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「そんで、本題に入らせてもらうが」

「はい」

「被害はいつ頃から」

「ええと......半年くらい前、だったでしょうか。初めのうちは気にしないようにしていましたので、正確にはわかりませんが」

「実際の被害はねぇのか」

「今のところ、特には。ただ気配がするだけなので、警察に話したって、ただの自意識過剰だと思われそうで」

「そりゃあ正論だな。が、俺様はお前さんの言うことを信じるぜ」



というのも、エクボには確信があるからだ。以前、似たようなケースを、茂夫や霊幻と解決したことがある。その時の依頼主は、被害の原因を霊であることに気付いており、結果として、犯人は隣の部屋のアパートの住人ーーの、生霊であった。この時エクボらは、生身の人間であっても、強い意志と少しばかりの霊力さえあれば、幽体離脱も可能であることを知ることとなる。そういうわけで、今回の件に関しても、犯人は悪霊、もしくは生霊ではないかとエクボは睨んでいる。

そんな根拠をもとに、彼は絶対的確信を得ていたので、彼女の発言を微塵も疑わなかったし、すべてを肯定することができたのだが、幽霊だなんて不確かなものを誰にも相談できず、心の中に塞ぎ込んでしまったなまえにとって、彼の全肯定が信じられないくらい嬉しかった。



「あの、エクボさんは私の話を信じてくださるんですか?」

「そりゃあ、俺様が悪霊......おっと、霊とか相談所の一員だからな。毎日仕事で幽霊相手にしてりゃあ、人も幽霊もなんら大差ないぜ」

「本当にいるんだ......幽霊......」

「おいおい、半信半疑でうちに来たのかあ?いるぜ、霊は。無害のやつなんかは、そこらじゅう......ほら、例えば、そこの隅っこの席」

「!!?」



エクボが指さしたのは、なまえの座っている席の、更に奥。その霊は恐らく地縛霊の類いで、自分が死んだことを受け入れられず、死んだ時にいた土地や建物から離れられない、もしくは、その場所に特別な理由があって宿っているものをそう呼ぶ。無論、霊感のない者の目に映ることはないので、周りの者にはまったく見えていないし、その席に霊が宿っているにも関わず、つい先ほどから若い男性がそこに座り、隣席の女性を口説いているほどだ。若い男女がムードをつくり上げている最中で、それでもそこから離れることができず、居心地悪そうなその地縛霊を、エクボは不憫に思っていた。

エクボは、茂夫に命じられた時や、敵と認定した悪霊に限り、失った霊力を補うための餌とするが、それ以外の霊をむやみに食べたりはしない。中には自分を慕ってくれる霊もいたし、かつて自分の霊力が絶頂期だった時には、たくさんの霊を子分として従えていた。彼は、神になるべく様々な勉強をし、それなりの知識や指導力もあったため、人や霊を従える能力には長けており、故に、彼の言葉には妙に説得力がある。



「大丈夫だって。無害だっつったろ。おい、引っ付くな」

「す、すみません。つい」

「なんだ、お前さん。幽霊だとか、そういった類いに弱ぇのか」

「お恥ずかしながら......未だにお化け屋敷にも入れないんです」



なまえに引っ張られ、わずかにしわになった袖の部分を伸ばしながら、エクボは思う。俺様、実は悪霊なんだけど。



「じゃあ、尚更はやくどうにかしなくちゃな。今はまだ無害でも、いつなにが起きるかなんてわかりゃしねぇ」

「えっ、やっぱりそのままにしておくと危険なものなんですか」

「今の段階ではなんとも言えねぇが、霊が力をつけりゃあ、なんだってできるぜ。呪いだとか、実体化。あとは......そうだな、身体を乗っ取るとか」



ちなみに、エクボはそれらすべてを行使することができる。現に、人様の身体に憑依し、悪びれなく悪霊について説明できてしまうのだから、やはり彼は根っからの、正真正銘悪霊であった。



「なんだか実感が湧かないけれど、本当にいるんですね」

「人間の想像できる範囲の生き物ってのは、たいてい存在しちまうもんだ。......あ、おかわり。ジンジャーハイボール」

「......」

「どうした?お前さんも飲むか?」

「じゃあ、お願いします。私はアルコール抜きの、ジンジャーエールで」



なまえが2杯目のジンジャーエールを飲んでいる隣で、エクボは、彼女の背中に憑いている"なにか"に気付く。とても弱く、人に害のないものであったが、確かに霊の仕業である。正確には、霊の残り香のようなもの。それは、彼女の身の回りに霊が潜んでいるという、揺るぎない確かな証拠でもあった。エクボはそれを話そうか話さまいか一瞬迷うが、幽霊の話に弱い彼女に、今、この場で話すのは酷だと思い、彼は何食わぬ顔で、べりっとそれを引き剥がす。つまみあげたそれを、エクボは頬杖をつきながらじっと見て、そのまま口の中へと放り込んだ。



「? どうかしましたか?」

「いんや?なにも。肩にホコリがのってただけさ」



噛みちぎったそれはとても苦く、決して美味しいとは言えなかったが、霊なんてたいていこんなものだ。今は茂夫らに軽くあしらわれているエクボだが、彼は確かに上級悪霊であり、彼以上に強い悪霊など滅多に存在しない。中級ともなれば味はそれなりだが、そこらにいる霊のほとんどが彼にとっては格下で、味を人間の食べ物に例えるなら、炙りすぎてしまったスルメイカのようなものであった。

もっとも、美味しいものを食べたいなどと欲のない彼にとって、味などどうだっていいことだが。



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