>自分の気持ちに気付くまであと
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※歌うたいな夢主





池袋公園には、2次元からやって来た歌姫がいる――

は?と思わず聞き返してしまいそうになるこの台詞を遊馬崎がボソリと口にしたのは、よく晴れたある日曜日の出来事だった。こうした突拍子もなく意味深且つ意味不明な遊馬崎の言動にはもう既に慣れている。しかしあの狩沢までもがこの話題に食い付いたものだから、小さな小さな話題の種は瞬く間に大輪の花を咲かせた、そりゃもう見事な。



「あーそれ知ってる!ダラーズの掲示板でも一躍話題になってたのよねー。歌の上手い女の子の話!」

「俺もまだ実物を目にした訳ではないんすけどねぇ……是非ともその姿を拝みたいものっす!」

「………」

「ちょっとドタチン、そんな呆れた顔しないでよね?本当にいるのよ歌姫は!」

「お前らが言うと、どうも現実味に欠けるんだよなぁ……」



お馴染みのマシンガントークを繰り広げる2人を尻目に、俺は小さく溜め息を吐くと、再び前方へと視線を向けた。ここは渡草のバンの助手席、今日もこんな賑やかな感じで休日を満喫しようとしていたところだ。

騒々しいのはあまり好きではないが、こいつらといる時間は嫌いじゃない。昔はブルー・スクウェアという名のカラーギャングに所属していたが、今は訳あってチームを抜け、ダラーズという名の詳細不明謎の組織に皆揃って属している。その名の通り本当にダラダラとした組織なのだ。創始者は愚か存在さえも不確かな上、象徴であるチームカラーもない。そんなだらけきった感じだが、俺は結構この組織を気に入っている。



「その話なら俺も聞きましたよ。歌唱力ある上にルックスもいい、今物凄く注目を浴びているらしいって」



隣で運転していた渡草が口を挟む。2人と全くジャンルの違う渡草までもが口を揃えてそう言うのだから、でっち上げの妄想でないことだけは確かなようだ。



「で、その子、どんな感じなのかな?もしかして緑のツインテールだったりしちゃうのかな?あ、でもでも私としては金髪のショートヘアスタイルでもありだと思うのよ!そんでもってロリな双子ちゃんだったりしたらベストなのよねえ」

「いやいやいや、双子と言わずここは美人3姉妹で3倍美味しいっす!」

「みなみけ?みなみけ?」

「そんでもって姉妹揃ってバンドでも組んじゃったりなんかしたら、それはもうけいおん!並の……」

「おい、止めろ」



ここで1つだけ訂正しておこう、これは遊馬崎と狩沢に向けたものではない。渡草に――正確には車を止めるように言ったのだ。遊馬崎と狩沢がそれに気付くよりも先に異変に気が付いた渡草は、何食わぬ顔で急ブレーキを掛ける。先程まで結構なスピードを出していたバンは急なブレーキに車体を大きく回転させ、ぐるんと弧を描く。まるでアクション映画でカーレース中のスポーツカーが見せるような無茶振りな運転は、乗っている者に遠心力、そして軽い吐き気をも催した。

山積みにされた文庫本たちが遠心力によって崩れ、それを何とか防ごうと奮闘する2人。しかしその努力は儚くも虚しく、次の瞬間ドサドサとたくさんのそれが崩れ落ちる音がした。



「もう、なんなんすかイキナリ!せっかく麗しき歌姫の妄想に花を咲かせ……」

「あれれ。ちょっとドタチン、あの子……」

「あぁ、分かってる」



言葉を遮られた事に遊馬崎は暫し不満げに口を尖らせていたが、すぐに異変に気付くと怪しげな笑みを浮かべる。その鋭い視線は、車窓の外へと注がれていた。


「ははーん。さては悪の使徒出現っすね?」



♂♀



「あ、あの……本当にありがとう御座いました」



バンの中で身を縮込ませて此方を見るこの少女。ついさっき路地裏で柄の悪い男達に囲まれているところを偶然俺等が目撃し、理由は何にせよ雰囲気がヤバかったもんで思わず助けてしまった。話を聞くと、1人でいたところを突然囲まれてしまったようで、男達の顔に身に覚えはないらしい。

男達はダラーズの一員だったようで、俺の顔を見るなりそそくさと逃げて行ってしまった。最近のダラーズにはああいうロクでもない連中が多い。ルールに縛られないところを魅力的だと思う反面、問題視しなければならない部分もあるのだと改めて思う。そういう面で一部俺の事をダラーズの幹部だと言い張る連中も少なくはないが、俺は自分のルールに従っているだけで別にダラーズをよりよく改善化していこうなんて思っている訳ではないのだ。だから今回少女を助けたのも俺が気に食わねえと判断しただけで、特に見返りなんてものも求めてはいない。



「いいのよー別に。私等はこの世に具現化した悪を倒すべく、当然の事をしたまでよー!」

「それにしても、本当に酷い奴等っすよねえ。少女1人に男3人だなんて、裏で一体誰の企みが……」

「?」

「悪ぃな、この2人の話は聞き流してくれ」

「は、はい……」



長い付き合いになる俺でさえこの2人の会話について行けた試しがない。理解出来ないのも、まぁ頷ける。



「あまり深く介入するつもりはないが、最近ブクロも物騒になってきたしな。あーいう奴等には気ィ付けな」

「……」

「? どうした?」

「え?あぁ、いえ……珍しいなあって。こうして見ず知らずの人間を助けてくれるような人が、まだ池袋みたいな都会にもいたんだと思うと、何だか不思議で」



本当にありがとう御座いました。そう言って何度も頭を下げる少女。歳もまだ俺等より若いだろうに、とてもしっかりしているという印象を強く受けた。名前はなまえというらしい。ついでに何処に行きたいか目的地を訊ねたところなまえは遠慮しがちにこう答えた。



「差し支えなければ……池袋公園に」

「公園?ダチと待ち合わせでもしていたのか?」

「まぁそんな感じです。お願いできますかね」

「いいって事よ!つーか、別に俺等これから予定があるって訳でもねぇしな」



彼女の不安そうな声に、俺の代わりに渡草がそう答えた。何故か、普段よりも増して張り切っている様子だ。



「あの、これから少しお時間あります?えと、お名前……」

「門田だ。門田京平」

「ドタチンって呼んであげてねん!」

「ドタチンいうな」



そしてこれはいつもお馴染みのやり取り。なまえはその様子を見て仲が良いんですねと言って笑った。その笑顔があまりにも無邪気で可愛らしくて何故か直視出来なかった。どうしたんだ俺、こんなのらしくない。



「それじゃあ京平さん。勿論皆さんにも、是非お礼に見て欲しいものがあるんです」



♂♀



そこはまるで小さなコンサート会場のような盛り上がりを見せ、改めて彼女の奏でる音楽の影響力の偉大さを身を持って知る事となった。驚くべき事に俺等が偶然助けたあの少女こそ狩沢たちの話す歌姫の正体であり、俺のすぐ隣で3人は興奮気味に身を乗り出した。



「いやー実はバンの中でずっと妄想してたのよね!あの子、すっごい可愛いじゃない?もうコスプレってナンボって感じ?」

「狩沢さん目がマジっすよ……!」

「当たり前じゃない!それこそツインテールのバーチャルアイドルを3次元世界に呼び出せちゃうのよ!?それとも星間飛行歌ってもらってキラッ☆とアイドルコスしておK?」

「お前は一体誰に許可得てるんだ。……しっかし、あの子がなあ。確か芸能界に勧誘されて蹴ったって話だぜ?きっとルリちゃん並みの売れっ子アイドルになっただろうになあ……」

「あの子はただ、歌いたいだけなんだろう」

「? 門田さん、あの子から何か聞いたんすか?」

「いいや、そういう訳じゃあねぇが……」



一目見て、感じた。歌いたいという強い思いや、歌へとかける情熱、全て。歌に関しては素人の俺でも、彼女の歌声を聴いて分かった。

透き通るような歌声は様々な色を魅せ、その場にいる全ての人間を魅了した。老若男女関係なく、それは勿論俺自身も例外ではない。



「自分のやりたい事に一生懸命になれるってのは、いい事だよな」

「俺らも一生懸命っすよ!日々2次元への情熱を積もりに積もらせ……」

「あーもういいから黙れお前」



どうしてなのかは分からないが、何故だかずっとこの歌声を聴いていたいと思った。それは彼女の歌を聴きに集まる人々全てが共通して思う事なのだろう。歌の上手さなら狩沢も遊馬崎も負けちゃあいないし、渡草だって結構上手い。しかしなまえはただ上手いだけではない。人を惹き付ける何かがある――そう思った。

不意にマイクを持って歌うなまえと目が合う。彼女は俺と視線がぶつかるなり大きく右手を高く振った。とても無邪気で、まだ幼さを残すあどけない笑みで。素直に可愛らしいと思う、不思議と目が離せなくなる。



「……門田さん?」

「! わ、悪ぃ。何か言ったか?」

「大丈夫すか?さっきから随分と呼んでたっすよ?」

「あれれっ、まさかドタチン……なまえちゃんに惚れちゃってたりして!?」

「!!?」

「ええッ、まじすか門田さん!」



確かに今までこんな事はなかった、異性をこんな風に意識するなんて。なまえの歌声を聴き笑顔を見て、俺の中の何かが動いた。これは一体何なのだろう。そして今の狩沢の台詞にもいちいち赤面してしまっている俺は何だと言うのか。

ただ、彼女を尊敬する気持ちは嘘ではない。自分のやりがいを見つけ出し没頭する事の出来る人間は意外にも少ないのだから。夢を追い続ける事はとても勇気の要る事だ。叶えるまでのリスクを自分自身が責任を持って背負わなければならない。だから人間は自分本来の夢から目を背けたがる。



「立派なもんだな。まだ若ぇのによ」

「とかとか言っちゃってさあ!なまえちゃんが気になって仕方がないくせに!」

「門田さん、好きなら好きって今のうちに言っておくべきですよ。あの子がルリちゃんみたいな国民的アイドルになってライバルが増えてしまう前に……!」

「いやいやいや、アイドルが恋人なんて最高じゃあないっすか!いいっすよねえアイドル……是非ともその歌声で毎日癒してもらいたいっす!」

「お前らなぁ……」



この先彼女がどう成長してゆくのかをこの目で見てみたかった。それは子の成長を見守る親のような気持ちであり、実はそうでなかったり……狩沢たちがぎゃあぎゃあと騒ぐ隣で、俺は少し和やかな気分になった。

歌が終わったらあの子にこう言ってやろう。とても綺麗な歌声だった、と。確かに見返りなんて求めちゃあいないが、こういう恩返しは悪くないと思った。とりあえず今は鳴り止まない心臓をどうにかしなくては。



「ドタチーン顔赤いよう」

「うるさい!」





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