>愛別離苦
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



▼ A premonition of ...



埼玉県 某駅


「また出たよ、悪い癖。もうやんなっちゃう」

「仕方ないよ。いつもの事なんだから」

「なんだかんだ言ってヘタレだけどね」



周りで口々に俺を非難する可愛いマイハニー達。それに屈する事なく(ていうか慣れてしまった)俺は、壁に背中を預けキョロキョロと辺りを見渡し始める。ホームへと向かうたくさんの人の流れに呑まれないように、端の方へ避けながら。

基本、女の子はみんな可愛いと思う。いや、無理してねぇから、まじで。顔で女を決めるような男はクズ野郎さ。まぁ、そんな感じで俺は今日もここにいる。可愛い女の子を見るために。



「もう、久々に遊びに誘ってくれたかと思いきや、同時に10人以上も誘うってどうよ」

「半数は怒って帰っちゃったけどね」

「どうせ、この間池袋に遊びに行った時、口説いてきた子達でしょ?」

「わざわざそんなところに行ってまで、可愛い女の子に飢えてたって訳ね……」



そこで今まで黙って聞いていた俺は、すかさず待ったの動作を取り、口を挟む。



「池袋に行って来た第一の目的は、昔のダチに会うためだから。あ、ちなみに男ね、ガチで」

「ふぅん。で、第二の目的はナンパ?」

「あはは、……バレた?」



そんなやり取りも、いつもの事。可愛い女の子達とふざけあって、お茶して遊んでナンパして。そんな毎日の繰り返し。それが昼の俺の仮の姿。こうでもしないと、ただ息苦しいだけの人生になっちまいそうで。だって俺、まだ若ぇもん。人生楽しんだもん勝ちだろ。

今夜もきっと総会だ。総長という立場にある以上、サボる訳にもいかねーし。別にチームでつるむのは嫌いじゃない。気の許せる良い奴等ばかりだし。まぁ、中には厄介な奴もいるがな。



「うーん……じゃあさ、キスしたら許してくれる?」

「……とりあえず死んじゃえばいいと思うよ」



そんな会話をしていた矢先。たくさんの人間が群がる人混みの中、不思議と1人の少女の姿にピタリと視線が止まった。すっげータイプの女の子。見た感じだと多分俺と同い年か……もしくは1コ年下くらい?制服を身に纏っているのだから、とりあえず高校生なのに変わりはないだろう。

色々とやらかして来た俺だけど、そんな俺もたかだか高2。経験値が少ないのは否めない。……が、実際本気の恋愛をした事がないってのは事実。誰に話しても大抵は信じてくれないが。



「俺、そんな軽い男に見える?」



そう訊ねる度に皆が揃って首を縦に振るのだ。女の子たくさん連れてるのが悪ぃのかな。でも1人の女の子に絞るよりも大人数でつるんでいた方が楽しいじゃん?今までずっとそう信じてきて、結論今の俺に至る。

心の底では夢見てた。いつかこんな自分にも、本気になれるような女の子が現れるのだろうかと。勿論そんな"らしくない"メルヘンチックな悩み、他の奴等に言える訳がない。きっと口にした途端に笑い者扱いだ。



「ねえねえ1人?もしよかったら、みんなでお茶でもしません?」



恭しく頭を下げて。「ああ、ちなみに僕、別に怪しい奴じゃありませんよ」一応語尾にそう付け足して。第一印象は大切だからな。怖がらせてはいけない。だけど、俺の言葉に反応して振り向いた彼女の表情は――あまりにも悲しそうで。

涙でほんの少し潤んだ大きな瞳が、動揺する俺の姿を映す。目が合ってからしばらくの間、ずっと彼女から目をそらす事が出来ない。



「……え」

「ッ ……ご、ごめんなさい!」



――……て、あれ?

――もしかして泣かせたの……俺?じゃ、ないよな?



彼女を引き留めようと咄嗟に伸ばした右手は、虚しくも宙を軽く斬り、俺は口をポカンとさせたまましばらくその場に立ち尽くした。

多分……泣いてた。しかも謝られた。理由は分からねぇけど。頭の中で一瞬の出来事を思い返してみる。名前も知らない彼女の事を。



ドキッ



――……は?

――なんだよ今の『ドキッ』って!!?



「ちょっとちょっと、大丈夫ー?」

「きっと誘いを断られたから、落ち込んでるのよ」

「その割には顔、赤くないですか」

「もう、いい加減そろそろ行こうよ!ろっちー!」



口々に「ろっちー、早く早く!」と呼び掛けられ、俺――六条千景は人生初の衝撃の余韻をビリビリと身体で感じ取りつつ、マイハニー達に引きずられながら強制的にその場を後にした。

あの少女の泣き顔が忘れられなくて、脳裏に染み付いて離れなくて。チラリと振り向いてみたけれど、そこには既に彼女らしき姿はどこにも見当たらなかった。



「ねえ、ノン」

「なによ、ろっちー。ずっとこんなんだったら、もう池袋の案内なんてしてあげないんだからね」

「一目惚れって……信じる?」

「は?」

「……」

「……キヨ姉、どうしようろっちーが壊れちゃった」

「放っておけば、勝手に直るんじゃない?」

「そっか」

「え、ちょっとみんな冷たくない!?ていうか、分かったから!ちゃんと自分の足で歩くから……て、イテテテ!ちょッ、ほんと歩くって、耳引っ張るのだけはやめ……!」



――そういえば、あの子が着ていた制服。

――どこかで見た覚えがあるんだよなぁ?



ふと素朴な疑問が頭を過るが、可愛い顔して容赦なく耳を引っ張るマイハニー達を振り切れる訳もなく。



――ていうか、女の子にリードされてる俺って、

――端から見れば、かなり格好悪ぃんじゃね……?



♂♀



▼ Cry at a parting .



私は、帰って来た。

自分の世界観を変えた、あの忌々しき事件の起きた過ぎ去りし過去へと。誰よりも愛した人の為に。そして自分と向き合う為に――



「(人前で泣くなんて……かっこ悪……)」



頭ではそれを理解していても、自分の意思なんて無関係に流れ出る涙は止まる事を知らない。自分で決めた事なのに。これを望んだのは自分なのに……どうしてだろう。涙が止まらない。

会いたい。会いたい。シズちゃんに会いたい。離れてまだ間もないのに、こんなにもシズちゃんのぬくもりを求めてしまう。今まで依存してきたものが失われた喪失感。まるで麻薬だね。



――シズちゃんは、私の事忘れられたのかな……



あの後1度だけ臨也さんから電話が来た。池袋から少し離れた、埼玉県行きの新幹線ホームでの事だった。臨也さんが淡々と口にしたのは、もう実施されたであろう計画の内容。記憶を消す薬を使って、シズちゃんに全てを忘れてもらおうという、何とも大掛かりな計画だった。本当はシズちゃんにだけは忘れて欲しくなんかなかった。あの共に過ごした、輝かしい日々を。

だけど、考えてみた。何度も何度も。こうする事がシズちゃんにとって1番幸せな事なんじゃないかって。



――私の事は早く忘れて。

――私なんかといたら、シズちゃんを危険な目に遭わせてしまうから。



その反面、未だにそれを受け入れようとしない自分がいた。「どうして一緒にいられないんだろう」「こんなにも好きなのに」――そんな負の感情を圧し殺し、ただただひたすら、大好きな人の幸せを強く願った。

私はそんな臨也さんを恨みもしないし、罵るつもりもない。臨也さんは確かに言った。手段は選ばないと。



「もしシズちゃんが君を永遠に忘れてしまうような事があっても……君はそれに耐えられるのかい?」



ああ、こういう事か。他人事のようにそう思った。「悲しくない」と言ったら嘘になる。だけど私は嘘を吐いた。精一杯の見栄を張った。悲しくなんかない。シズちゃんが幸せになってくれさえすれば、私はきっと、これからも頑張れる。



「本当に、大好きでした」



都心から離れた空を仰ぐ。

こういう時って漫画なんかだと、主人公の心理描写を鮮明にするために雨が降っていたりする。現実はやっぱり違うね。だって、こんなに綺麗な青空。薄汚い私の心とは、まるで正反対。



「私は、幸せ者でした」



楽しかった時の思い出を振り返ろう。そうでもしないと、負の感情に押し潰されてしまいそうになるから。

人を愛する事が出来た。愛される喜びを知った。こんな私を愛してくれた。本当に本当に――幸せだった。



――……馬鹿だね、私。

――1番伝えなくちゃいけない事、結局シズちゃんに伝えてないね。



「……大好き、でした」



シズちゃんへの想いを言葉にした途端、今まで我慢してきたものが一気に溢れ出てきた。ボロボロと、大粒の涙が地面に小さな染みをつくる。次第に視界がボヤけ、もう、何も見えない。私に罪歌に対抗できるくらいの力があれば、何かが変わっていたのかな。今も大好きな人の隣にいられたのかな。今みたいに泣く事もなかったのかな……?悲しくて、哀しくて、思わずその場にしゃがみこんだ。

失ってから自分の気持ちに気付いた。私がどんなにシズちゃんを必要としていたか、どんなにシズちゃんを愛していたか。今や身体に残る傷痕すら愛しい。肌に爪が深く突き刺さる感覚や、痣が残るくらいに強く抱き締められた感覚さえも。



歪んでしまったのは、誰?



空はどこまでも青く澄んでいて――新しい道を歩んで行くには絶好の日和。池袋に背を向けるように、そして新たな一歩を確実に踏み出せるように。僅かに濡れた頬を、袖の裾で拭った。願わくば、これがハッピーエンドでありますように。

シズちゃんと出逢わせてくれた『池袋』という街に――最上級の愛を込めて。





This pain will continue for the time being ...



Thank you for your reading !!

Let's meet again in next chapter >>>

「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -