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カラーギャングとやらが大きな騒動を起こす事はほとんど無くなったが、それでも都心部の裏では何やらきな臭い奴らでいっぱいだ。喧嘩をしている間だけは余計な事を考えずに済んだ。だけど後に残るのは虚しさだけ。早く帰って、みさきを抱き締めたい。それだけが俺の唯一の癒しだった。そういえば、と、帰り道でふと気付く。特にきっかけがあった訳ではない。ただ、本当にふとした瞬間に思った。最近のみさきの胸元が寂しいという事。つまり、あのネックレスを付けているところを見なくなったという事に――

ただいまも言わずに家へ入り、そこでようやくバーテン服を脱げる。気だるく面倒でもあったので、ベストだけ脱いで着替えずに白シャツを着たままみさきのいる部屋へと向かった。時刻は深夜の2時。みさきはやはり眠っていた。その首元へと唇を寄せ、歯を立てる。初めは甘噛み程度の刺激を、次第に強く強く。



「……ん、ぁ」



無意識にくぐもった声を出しているのか、本人は全く起きる様子を見せない。チラリと胸元を見る。やはりネックレスは付けていない。……いや、寝ている時に付けているはずがないだろうと必死に言い聞かせる。

急に不安になったのだ。みさきの心が俺から離れているのではないか、と。



「だせぇ、俺」



物凄く、焦ってる。みさきと出会うまではこんなに女々しくなんかなかったのに。自分でもホント意味分かんねぇ。みさきがいなくなってしまったら……なんてそんなの想像したくない。

昨日だって口にしなかっただけで、本当は堪らなく怖かったんだ。そんな自分が情けなくて。噛みグセが直らないのもきっと、独占欲の表れなのだと思った。



「ふ、……ぁ」



みさきを想う度に行動がエスカレートしていき、だんだんと歯止めが効かなくなっていく。新羅にあれほど「安静にさせろ」って念を押されたというのに。



――……まじあり得ねぇ。

――こんな時でも興奮するとか。



気持ちとは裏腹に身体は正直だ。情けない話、声だけでムラムラしてしまった。

以前までの俺なら必死に理性を働かせて性欲を押し殺していただろうが、今は到底できそうにない。布団を剥ぎ取り、みさきの上に覆い被さる。顔を近づけ、間近でみさきの寝顔を見た。



――やべぇ、もう無理。



キスして、抱き締めて、繋がって――ようやくみさきとの繋がりを実感出来る気がした。みさきと出会うまでは、むしろ他人との距離を自ら置いていた。それなのに今は、いつでもみさきのぬくもりを求めている。

自分がこんなに寂しがり屋だったなんて、とっくの昔に忘れてた。考えてみれば俺はずっと探していた。他人との関係や、繋がりを。



「やっと見つけた繋がりなんだ。……そう簡単に手離してたまるかよ」



きっとみさきの代わりなんて存在しない。例えみさきが俺を必要としていなくても、俺は絶対に手離さない。そうでもしないと――みさきのいない虚無感に頭が狂ってしまいそうだから。



――ああ、そうか。

――俺は自分が怖いんだ。





「いい加減起きろっての」



みさきの頬をそっと撫でてみた。それでも起きる気配を見せない。きっと寝ている間に何かあっても目覚まさないんじゃねぇか、こいつ。ニブいにも程がある。

俺はこんなに意識していて夜もまともに眠れないってのに、みさきはこんなにも無防備に寝ていやがる。いつまでもそんなんだと、そのうち本当に夜這いしちまうからな、なんて。



「(起きない、よな?)」



再度要確認。異常ナシ。俺今絶対ぇ息荒い。発情期の犬かっての。みさきの足と足の間に身体を割り込ませるようにして覆い被さる。

ほんの少しはだけた部屋着の隙間から右手を探らせると、すぐにフニャリとした柔らかい感覚を感じた。



「(……下着、付けてねぇし)」



そんな変態じみた事を考えつつ、再び白い喉元にかぶり付く。痕が常に消えぬよう。誰が見ても「俺のもの」だと分かるくらいに必要以上の数をつけた。『おれの。くうな』――例えばこんな風にマジックペンで名前が書けたりなんかすれば、誰のものなのかが一目瞭然なのに。ちなみに俺はガキの頃からこの方法で食べ物をキープし続けてきた。時に失敗する事も度々あったりしたのだが、今となってはいい思い出だ。

だけどみさきは、1個100円代で買えるような、そこらのコンビニで売っているプリンとは訳が違う。



「……ん」



わざと唾液を多く含ませて水音を響かせながらねっとりと舐め上げた。首筋や耳たぶ鎖骨まで、至る部位に熱い舌を這わせていく。丹念にそこを舐め続けてから、勢いよく歯を立てた。口内に広がる鉄の味。それを舌先で味わいつつも更に力を加えていく。そして綺麗に歯形が残った頃、やっとの事で離すんだ。満足げに痕を指先でなぞり、もう片方の手で服の中を弄ぶ。

無意識のうちに下唇をキュッと噛み、みさきがゆっくりとその瞼を開いた。



「ふ、ぁ……?な、なにして……」

「……(やべ、起きた)」

「シ、ズちゃ…――!?」



突起に指先が当たったのを機にビクリと身体が痙攣する。いまいち状況が理解出来ないらしい。寝起きだから仕方ない。もしくは夢を見ているとでも思っているのか――いや、俺がただ都合のいい具合に勘違いしているだけなのだろうか。

潤んだ瞳で俺を見つめるみさきの姿が愛しくて、つい感情に火が点いてしまう。



「や、だ……ッ、まだ眠い……から……」

「の割には、随分と身体は敏感なんじゃねーの?」

「……ッ」



俺の胸板をグイグイと押し返しながら反論するみさき。だけど唇を塞いでしまえば、すぐにでも顔を真っ赤に染めて黙り込んでしまう。そんな扱いにも慣れてきた。結局のところ、俺はみさきの事が大好きなんだ。みさきとこうしているだけで嫌な事が全て忘れられる。昨日の出来事でさえも。

しかし、いざ唇を寄せたところでみさきはハッとしてそっぽを向いてしまう。みさきなりに昨日の事を申し訳ないと思っているのだろう。突然昨日の光景がフラッシュバックされる。頭の中に鮮明と。思わず小さく舌打ちした。悔しい。あんな奴に、ノミ蟲ごときに、



「へぇ、罪悪感はあるのか。……許して欲しいんだよなぁ?昨日の事」



なに言ってんだよ、違うだろ俺。本当は感謝すべきなんだ。昨日みさきは俺を庇って大怪我をしたというのに。それなのに俺は、やはりそれさえも"許せない"。

他人の傷を残したみさきの身体が憎い。恨むべき相手が間違っているんじゃないかとか、そんなのとっくに理解しているのに。



「じゃあ、今夜は何されても、文句はねぇよなぁ?」



素直になれない自分が嫌だ。



「な……、なんでそんな事……」



心がカラカラに渇ききっているんだ。人間が本能的に水や食べ物を求めるように、俺はみさきの事を――



「……なくしたのか」

「!」

「はは、すぐ顔に出てるっての」



言葉の『何を』に当たる部分を俺は言っていない訳だが、それでもみさきには何の事か伝わっているようだ。まるで隠し事がバレた時のような、そんな反応。子ども並に分かりやすい。

首元をなぞりながらそう言うと、みさきは気まずそうに視線をそらした。



「ご、ごめん……ずっと探してるんだけど……なかなか言いづらくて……その」

「お前なぁ……すぐに言えよ」

「だって……あんなに高いものなくすなんて……」



あ、泣きそう。

みさきが申し訳なさそうに俯く。目尻の辺りをペロリと舐めた。しょっぺぇ。相変わらず泣き虫な奴。



「ま、なくしたものを今更どうこう言うつもりはねぇけどよ」

「?  ……ッ!?」



みさきの片足を持ち上げて内太股に唇を這わせた。

やっぱり『モノ』では駄目だ。ずっとずっと、残る印をつけなければ。以前見た、俺以外の男のつけた痕はほんのりと赤く色付いたまま残っていた。すげぇムカつく。が、今更男の名を問い質すつもりはない。今みさきが俺だけを見ていれば、今はそれだけで十分。



「……ッ」



足を更にくの字に曲げさせると、みさきが小さく悲鳴をあげた。膝が腹部の傷に触れたらしい。未だに治っていないそこは尚、包帯をぐるぐるに巻き付けたまま。……憎くき臨也の痕に。

時間を掛けて太股をチロチロと舌先で堪能する。次第に、もどかしい快感に身を悶えさせ始めるみさき。足の付け根あたりの際どい部位まで一気に舌を滑らせてから、首筋にいつもする様に勢いよく"噛みついた"。



「本当はアンタが他の男と会えないように、鎖でも何でも使って縛り付けておきたかったけど……それじゃあ、あまりにも可哀想だろ?だから……ほら、これで他の男がみさきに変な事シそうになっても、俺のモノだって気付くだろ……?」



痛みに歪んだみさきの顔が次第に痛みへの恐怖に色を変える。「もうヤメテ」と目が訴える。みさきは大きな勘違いをしているんだ。俺はみさきが本気で「嫌だ」と感じる事は絶対にしない。



「……も、やめてよ……私は別に好きでやった訳じゃあ……」

「へぇ?……やめて言っている割には、すげぇココ濡れてるけど……?」

「ッ!」

「本当は、痛いのが気持ちイイんじゃねぇの?」



――……ほら、

――本当は気持ち良くて気持ち良くて、堪らないくせに。



俺は知っていた。みさきの身体に噛みついたり、爪を立てたりする度に、舐めたり吸ったり愛撫するよりも敏感に反応する事を。

下着が愛液で湿っているのを確認する。普段からみさきは可愛いけれど、こういう時のみさきは最高に可愛くて、ついいじめたくなってしまう。「俺にこんな趣味があったとは」と自嘲気味に小さく笑った。





挿れたり出したりの単純な行為をひたすら繰り返しながら、身体の至るところに歯を立てる。それこそまるで、飢えた獣のように。妙に必死になっている自分があまりにも滑稽で、それでも本能には抗えない。



「……ひぅ…ッ、ぁ」



みさきがイキそうになる度に、わざと腰の速度を落とす。物足りないとでも言いたげな瞳で俺を見つめてくるみさき。結局は誰しも、気持ちイイのが大好きなのに決まっている。それが人間の生まれついた本能なのだから仕方がない。

みさきの唇に触れる。正直、あのノミ蟲野郎となんかの間接キスだと思えば吐き気がする。俺は1度嫉妬しちまうと、どうやらかなりしつこいらしい。典型的な根に持つタイプだ。それでもみさきを手離せない――いや、手離したくない。



「みさきが俺を選んでくれるのなら、……許す」



一旦腰の動きを完全に止めみさきの瞳を見つめながら言う。



「ふ……ぁ、?」

「いや、あんな事しょっちゅうあったら困るんだけど……だから、」



それでも尚何か言いたげなみさきの顔をガシッと両手で固定して、唇に今度こそキス――というよりは、まるで犬が傷跡を消毒するように舌でベロリと舐め上げた。口を無理矢理こじ開けて口内全てを犯すように。

俺の肩を必死に掴んでいたみさきの両手が、次第にズルリと肩から落ちる。



「今のが、消毒。アイツとの事は、虫に刺されたとでも思って早く忘れろ」



いつか――昨日の出来事も時間と共に風化してゆくのだろうか。「これもいい思い出だった」と懐かしめる日が来たらいい。

ふと思う。みさきが過去を振り返る時、その隣に俺はいるのだろうか。こんなに近くにいて、形だけでも繋がっているというのに、それでもこんなに不安になるのはどうしてなのだろう。



「……もう二度と、俺以外の男とあんな事すんな」



切実なるその言葉は、今もみさきの耳に届いているのだろうか?

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