>Welcome to the irrational world!
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※不思議の国のアリスパロ





「(あぁそうか、これは夢だ)」



ツッコミ所はそりゃあもうたくさん、至る所に。まずは此処、どうやら森の中らしい。とりあえずツッこんでおくが、池袋にこんな場所はまず存在しない。残念な事に人間の都合上、かつてたくさんの森林が生い茂っていたであろうこの場所に自然は殆ど残されていないのである。せいぜい地球温暖化を騒ぎ始めた人間達が気休め程度に植え足した人工的な自然に過ぎない。

そして俺の格好。なんだいつものバーテン服ではないかと言われてしまえばそれまでだが、俺の数時間?前までの行動を思い返させてくれ。俺は確かに寝床についた、勿論着替えて、そして寝た。やっぱり夢じゃねーかコレ。そういえば夢は己の欲望が反映されるものだと聞く。もしそれが本当ならば、俺は自分を見つめ直す必要性があるようだ。



「ほらシズちゃん。早くしないと、お茶会に遅れるよ!」



俺の目の前に、なまえがいた。うさ耳の。これはやはり俺の内なる願望なのだろうか。確かに似合ってはいるのだ、かなり。正直すげー可愛い。しかし状況が状況なだけに、場所が場所なだけに、素直に喜べないのが何とも惜しい。当のなまえも『お茶会』だの何だの意味の分からない言葉を口にしているし。試しに頬をつねってみたら痛かった。



「(痛ぇ、何でだ!?)」

「? シズちゃん?」

「……」



俺の顔を不思議そうに覗き込むなまえ。首を傾げると同時に、長いうさ耳がぴょこんと揺れた。ふさふさで真っ白な、見るからに本物のうさぎの耳。試しにそっと触れてみたら、なまえがびくりと身体を震わせた。



「に゛ゃッ!!?」

「(猫?)」



なんで鳴き声が猫なんだよこいつ。ほんの少ししか触れる事が出来なかったけれど、もふもふとしていて気持ちが良かった。なまえの反応を見るからにこの耳には神経が通っているようだし、作り物でない事だけは確かだ。なまえは涙目になって俺を睨み付けるが、怖くも何ともない。というより、可愛くて仕方がない。



「あー悪かったって。それよりもほら、お茶会とやらに行かなくちゃ、だろ?」

「はッ、そうだった!こんな事してる場合じゃない!」



まあ、とりあえず今は何だっていい。どうせこれは夢なのだから。うさ耳なまえが見れるってだけでも、この夢の続きを見る価値は十分にある。なまえは俺の右手を取ると「いざ不思議の国へ!」意気揚々と歩きだした。なんだこれ。なまえがうさぎで不思議の――つーことはなんだ、俺の役割はアリスってか?なんで俺がアリスなんだよと言いたいところだが、この世界を創造したのは俺の頭であって、俺自身の夢なのだから答える者などいやしない。

不思議の国のアリス――この後アリスはどうなるんだっけ?原作を忠実に追ってみよう。白うさぎを追い掛けたアリスは、不思議な穴に落ちるそうな。幸い落ちる穴など何処にも見当たらないし、多分なまえが白うさぎだろうし。とりあえず落とし穴にだけは気を付けつつ、このままなまえに導かれてみよう。能天気に鼻歌なんかを歌い始めるなまえの横顔を見て、若干頼り無さげにも思えたのだが。



「なあ、白うさぎって、そんなに悠長に歩いてていいものなのか?」

「え、なんで?急いでたって、お茶会は逃げないよ?」

「……原作設定、思いきっり無視だな」

「?」



アリスは白うさぎが気になって仕方がありません。何しろ白うさぎは本来時間を急ぐ生き物なのですから。



♂♀



気付いたら周りの様子が変わってきた。やけにでかい毒々しいキノコに、小鳥の囀ずりの代わりにカラスの鳴き声。それでもなまえの足取りは軽い。このまま何も起こらなきゃいいが.....



「くせぇ」

「?」



一旦立ち止まり、またもきょとんとするなまえ。こいつ、うさぎになっても鈍いのか。さっきからずっと気になっていた。姿こそは見えないが、誰かに見張られているような気配。しばらく気配の感じる一点を睨み付けていると、クスクスと笑い声が聞こえてきた。まるで他人を嘲笑うかのような、不愉快な笑い声。この時点で、俺は嫌でもヤツの正体に気付いてしまう。内心、違う事を祈りながら。

頭上の木の上に姿を現したのは、俺が最も出会いたくなかった人物。尚も俺を嘲笑いながら、悠然と枝に腰掛けていやがる。しましま模様の猫耳に、ゆらゆらと怪しげに揺れる尻尾。チェシャ猫もとい臨也はなまえを見ると、にっこりと微笑んでこう言った。



「やあ、なまえちゃん。随分と物騒なアリスを連れて来てくれちゃったねぇ」

「臨也さん、こんにちは!今、お茶会に向かっている最中なんです」

「お茶会?……あぁ、あの狂った晩餐に行くのかい?やめときなよ。あの人達の事だから、なまえちゃんに何するか分からないよ?」

「でも、それが私の使命ですし……」

「大丈夫だよ。そこのアリスは随分とたくましそうだし、放っておいても問題ないさ。そんな事より……」



スゥッと消えてゆく臨也の姿。次の瞬間、消えたはずの臨也の姿はなまえのすぐ隣に現れた。驚く俺を差し置いてなまえの肩を抱く臨也。なんだこの馴れ馴れしい態度、俺の目の前で――まるで見せつけるかのように。チラリと此方を見てはくすりと笑う、そんな余裕な態度が腹立たしい。



「俺と一緒においで。きっと楽しいよ?」

「で、でも、」

「ふふッ、困ってる。可愛い……それにしても、本ッ当に君、美味しそうだよねぇ……食べちゃいたいくらい」

「おいそこの変態猫。猫は確かに肉食だが、うさぎは食わねーだろ。うさぎは」

「馬鹿だなあシズちゃんは。猫はうさぎを食べるんだよ?勿論色々な意味でね」



意味深な言葉を告げ、ゆっくりとなまえから離れる臨也。いつもの如く俺はムカついたもんで、ついさっきまで臨也の座っていた木を根ごと引っこ抜いてやった。バサバサと音を立てて忙しなく飛び交うカラス達。

俺だって好きでこんな事している訳じゃあない。池袋ならともかく、どうして俺はこんな森の中でも暴力を使わなきゃならねぇんだ。



「! シズちゃん!?」

「ちょっと、森林乱伐はやめてくれる?もう少し自然を大切にしようよ」

「うっせぇ!手前が現れやがったのがいけねぇんだろうがぁぁぁぁ!!!」



ミシミシと音を立て引き抜かれた木は、そのまま臨也へと一直線――にヒットするはずだった。少なくとも俺の予定では。だがしかし惜しくもそれは、かなり意外なとある人物の仲裁によって遮られる結果となる。



「おいおい静雄、その辺にしとけって。なまえちゃんが困ってんだろ?」

「!! と、トムさ……!?」



かなり衝撃的な出来事。この夢は大嫌いな奴からその真逆まで、本当にたくさんの実在する人間が豪華にも総出演しているようで。もそっとした巨大キノコの上で、煙草をくわえたトムさんの姿。驚きのあまりにうっかりと右手を滑らせてしまい、どさりばきばき、と大袈裟な音を立てて丸太が地に落ちた。因みにこの世界でのトムさんは物知りな芋虫に相当するらしい。頭に青いシルクハットを被ったトムさんは、いつもの仕事用のスーツ姿とはまた違った大人の雰囲気を醸し出していて、俺はそんな先輩の姿をただひたすら尊敬の眼差しで見上げていた。

森はやがて再び静けさを取り戻す。怒りより驚きが勝ってしまった。なまえは青芋虫(以下トムさん)とも知り合いのようで、ぺこりと耳を垂らしてお辞儀する。



「よぉ、白うさぎ。お茶会に行くんだろう?この湖を渡ればすぐそこさ。早くしねーと遅れちまうぞ」

「あ、ありがとう御座います!やっぱりトムさんは物知りなんですね」

「はは、まー今回はそういう役どころらしいんでな」

「?」

「いんや、此方の話」



トムさんの指差した方角を見ると、そこは無限に広がる広大な湖。向こう岸なんて見えないが……



「おい静……じゃなくて、今のお前はアリスだっけか?」

「! え、あぁ、まあ……柄じゃねーんすけど、そうらしいっす……」

「気ィ付けろよ」

「……はい?」

「あ、お前は別に心配いらねーだろうけどな?なまえちゃんは守ってやらんと、あっという間に取られちまうからな。この世界では特に」

「???」



意味が分からない。そもそも『不思議の国のアリス』って、どんな物語だったっけ?何か根本的なものを忘れているような気がしてならない。ウウムと首を傾げる俺を見て、トムさんは笑いながら更に続ける。



「ほれ、どうこうしているうちに白うさぎが……」

「!!」



気付いたらなまえはそこにいなくて、ついでに臨也の姿も見当たらなくて、いつの間に2人は忽然とこの場から姿を眩ましていた。きっと臨也が連れて行ったに違いない。トムさん登場により忘れかけていた怒りの感情がふつふつと込み上げてくる。つーかどうして油断なんかした俺……!しかし悔やんでもどうこうなる訳もなく、俺は仕方なしにノミ蟲の気配を辿ってみる事にした。とは言っても行く先は一面の湖なのだが。

もう原作のアリスがどんなだろうが関係ねぇ。これは俺の夢で、俺の物語だ。だから俺がどう設定を変更したところで誰に咎められる訳でもない。夢から覚める気配も皆無、やっぱり頬はつねっても痛いし。きっと俺は初めから白うさぎを追い掛ける運命だったんだ。



「すんませんトムさん。俺……白うさぎ追い掛けねーと」



こうしてアリスは白うさぎを追って、不思議の国へと迷い込むのでした――



♂♀



「闘うアリスってのも、なかなか斬新ですなあ」



一方その頃、違う場所――広い湖を渡った場所に、怪しげな影が2つ。1人は大きな帽子を被っており、もう1人の頭には長い耳。しかし白うさぎと違ってその耳は、明るい茶色をしていたのでした。何でもない日を祝う日――だけど今日だけは違います。今日はこの世界の住人達にとって、何よりも大切な日なのです。



「ということは、白うさぎに手ぇ出していいって事ですよねえ?帽子屋の旦那」

「誰が決めたのかは知りませんが、それがこの世界のルールですから」



帽子屋はそう言って楽しそうに笑うと、鮮やかな色をしたティーカップを手に取り、注がれたお茶を口に含みます。既に冷めきってしまった、冷たい紅茶を。



「まあ、今頃はあの猫が早速動いている事でしょう」

「猫……あぁ、あのイカれたチェシャ猫ですか」

「貴方程イカれちゃあいませんがね」

「ははッ、酷い言い様ですなあ」



イカれうさぎはくつくつと笑います。本来うさぎはあまり鳴かない生き物なのですが、この世界のうさぎは違います。楽しい時も、そうでない時も、うさぎは笑う生き物なのです。そもそも常識を当て嵌めようとしてはいけません。そうしようとする行為そのものが無駄で意味の成さないものだという事が、物語を読み進めていくうちに徐々に明らかになってゆくでしょう。

此処は不思議の国――歪んだ世界。果たしてアリスは白うさぎを見つけ出し、無事元の世界へ帰る事が出来るのでしょうか?








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