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あれから月日が経つにつれ周りはパタリと少女の名を口にしなくなった。あの時はあれほどしつこく「覚えていないのか」と聞いてきたというのに、俺には何をしたいのかさっぱりだ。

この頃休みのない日々が続いたが、今日は久々の休暇なので部屋の整理をしてみる事にする。元が狭い部屋なもんで、少し散らかるとすぐに足の踏み場がなくなってしまうからだ。内心かなり面倒だが、独り暮らしを続ける限り避けては通れない道だから仕方がない。しかし、開始してから約30分。早くも飽きてしまった頃。ゴロンと横になった視線の先に、綺麗にラッピングされた見覚えのない小箱が映る。



「……?なんだ、これ」



手に取ってみると意外に感じる質量感。一度は開封したらしいものの、どうやら俺が綺麗に包み直したらしい。しばらく小箱を振ったりしながら様子を見、可愛らしくラッピングされた小さなリボン端を引っ張る。

小箱に入っていたのは、細長い容器に入った1つの洒落た香水だった。どこか懐かしい香りのする、不思議な感覚が蘇る。これは……誰からもらったんだっけ?



「あ、そうそう。私からのプレゼントだけどね」



彼女はそう言うと、俺にプレゼントを手渡した。聖なる夜の、幸せな一時に。まるで子どもみたいに喜ぶ俺を見て、彼女は照れくさそうに小さく俯いた。ほんのりと頬を赤く染めながら。



「そ、香水。私、匂いに弱くてね。すぐ酔っちゃうんだ」



そんな彼女がとても愛しくて、無性に抱き締めたくなったのを今でも鮮明に覚えている。そして願った。もしクリスマスの奇跡なんてものがあるとしたら、どうか彼女と釣り合うくらいの人間になれますようにと。

ここまでは鮮明だった。だけど、どうしても彼女の事は思い出せない。また、だ。断面的な記憶は浮かんでくるのに、記憶の端々がうまく繋がらないのだ。ただここ最近そういう事は頻繁に多くあったので、特に気にはならなかった。思い出そうとしても無駄だという事を俺は知っていたから。



――なあ、あんたは一体誰なんだ?



最近こんな夢を見る。何もない真っ白な空間で、俺は表情の見えない少女と向かい合って立っている。そう問い掛けても少女は悲しそうに微笑むだけで、何1つ質問に答えてはくれない。

そこでいつも目が覚める。



――ああ、胸糞悪ぃ。

――……明日臨也の奴でもぶん殴りに行くとするか。



丁寧に香水を再び戻しテーブルの上に置いた。ぐるりと部屋の中を見渡し、掃除を始める前よりも明らかに散らかっている事に気付く。俺はそんな光景に、小さくため息を吐いた。片付けは当分終わりそうもない。

昨夜はトムさんとマックだったから、バランスを取って今夜はコンビニで買おうと思う。手短に近くのコンビニへと入り、真っ先にデザートコーナーへ。お目当ては勿論なめらかプリン。さすがにプリンだけでは物足りないので、牛乳とパンも買っておいた。早々と会計を済ませ、ビニール袋を片手に夜道を歩く。夜空には綺麗に瞬く無数の星。今夜は格別、綺麗に見える。



「(早く帰って、早く寝るか)」



今日という1日も、もうじき終わりを告げようとしている。何て事ない日常を過ごす毎日。物足りない。何かが足りない。感覚が毎日のようにそう告げる。

駄目だ。やっぱり今すぐにでも臨也を殴りに行こう。このままじゃあ、夜寝る事すらままならない。タイミングのいいところに、ノミ蟲は近くにいるようだし。





ガシャァァァァン!!



「……はは、ほんと勘弁してよね」



見事にひしゃげたコンビニのゴミ箱を横目に、俺は呆れた風にため息を吐いた。

なんでこんなに元気なのさ?まあ、忘れてしまっているのだから元気も何もないけれど。今俺の目の前で額に血管を浮かべている人物は、紛れもなく『池袋最強』の男。好戦的な目で俺を見る。いいよねぇ、これだから単細胞ってヤツはさ。



「なーんで俺の居場所が分かるかなぁ」

「うっせぇな、臭うんだよ。黙って死ね」

「その言い方やめてくれない?なんだか俺が不潔みたいじゃん」



戻ってきた日常。失われた記憶。ぽっかりと空いた空虚感。この先どんなに状況が変化しようとも、俺はきっと何1つとして変わりはしないだろう。そしてそれは多分――シズちゃんも。



「君って、昔から全ッッ然成長してないよねぇ」



――ま、その方が扱いやすいんだけど。



「ぁあ?手前もなんにも変わっちゃいねぇだろ」

「それは心外だなぁ。シズちゃんなんかと一緒にしないでくれる?」



――……いや、

――変わってしまったのは俺の方か。



「とりあえず今から殺すからよぉ、そこ動くんじゃねーぞ」

「やだなぁ、するなって言われるとしたくなるのが普通の人間の心理ってもんだよ。ま、シズちゃんには分からないだろうけどね」



そしていつもみたいに、殺し合いの喧嘩をする。手加減している気なんてさらさらないけど、きっとこの喧嘩の決着がつく事もない。

あの子のいない池袋で繰り広げられる平凡な日々。いずれ時が来るその時までは――束の間の一時を楽しむとしようか。ね?その方がもーっと楽しいじゃない?



♂♀



チャットルーム



それにしても、随分と人間らしくなったじゃないか。

……平和島静雄?ああ、確かにアレもただの化け物とは言い難い。感情が歪んでしまうのは立派な人間としての証明になるのさ。特に『愛』だとか、そういう類いのものは。だが俺の言いたい事はちょっと違う。あんたの事だよ、折原臨也。

いつもは高見の見物者のくせして、今回はやけに観察対象に近付いたじゃないか。しかも感情移入するなんて、俺はあんたを少し誤解していたようだ。訂正するよ。勿論いい意味で、さ。



折原臨也『そんな事より』



ああ、悪い悪い。ついつい話がズレてしまった。あまりにも珍しい事だったもんで、つい興奮してしまったよ。あんたがそこまで気にしているのは苗字みさきの件だろう?随分と御執心のご様子じゃないか。

分かってる。あの子をしばらく監視するとしよう。なに、俺もだんだんと興味が湧いてきたところさ。……心配になってきただって?俺はあんたみたいに、気まぐれで観察対象と関わりはしないよ。ひっそりと闇に紛れるとするさ。『情報屋』っていうのは、そういう職業なんじゃないのかい?



折原臨也『あんた、今日はやけにご機嫌なんだな』



ははは、まぁそう怒るなよ。別にあんたのやり方を否定したい訳じゃあない。ただ俺は忠告をしているだけさ。苗字みさきに近付けば近付くほど、平和島静雄がついて回る事を忘れるな。

既に残り少ないこの期間内で、あんたが何をしたいのかは敢えて聞かないが――どうせろくでもない事だろう。もしかして、あれか?最近勢力を拡大しているっていう。……ああ、そうそう『ダラーズ』だっけか。



折原臨也『あんたの情報は頼りにしているし、これからも世話になると思う』



ふぅん?いつもに増してやけに素直じゃないか。どういう風の吹き回しだ?



折原臨也『頼む立場で図太い事は言えないが、俺からは1つだけ言っておく。みさきとは、直接関わらないでくれるかな』



だから、さっき言ったばかりだろう。俺は表舞台に出たい訳じゃあない。あくまで裏方のつもりさ。何をそんなに気に掛けている?



折原臨也『いや、別に。ただ……』



――?



折原臨也『俺意外の男に、俺以上に、みさきの事を知って欲しくないんだよね』

折原臨也『例えそれが……九十九屋。あんただとしても』



……くく、くははは!何を言い出すかと思いきや、なんだ、そんな事か!安心しろ。あんたの大事なみさきちゃんについての情報は包み隠さず全て提供しよう。

だが、ついでに1つだけ言わせてくれ。あんたは平和島静雄を色々と言っているようだが――俺から言わせてもらえば、結局は似た者同士なんだな、あんたら。



折原臨也『……』



だから嫌な顔をするなって。自分で気付いていないのかい?いや、薄々と気付いているはずだぜ?あんたも結局、歪んでしまっているのさ。苗字みさきへの強すぎる愛によって、な。

全人類を誰よりも愛しているはずのあんたが、たった1人の少女相手に別の愛情を抱いているんだぜ?楽しいねぇ、あんたもつくづく見ていて飽きない奴だ。なぁ、知っているかい?『輪廻』という言葉を。あんたは無神論者だから、どうせ馬鹿にするんだろうがな。

輪廻の世界ってのは苦しみの世界であり、迷いの世界でもある。俺らはこの迷いの世界をグルグルと永遠に廻り続けているのさ。古代インドで考えられた仏教の一種の考え方なんだが、俺は結構気に入っている。



折原臨也『俺もそのくらいは知ってるさ。信じちゃいないけどね』

折原臨也『この迷いの世界の輪から抜け出す事ができれば、初めて救われるってヤツだろ?』



その通りだ。俺は今のあんたや平和島静雄が、その世界を廻っているように見えて堪らない。難しい事は一切抜きにしてさ。勿論その中心には苗字みさきがいてこその話だ。

どちらか先に抜け出せた方だけが救われる。どちらも救われるなんて甘いハッピーエンドは、どの脚本にも書かれていないだろうよ。仮に辿り着いた場所が『天界』だったとしても、いつしか終わりは来るもんだ。

いや、もしかしたらこの輪廻の世界で1番苦しんでいるのは苗字みさき自身かもしれないな。果たして彼女の『梵我一如』は達成されるのか――俺は傍観者として楽しませてもらうとしよう。



これは、歪んだ物語。



ま、せいぜい頑張んな。
1人で余裕かましてると、平和島静雄に大事なみさきちゃんを持ってかれるぜ?



歪んだ恋の、物語。

歪んだ彼らが歪に織り成す、歪んだ愛の物語――





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