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これは、神になった男の話ーー



「神様になりたいの?......なら、もっと笑ってたほうがいいって。絶対」



いつだったか、とある人物言われた何気ないひとこと。当の言った本人はもう覚えていないかもしれないが、彼はそのひとことを機に、やがて笑顔であることを教えとした宗教団体を創り上げた。その団体は徐々に規模を拡大し、少しずつ信者の数を増やしーー創設者の彼はほくそ笑む。計画は順調。これでようやく、念願叶って『神』になれる!どうして神になりたいのかなんて、きっかけはもう忘れてしまったのだけれど、人間だった頃の己の身が朽ちてからーーいや、もしかしたらそれよりもずっと前から、彼は神になりたくてたまらなかったのだ。

彼の夢は成就するはずだった。が、幼き超能力者ーー影山茂夫によって、長年かけて創り上げてきた宗教団体は、たった一日でいとも簡単に崩壊したのである。










神になった男





影山茂夫は生粋の超能力者である。(これをナチュラルと呼ぶ。)彼はおかっぱ頭で大人しく、見た目こそは冴えないものの、生まれながらにして特殊な力を持っていた。とはいえ、彼はその能力を見せびらかそうとせず、決して目立とうともせず、その能力が表に出ることといえば、大好きなカレーライスを食べている時、無意識のうちにスプーンをぐにゃりと曲げてしまうことくらいだった。

そんな目立たない彼に、常にくっついて離れない緑色の人魂のような物体ーーいや、霊体がひとつ。彼の名はエクボ。俗にいう幽霊である。幽霊といっても種類は様々で、死霊、精霊、生霊、怨霊、悪霊、浮遊霊ーー中でも、悪霊の類いに分類されるのだから、当然良いものではない。むしろ、その中で最悪と言われてもおかしくない存在であったのだが、今はほとんどの霊力を失ってしまい、茂夫からにじみ出る霊力のおこぼれを日々もらいながらも、なんとか霊体を保てる程度には身体を維持し、生活できている。



「おい、シゲオ。どうしたってお前、そんな仏頂面してんだ」

「別に。僕は至って普通だよ」

「お前、モテたくて肉体改造部入ったんだろう?なら、モテるための努力を他にすべきだろうが。お前だって、ぬぼーっとした表情でなに考えてっかわかんねー女より、爽やかな笑顔向けてくれる女のほうが好感持てるだろう?」

「......エクボってさ、どうしてそんなに笑顔にこだわるの」

「あん?」

「いや、だってさ。前にエクボが洗脳してた人たちの集まり......ええと、名前なんだっけ」

「(笑)な!カッコワライ!てか、洗脳って......なんか聞こえ悪ぃなあ。いや、まぁ否定はできねーんだけど」



エクボは、茂夫の耳元で声を大にして主張すると、ふぅ、とため息を吐く。



「そう、それ。あれもさ、意味もなく笑う集団だったよね。確かに笑うことがいいことなのは否定しないけど、どんな時でも笑えっていうのは、正直不快だったなぁ」

「辛辣だぜぇ、シゲちゃん。俺はただ、笑うことでみんなを幸せにしたかっただけなのによぉ」

「本当かなぁ」



茂夫は、心からの疑いの目をエクボに向けるも、それ以上言及することはなかった。そのものの根本的な考え方を変えるのは難しい。それは人であっても、霊でさあっても同じことだ。茂夫は、エクボが往生際の悪い性格であることを知っていたので、言ったところで簡単に善処されるとは思っていなかったし、必要以上に干渉することはなかった。

原来、ふたりは価値観のまったく異なる者同士だった。相手を消す勢いで、本気で衝突し合ったこともある。そんなふたりが今、生活を共にし、普通に会話を交わしているのだから、結果として奇妙な関係性が生まれた。それは師弟でも家族でも、はたまたペットと飼い主なんてものでもない。茂夫はエクボのことを気にも留めていなかったし、エクボはというと、茂夫に秘められた絶大なる超能力をどう利用してやろうか、そんなことばかり考えていた。当初のうちは。



「そうだ。今日、師匠が事務所の模様替えをするって言ってたんだ」

「模様替え?なんだってこんな時期に......つーかお前、今テスト期間中だったよな?のんきに手伝ってる場合かよ」

「うん。僕には時間がない」

「で?」

「だからエクボに話してるんじゃないか」

「おいおい、ちょっと待て。この流れだと、まさか俺様に向かって、代わりに手伝ってこいとか言うんじゃねぇだろーなぁ?無駄だぞ、無駄。俺様が霊体だってことは知ってんだろ?物体に触れるわけがねぇ。湯のみひとつ動かせねぇぞ」

「でも、代わりにエクボよこせって師匠が......」

「あいつが言ったのかよ!!」



あンの詐欺師!とエクボが悪態を吐いたものの、その声は茂夫にしか届かない。

茂夫のいう「師匠」とは、霊幻新隆という名の、自称霊能力者である。彼にはめっきり霊感がない。故に、霊を祓う能力もない。ただ、やけにペラペラと回る舌と、確かなマッサージの腕を持った、ごく一般的な人間である。彼は「霊とか相談所」を運営しており、ここを訪れる客の悩みを、時には己のマッサージの腕前によって、また時には巧みな話術によって、そして稀に訪れる本物の案件に関しては、弟子である茂夫の力によって、実質、様々な依頼をこなしてきた。これまでの実績があるからこそ、リピーターを着実に増やし(主にマッサージの)、ここまでうまく立ち回ってきた。茂夫は霊幻の本性を知ってか知らずか、それでも今日までを師匠として彼を慕っている。



「霊体の俺様にどうしろってんだ......くそっ、あいつ、俺様が見えるようになってから調子乗ってやがんな」



くどいようだが、霊幻には霊感がこれっぽっちもない。それ故、霊の姿を見ることができない。それなのにエクボのことが見れるのは、以前、大量に茂夫の念動力を身体に流し込んだことが、力をすべて使い終えたあともなんらかの影響を残しており、結果、エクボが自ら可視モードに切り替わらなくとも、姿を捉えられるようになったのだ。それ以来、霊幻はエクボのことを、茂夫ーー彼はモブと呼んでいるーーが欠勤した時の、勝手の良い使いパシリだと思っている。

そんなわけで、現在、霊とか相談所は3人(?)で成り立っていた。



◇◆



エクボには実体がない。空気中に漂う気体のようなものなので、茂夫のような超能力者ならば話は別だが、基本的に他者が触れることはできない。しかし、自分の身体を持たないからこそできることもあり、例えば、他人の身体を乗っ取れることもそのうちのひとつ。誰にでも憑依できるわけではないが、大抵の身体には入り込むことができ、特に、相手の気が動転した瞬間は容易い。憑依さえしてしまえば、そのまま身体の持ち主の精神を食い殺すこともできたため、乗っ取られる側としては、かなりリスクのある行為といえる。もっとも、乗っ取られる側の意見など尊重されることはないのだが。



「ふぃー......、やっぱこいつの身体はやけに馴染むぜ」



エクボが憑依したこの男、実は今回が初めてではない。以前、茂夫らが対立した超能力者集団『爪』という組織に属していた守衛であり、組織の支部に乗り込んだ際、エクボが拝借した身体である。彼の左耳は若干抉れているが、これは、エクボが敵員との戦闘の際に受けた傷であり、それを目にするたび、エクボは心に靄がかった気持ちになるのだった。それは、この男に対して申し訳ないと思っているわけではなく、憑依先をダメにしてしまうのは三流の霊がすることだ、という、彼なりの美学に反するからである。

一度憑依したことがある身体は扱いやすく、勝手が良い。この元守衛の男が、偶然にも同じ街に住んでいることを知ってからというものの、エクボは身体が必要となった際には、この男の身体を拝借していた。そして、幾度も繰り返しこの男を乗っ取っているうちに、彼の日常生活を否応なしに垣間見ることとなる。



「あ、こんにちは」

「......コンニチハ」



今日、いつものように、男が寝ている隙に憑依し、エクボがアパートの階段を降りてゆくと、そこを通りかかったひとりの女性がにこやかに挨拶を投げかけてきた。恐らく、二十代半ばあたりの、美しい女性。名前はまだ知らないが、彼女の反応を見た限りだと、決して親しいわけではないものの、顔を合わせるたびに挨拶を交わす関係ではあるらしい。エクボがとりあえず挨拶を返すと、女性は軽く頭を下げ、そのままどこかへ行ってしまった。そのうしろ姿をぼんやりと眺めながら、エクボはこの男の身体に突如訪れた変化に気づき、思わずにやりと笑う。



ーー......ははーーん。

ーーどうやらこの男、あの女に気があるな?



どきどきと高鳴る鼓動に、耳から頬にかけて熱を上げる体温ーーこの感覚はエクボにとってずいぶんと久方ぶりであったが、これが相手に対する恋慕なのだということはわかっていた。それは、憧れにも近い純粋な恋心であったが、意識を乗っ取られても尚、こうも反応する身体が滑稽で、エクボは口端を歪ませ、なんとも形相の悪い顔つきのまま「霊とか相談所」へと向かった。憑依先の男がどこの誰を好きであろうと、悪霊である自分には関係のないことだ。恋愛沙汰など関わりたくもないーーそう思っていた。

しかし、彼女との再会は、思っていたよりもずっと早かった。



◇◆



「よぉ、霊幻。俺様が来てやったぜ」

「......ん?なんだエクボか。丁度いい。ちょっとこっち来い」



相談所の扉を開くなり、目に入ったものは、模様替え最中の散乱した事務所の一室ーーではなく、普段通りの、客と対面している霊幻の姿であった。客はこちらに背を向けて座っており、顔は見えないものの、女性であることはわかる。なんだよ、模様替えするんじゃなかったのかよ、と、エクボがあからさまな顰め面を向けると、霊幻がいいから来い、とでも言いたげな顔をして手招く。俺様を使うなんて何様のつもりだ、と、愚痴をこぼすのをぐっとこらえ、エクボが仕方なく霊幻の隣へと回り込むと、依頼主の女性の顔を見てーー愕然とした。彼女には見覚えがある。それも、つい最近の話。



「!!!?」

「貴方は......」

「おや、お知り合いですか」

「はい。彼は、近所のアパートの方で......まさか、こちらで働かれていたなんて、知りませんでしたけれど」



またお会いしましたね。そう言って彼女が再びにこりと笑うと、男の身体は面白いくらいに彼女の笑顔に反応した。依頼主の正体は、恐らくは憑依先の男の想い人である、例の彼女だったのだ。



「どうしたエクボ。お前、すげー汗かいてるぞ」

「......!!」

「えくぼさん、っていうんですね。今までご挨拶していましたけれど、お名前は初めてお聞きしました」

「そうでしたか。ですが、ご近所様でいらっしゃるとわかれば、話は早い」



この時、すでにエクボは嫌な予感しかしなかった。なぜなら、霊幻がこれ以上ないほどのキメ顔で、人差し指を立てたからである。彼の提案は九割方、ろくでもないことと決まっている。エクボはどうしようもなくこの場から逃げ出したい衝動に駆られたものの、彼女に見つめられていることに無意識のうちに緊張してしまっているのか、身体が思い通りに動いてくれなかった。これも、憑依先の男の潜在的意識がそうさせているのだろう。



「彼......私の優秀な部下であるエクボ君が、貴女を守ってみせましょう!」

「はぁ!!?」



思わず、声が裏返ってしまった。だってあまりに唐突過ぎるではないか。守るとは言っても、一体なにからどう守ればいいのか見当もつかないし、情報量が少なすぎる。



「ちょっと待て!俺様は何がなんだかさっぱりなんだが......!」

「あぁ、だから、なまえさんを悪霊から守って差し上げろと......あ、ちなみになまえさんってのは彼女のことな」

「......悪霊だぁ?」



悪霊と聞き、エクボは彼女を纏う霊気を感じ取ってみるものの、特にそれらしき気配は感じられない。



「......おい、霊幻。悪霊どころかなにも憑いてねーぞ、あの女」

「それはなによりじゃねぇか。とりあえずは、彼女を安心させるためにしばらくはだな......」



エクボが小声で霊幻の耳元でそう伝えても、霊幻の意思決定は揺らがない。



「もし、また何者かに見られている気配を感じましたら、いつでも彼を呼んでください。なんせ住んでいる場所が近いですし、すぐに飛んで駆けつけます!」

「で、でも......そんなボディガードみたいなこと、えくぼさんの生活に支障をきたしてしまうんじゃないかと......」

「いいんですよ。彼、暇ですし」

「(あぁ!?)」

「それに、なまえさんに何かあってからでは困ります。大切なお客様なのですから」

「......おい。そこまで言うなら、お前がやれよ」

「馬鹿言え。仮に、本物の案件だった時にどうする」



エクボの指摘に、霊幻はなんの悪びれもなく、エクボにしか聞こえない声でそう返した。これでは自分が霊を祓えないことを認めているようなものだが、今のエクボにそれをいじる余裕などない。



ーーおいおい、まじかよ。

ーーシャレになんねぇぞ、おい。



一向に収まらない動機に、熱い身体。かつて彼が人間だった頃、少なくとも一度は経験したことのある感覚であるのは確かだが、今や霊体であるエクボからしてみれば、それはもう数百年も前の話である。久方ぶり、なんてレベルではない。

それにしても、と、エクボは思う。彼女ーーなまえは、落ち着いた大人の色気を醸し出しており、エクボの目から見ても、正直言って、いい女だ。対して、自分の憑いているこの男は、やや細身で引き締まった身体つきに加え、いかにも、な強面である。まるで美女と野獣だな、なんて他人事のように思いながら、エクボは火照った身体を少しでも冷まそうと、首元のネクタイをわずかに緩める。



「さて、お帰りの際にはうちのエクボに送らせますので、どうぞご安心を」



ここまでくると、いっそ清々しいくらいの無茶ぶりな霊幻に対し、怒りすら通り越して、もはや呆れるしかない。エクボは、肺の中の空気を全部吐き出すくらいの長い息を吐くと、悪霊を使うとは高くつくぞ、なんて精一杯の脅し文句を呟いた。しかし、客を目の前に霊幻の笑顔が崩れることはなかった。こんな時、エクボは思う。人間ってヤツは、あくどい。

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