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※裏

冒頭81話の続き





ずっとずっと色々な事を考えていた。その割に頭の中は真っ白だった。ただひたすらにみさきを揺さぶり続けて、みさきの声をぼんやりと耳にして。汗がゆっくりと頬を流れ落ち、ベッドのシーツに染み込んだ。

ただ確実に満たされる事などない。この空虚な何かを埋める事が出来なくて、そもそもそれが何なのかも分からなくて。目の前にいるのは、声を我慢する事すら忘れて快楽を必死に受け止めている可愛いみさきの姿。みさきの白い肌に『赤』は恐ろしく映えて見えた。



「あ、……ンぁ」

「……はあ」



どちらのものかも分からない、熱い吐息。あれから何度イッただろう。気付いたらみさきの身体は白濁した液にまみれていて、至る所に新たな傷が出来ていた。

そんなみさきの姿に興奮を覚え、その度に俺の自身は大きく脈打ち衰える事を知らない。もう散々犯しまくったというのに何度ヤッても満足出来ず。みさきは声を出し過ぎたのか、元々少なかった口数も今は皆無。




「なぁ……、やっと、言う気に、なったか?」



腰を動かしつつ途切れ途切れに言葉を紡ぐも、みさきは相変わらず苦しそうに首を横にフルフルと振る。その首に、今あのネックレスは付いていない。



「……はは、意外に強情なんだな。そういうのは嫌いじゃないが……その一点に関しては、俺も負けられねぇ……ッな!」

「ひぁッ……!」



より一層強く腰を打ち付けるとみさきは何度目かの絶頂を迎えビクンと大きく跳ねた。それからほんの少し身を捩らせ虚ろな目で浅い呼吸を繰り返す。みさきの白い首筋がふいに視界に入り、堪らなくなった俺は思い切りそこに噛み付いてやった。消えない俺の証を。

そういえば、一体今は何時なのだろう。この部屋は外の世界の時間帯も関係なしに常に薄暗く、明かりもない。ただ1つ、ベッド脇の電灯周辺を除いては。部屋を再度ぐるりと見渡しやはり時計がない事を確認する。その時ベッド脇に設けられた電話の呼び出し音が部屋に響き渡り――それを機にハッと我に返った俺は、みさきの中に自身を挿入したままの状態で腕だけ伸ばして受話器を取った。



「……はい」

『お客様。もう既に2時間は経過しておりますが……延長なさいますか?』

「ああ……いや、いいっす。すいません」



なんだこのサービス。カラオケかっての。そんな事を思いながら俺は受話器を元の位置に戻した。クチャクチャと音を立てて名残惜しくも自身を引き抜き、自分の身支度を整える。そこでようやくみさきの腕が拘束されたままだった事を思い出し、ベルトできつく縛られたその両腕をようやく解放してやった。手首の赤く腫れた痕は、時間を経て既に赤黒い痣になっていた。解放されても尚ぐったりとしたままのみさきの身なりを、とりあえず外に出れる程度に整える。ブラウスのボタンが外れてしまって前を隠せそうにはないが、俺が背負って行けば問題ないだろう。この様子じゃあみさきが自力で家まで歩いて行けそうもないし、何より他の男にこんな姿を見られては堪ったもんじゃない。みさきの身体が以前よりも軽く感じたのは、俺の腕の錯覚だろうか。外に出たのは3時だった。今まで薄暗い部屋にいたせいか太陽が眩しく感じる。相変わらず人通りが多い。出来るだけ知り合いと出会わないように、裏道を通って帰った。

俺はみさきを許してはいない。だからみさきが2度と勝手な事が出来ぬように縛り付ける事にした。閉じ込めて出来る事なら誰の目にも触れさせたくない。そう思い始めたのも、ここ最近の事ではなかったはずだ。今思えば、俺は今よりもずっと前から歪んでいた。これは誰のせいでもねぇ。俺自身の問題だ。「いつから俺は歪んでしまったのだろう」なんて――見つかりもしない答え探しは、もう飽きた。終わりにしよう。



「お前はどうせ、口で言ったって分かんねーだろ」



――なら、行動しかない。



「俺はお前を信用できないし、だからといって手離したくもない」

「……」

「俺のワガママなんだってのは十分分かってる。……けどよ、他にもう方法はねぇんだ」



家に着くなりみさきの身体を強く引き寄せて、そっと唇にキスをした。何度か唇を交わせてから、次第に荒々しく噛み付くような濃厚なキスへと変わってゆく。

明日からみさきには学校を休ませるつもりだ。しばらくは家の外に出さない。出来る事なら、これからもずっと。みさきに嫌われる覚悟はとうに出来ている。それでも自分の気持ちを何よりも優先する事に決めた。



「シズちゃん」



久々に、まともなみさきの声を聞いたような気がした。潤んだ瞳で俺を見る。火照ったような頬が赤い。



「……ごめんなさい」

「……」

「ごめんなさい……ごめんなさい……」



どうせ謝るくらいなら、こんな事初めからして欲しくなかった。罪悪感が込み上げてきて、危うくみさきの事を許してしまいそうになる。甘い感情をグッと堪えて、強く唇を噛み締めた。

俺がどんなに酷い事をしても、それでも俺の名前を呼んでくれるみさきに複雑な感情を抱いたまま。もう後戻りは出来ない地点に自分がいる事を実感し、そんな自分を最低な奴だと卑下すると同時に、これしか方法はないのだと必死に言い聞かせている自分がいた。



♂♀



次の日 池袋某所


気分は悪いが仕事を休んでトムさんに迷惑を掛ける訳にはいかない。ダルい気持ちを押し殺し、みさきを家に置いたまま俺は仕事先の事務所で今日の取り立て先の位置確認をしていた。しかし、急に背後から掛けられた聞き慣れない声に驚き思わずぐしゃり、と片手で地図を握り潰してしまう。



「おはよう、平和島君」

「し、社長!?……ど、どうもっす」

「そうそう、田中君は今日休業日だから。今日は1人で頼むよ」

「はぁ」



――ああ、そういえば。



確かにそんな事以前に言っていたような気がするなあ、なんて事を思い出しながら社長に軽く相槌を打つ。

クシャクシャになった地図のシワを必死に伸ばし、再び視線を戻した。今日の取り立て先は少ないから1人でも難なくこなす事が出来るだろう。もっともストッパー役のトムさんがいないのだから不安がないと言えば勿論嘘になる。仕事の流れにはもう既に慣れていたし、その部分に関しては何の差し支えもないのだが。



「……今日は新宿寄りか」



――……新宿。

――"アイツ"のいる……



新宿と聞いて嫌でも頭を過るのが、あの忌々しい臨也の姿。いつもなら真っ先に怒りが込み上げてくるはずが今日はいつもと少し違った。確かにイライラはする。するのだが、とんでもなく重要な事に気付く。みさきと臨也の間には何らかの繋がりがあると俺は見ている。それは臨也の言動からも取れるし、以前に何度かみさきから臨也の野郎の臭いを感じている。それが一体どんな関係なのかは知らないが、少なくとも俺の知らない所で臨也がコソコソとみさきと絡んでいる事実には変わりない。

胸ポケットを探り、ライターと煙草の箱を取り出すと火を点けた煙草を口にくわえる。やはり煙草は到底やめられそうにない。1度してしまったら癖になる。何に関してもみんな同じだ。



「……ふぅ、」



思いきり煙草の煙を吸って、右手の人差し指と中指をチョキにした形で煙草を挟み口から離す。スゥ、と煙が空中を漂う様子をただぼんやりと眺めながら。一服した後、煙草を灰皿にぐしゃぐしゃと擦り付けて火を消し、完全に火が消えた事を確認してから持参の灰皿ケースの中に捨てた。

今日池袋の街中では、映画の撮影が行われているらしい。そのせいか普段よりも増して人通りが多い気がする。たくさんの人間とすれ違い、ふと目が合っては逸らされて。時には逆に、まじまじと見つめられたり。少し人の流れに乗った先を歩くと、そこは撮影現場だった。『主演:羽島幽平』と書かれたポスターが視界に入り、思わずその場を覗き込んでしまう。俺がいたって迷惑になるだけだろうけど、弟の姿を一目だけでも見ておきたかった。



――連絡しようとは思っていたものの、色々あって結局連絡取れてねぇな。

――……なんか俺、全然兄貴らしい事出来てねぇな。



「ここで一旦休憩でーす!」



途端にあちこちから聞こえてくる幽の名前。つっても芸名のようなものだが。相変わらず幽は無表情のままファン達に手を振っている。あいつは俺と違って、昔から感情を表には出さない奴だった。もしかしたら俺の影響なのかもしれないと責任を感じた時期もあったが、幽は「そんな事はない」と、笑わずに言っていたのをふと思い出した。

そして幽との守れなかった約束の件を思い出し――その場を逃げるように後にした。今の俺に、幽と会う資格はない。身を翻した直後幽の視線を背中に感じたような気がして、俺は敢えて振り向く事はしなかった。



――……あーあ、

――兄貴失格だな、俺。



「見ていかねぇのか?」



ふいに掛けられた声に足の歩みを止める。見なくとも声だけで、その人物が門田だという事に気が付いた。



「……よぉ。今日はいつもの取り巻きはいねぇのか」

「ああ、遊馬崎と狩沢の事か?あいつらならそこの店ではしゃいでる」

「相変わらず面倒見のいい奴だな」

「別にそんなんじゃねぇよ。そんな事より……ほら、羽島幽平」

「……」

「弟じゃねぇか」



会わなくてもいいのか、とでも言いたいのか。しかし戻る気は起きない。前を向いたまま微動だにせずその場でしばらく立ち尽くす。



「なあ、門田」

「あ?」

「……悪ぃ、やっぱなんでもねぇわ」

「愚痴なら聞くぜ」

「いや、いいんだ」



言い掛けた言葉を飲み込む。行き当たりばったりで物事を人に相談したとして、何1つ解決など出来る訳がないだろうと思っていた。

門田もしばらく腕を組んだまま俺の背中をじっと見つめていたけれど、やがて溜め息混じりに言葉を紡ぐ。



「無理だけはすんじゃねーぞ」

「……別に、そんなん」

「お前は普段から発散してそうで、どっちかっつーと1人で溜め込むような奴だったし。そういう奴程、人を心配させやすいんだよ」



「みさき……つったか?あの子を、あまり心配させんなよ」



――……みさき……



「……ありがとな、門田」

「俺は別に何もしてねぇぞ」

「いや、少しでも話聞いてもらえただけで嬉しかったからよ」



弱々しく微笑んで、再び歩き出した。これから新宿に向かわなくては。仕事の為にも自分の為にも。門田は特に何も問わず、ただ「おぉ、じゃあな」と言って軽く右手を挙げた。

みさきにありのままを伝える事が出来たなら、どんなに楽な事か。こんな不器用な愛し方しか出来ないのかと自身を嘲笑う。それでもここまできてしまった以上は、それを突き通すまで。



「ほんと、ガキみてぇだな、俺」



そう声に出して、自虐的にワラッタ。考え過ぎて頭の中はごちゃごちゃで、気がおかしくなりそうだ。

いつまでも子供なのは自分だけで、周りはそんな俺を差し置いてどんどん大人になってゆく。時間の流れに乗れない不安。柄にもなくほんの少し焦っていた。

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