>爪先で背伸び
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※季節が夏





今の俺達を第三者的な立場から見ればいい迷惑のバカップルかもしれない。というのも、なまえがどうしても海辺まで行きたいと言って聞かないからだ。その願いを俺は頑なに切り捨てている訳で。此処は脱衣場から少し歩いた浜辺なのだが、日陰のないこの場所では熱中症になって今にも倒れてしまいそうなのも事実。



「ねえ、シズちゃん。せっかく海に来たんだから海辺まで行こうよ」

「駄目だ」

「えー、どうして?だって海を目の前にして泳がないなんて勿体無……」

「だああああ!どうしてもこうしてもあるか!お前がそんな格好して来るのが悪ぃんだろーが!!」



透き通るような青い空でさんさんと輝く太陽の下、ぎゃあぎゃあと騒ぐ俺達はまさに注目の的。そんな格好というのはなまえが今着ている水着の事だ。この浜辺では水着など当たり前の事ではないか、寧ろそれ以外の格好の方が場違いというものだ。しかし脱衣場から出て来たなまえの水着姿があまりにも可愛くて可愛くて、他の野郎に見せてはならないと瞬時に判断した。

上に羽織っていたアロハ柄のシャツを脱ぎなまえの肩に掛けてやる。この格好はどうにも刺激的過ぎた、まるで下着のようではないかと横目でチラチラと見つつも思う。なまえの着ている水着は黒地に水玉模様の可愛らしいデザインで、所謂ビキニと呼ばれるもの。腰に同柄の布を巻いてはいたものの露出度が高い事には何ら変わりはない。正直な話目のやり場に困るのだ。



「シズちゃんが海に行こうって誘ってくれたのに……」



そう、誘ったのは俺。男としては一夏の思い出を彼女とつくりたいと思うのも当然。男という生き物は意外にもロマンチストなのだ。

なまえを直視する事が出来なくて、頬をポリポリと掻きながら明後日の方向を見やる。ここまで連れて来ておきながらこう言うのも酷な話だと我ながら思う。俺はなまえの手を取るとやや大股で歩きだした。きっともう少し奥へ行けば人数の少ない場所があるだろう。



「(岩陰とか行ってみるか……)」

「ど、どこ行くの?」

「人の少ない場所」

「えッ、私別にここでもいいよ!?人多い場所の方がお店もあるし……ほら、そこにシズちゃんの好きそうな甘い食べ物も」

「……」



俺をイラつかせている本当の理由をなまえは理解していない、それが更に俺の怒りを煽る。違う、俺だって極端な話なまえさえいれば場所なんて何処だっていいんだ。問題は――周りの野郎の目、まるで性欲を弄ぶようななまえを見るヤラシイ視線。本人が気付いていなくても俺にははっきりと分かっていた。純粋に楽しみにやって来たのに、このままでは俺まで変な気分になってしまうではないか。



♂♀



岩陰は人目につかない絶好の場所だった。ごつごつとした岩の表面になまえの背を押し付け、先程着せたばかりのアロハシャツを取り払う。再び露になるなまえの素肌、手入れの行き届いたその肌はとても綺麗だった。見惚れてしまう程に。

俺の視線に気付いたなまえが恥ずかしげに身を縮こませる、恥ずかしがるのが遅過ぎだ馬鹿。岩肌に両手をつき、ゆっくりとなまえの唇に口づける。なまえの長い睫毛がふるりと震え、そのまま静かに瞼を閉じた。



「ん……、ふぁ」

「おい、口開けっての」

「だって此処、もし人が来たら……」

「大丈夫だろ。賑わってる場所から結構歩いたし、岩陰なら誰にも見つからねーよ。匂いもしねぇし」

「(……匂い?)」



一瞬、なまえが油断した隙に己の舌をにゅるりと入れ、逃げるなまえの舌を捕らえる。ただでさえクソ暑ぃのになまえの口の中はもっと熱くて、まるで一緒に溶けて混ざり合ってしまいそうな感覚に陥る。夏で、しかも冷房のない場所だからこそなまえの肌はほんの少し汗で湿っていた。触れるとしっとりとしていて、汗の匂いなんかも凄いそそる。

なまえは照れ屋な奴だから普段こんなにも露出の多い格好をする事はない。どんな格好だろうがなまえは似合ってしまうし物凄く可愛いのだけれど、普段滅多に目にする事の出来ない姿は本当に刺激的だった。



「お前が悪ぃんだぞ」

「……?」

「お前が、んな可愛い格好するから……気付いてねぇのかよ。俺以外の他の男にじろじろ見られてるって」

「なに、それ。何の話?」

「気付いてねぇなら別にいい」



きっと俺の頭は暑さでやられてしまったのだ。そう自分に言い聞かせ、再びなまえの唇を塞いだ。舌を器用に動かしつつも薄く開いた瞳は下方へと向け、細くくびれたなまえの腰へと腕を回す。時折へその辺りを指の腹で軽く撫で上げてやれば、くすぐったそうにぴくりと身体を震わせた。更に追い討ちを掛けるように背筋に沿ってもう片方の手をゆっくりと這わせる。下から徐々に上へ上へ、そしてビキニの紐部分に指先が触れた時、なまえは俺の腕から逃れるように慌てて胸板を押し返してきた。



「ひゃッ、待って」

「……」



なまえの顔が赤いのは太陽の日焼けのせいなのか、それとも。とにかくこのまま何もせずに引き下がれない俺はなまえの次の言葉をじっと待った。ほんの少し怯えたなまえの第一声は――



「お、怒ってる?」

「そーいう風に見えるのかよ」

「……あの、」

「あぁ、そうさ。凄ぇイライラしてる。始めにも言ったろ?お前がこんな場所でんな露出の高ぇ水着なんか着てくるからだ」



我ながら幼稚な言い草だと思う。なまえは名前も知らないような男に自分から媚びを売るような女ではないという事くらい俺が1番よく知っている。ただ分かって欲しかっただけなのだ。

なまえが他の男に取られやしないかと俺がどんなにヒヤヒヤしている事か、なまえが自分で思っている以上にどんなに可愛い事か――その他たくさん。だけど俺の心配する気持ちはきっと一握り程も伝わっていないだろうから、何だかやるせないような気分になった。



「これよぉ、明らかに他の男誘惑しに行くような格好じゃねぇか」



気に食わねえ。最後に小さくそう吐き捨てた。するとなまえは一瞬驚いたような表情をした後すぐに首を横に振って否定する。



「ち、違うよ!全然そんなんじゃない!」

「まあ、自分から誘っといて逃げるなんて……」

「シズちゃんが喜ぶと思ったの!!」

「……は、」



暫し沈黙、その間にも俺は俺なりになまえの言葉の意味を考えてみた。もしかしたらなまえは俺が喜ぶような露出の高い水着をわざわざ選んで着て来てくれたのではないか、なんて。そんな都合の良い考えは本当に当たっているのだろうか。

それを確信付けるような言葉がなまえの口から出る。



「シズちゃん、この間言ってたじゃん。昔は歳上が好きだったって」

「そ、そりゃあ、確かに言ったかもしれねえが……」

「じゃあ、シズちゃんは大人っぽい人が好みなのかなって。私、背も小さいし童顔だし……少しでもシズちゃんの好みに近付きたかっただけで、この水着選んできたんだけど……」
「……なんだよ、それ。俺だってそんな、……言われなきゃ、分かんねーよ」



全て俺の為だったのか、そう分かった途端身体中の力が一気に抜けたような感覚に陥った。拍子抜け、まさかなまえがそんな風に考えていたとは。疑ってしまって申し訳ないという気持ちよりも俺の為に背伸びする彼女の姿が愛しいと思う気持ちが大きかった。そんなに無理して大人になろうと思わなくていいのに、だってなまえは今のままで十分過ぎるくらい魅力的なのだから。そう思ってはいるもののなかなかありのままを口に出来なかった俺にも責任はあるのだろうけれど。



「お前は今のままでも十分可愛いって」

「可愛いじゃ駄目なの。大人になりたいの」

「俺は……その、ぶっちゃけなまえだったらなんでもいいんだよ。そういう子どもみたいなところもすげー好き」

「……」

「俺自身『大人』ってよく分かんねえ。歳だけ言えば俺だって大人の部類に入るのかもしれねえが、実際大人なのかと聞かれればそうでもない。なまえのそういう姿を俺以外には見せたくないって思うし、自分ですげーガキだと思う」

「子ども舌だし?」

「それは関係ねえ」



別に歳上にこだわっていた訳ではない、子どもが嫌いな訳でもない。一緒にいて楽しくて、これからも時間を共に共有していきたいと思ったからこそ俺はなまえを好きになった。それは永遠に変わる事のない不変の事実。俺は足元で揺れる海水に両足を浸すと、なまえも此方へ来るよう促した。

戸惑いつつも海辺に近付くなまえの腕を引き、何の前触れもなく足元に感じた冷たい海水にひゃあと声を上げるなまえを笑う。するとなまえは笑わないでよと言って頬を赤く染めた。片足で水面を蹴れば水飛沫がパシャッと音を立てて舞う。



「それ、似合ってるな。ほんと、まじで」

「……ありがとう」

「でも、そういう格好は俺の前でだけにしろよな。気が気じゃねえよ……つーか今から家帰るか」

「えっ」



海の波音はどこまでも優しく耳に心地好い。2人で海を満喫するのもいいが、今は直ぐにでもなまえを独り占めしてしまいたいと思った。家に帰って押し倒してしまおうか、それとも――

なまえが背伸びし、そっと俺の唇にキスを落とした。






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