報屋が。



「あなたって、意外に人間臭いのね」

「なにそれ。どういう意味かな」

「あの子に頼られた平和島静雄が羨ましいんでしょう?」

「俺にとっては憎悪の対象でしかないよ」

「それが嫉妬という感情なんじゃないかしら」

「嫉妬……、ねぇ」



そして臨也は何を思ったのか、パソコンの画面へと向けていた視線を今始めて此方に向けた。彼は意味深な笑みを浮かべつつもその席を立ち、椅子の背もたれに掛けてあったファー付きフードを身に纏う。ポケットの中には普段持ち歩いている小型ナイフと携帯電話を忍ばせて。



「あとはよろしくね、波江さん。俺は……彼女の元に行かなくちゃ」



もう1度だけチラリと画面へ視線を戻し、両目を細めてそう告げた。私はやはり必要以上に踏み込もうともせずに「あら、そう」と一言。部屋を後にする雇い主の背中が見えなくなるまで見届けると、私は仕事用のパソコンや書類その他もろもろをバッグの中にしまい込んだ。あの様子では彼が今日中にこの部屋を再び訪れるとは考えられなかったし、もし帰って来るとしてもそれは何時間も後の話だろう。今日中に終わらなかった仕事は自宅に持ち帰って済ませればいい。いずれにせよ明日の出勤時間までに済ませてしまえば私がとやかく言われる心配はないのだから。普段よりもほんの少し重たいバッグを片手に私は部屋の電気を消す。



「……あら」



愛する弟の写る大切な写真を最後に胸ポケットへと丁重にしまい、振り返ると何も見えない暗くなった事務室の中。それでも光を放つ物体がたった1つだけ存在した。それはあの男が電源を切り忘れたパソコンの画面。やけに眩し過ぎると思う、まるで己の存在を強調するかのように。



「あの馬鹿。少しくらいは節電しなさいよ」



電源を切るべくパソコン画面の前に立ち、私の意思とは無関係に画面に映るものを見てしまった。そこに映る景色は私に見覚えのない可愛らしい部屋だった。部屋こそは狭いものの、まさに今時の若者が好むようなデザインに統一された綺麗な部屋である。恐らく何処かのアパートの一室なのだろう。中央に対峙するように立つ2つの影は恐らくなまえと呼ばれる少女と――後は自明の理とも言える。

その先の展開に興味などない。1つため息を吐き、戸惑いなく電源を切る。他人の恋愛沙汰などどうだっていい、ただ愛しい誠ニが幸せならそれでいい。もはや真っ暗な画面に映るものは何もない。私はパソコンに背を向け、今度こそ事務所を後にした。片手にはほんの少し重たいバッグ、胸ポケットには愛しい人を。この調子ではもしかしたら明日は休みかもしれない、そしたら誠ニに逢いに行こうかしら。そんな淡い想いに身体を火照らせ、暗い夜道を1人歩く。ほら、片想いはこんなにも楽しい。それなのに強欲な人間は相手からの見返りを求める、だから恋愛は苦しいのだ。裏切ったり、裏切られたり……終わり無き永遠のループ。


「所詮、あの男もただの人間ね」



彼の行動は一見身勝手な男の行為にも思えたが、あの男が本当に欲しかったものは彼女からの愛だった。それはあまりにも回りくどくて、だからこそ彼女には伝わらなかったのだろうけれど、滅多な事がない限り気付く人間は数少ないだろう。なんて報われない話だ。

人によって相手への恋愛表現は様々。同時に感性も少しずつ違ってくる為理解されない事が多い。以前臨也は私に向かって皮肉を込めてこう言った、私の愛は歪んでいると。ならば彼の愛情表現もまた歪んでいるではないか。愛する者の思い悩む姿を見たいだなんて私には到底理解出来ないわ。



「愛してるわ。誠ニ」



今宵も彼女は愛を囁く。愛する者のいる場所から遠く離れたこの場所で、それでも想いを寄り添えて。明日は幸せそうな笑顔を見せて頂戴。そして願わくば隣にあの子がいませんように。











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