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※裏
バイブ/手錠
新宿某所
「……みさき?」
どこからかみさきの声が聞こえたような気がして、思わずみさきの名前を口にした。そんなはずはないと首を振る。あんな傷だらけのボロボロの身体で1人でここまで来られる訳がない。
せっかく新宿まではるばるやって来たと言うのに、臨也の気配は全く感じられなかった。あいつのいそうな場所を隅々からくまなく捜してみたつもりだが、それらしき人物は見当たらない。仮に変装していたとしても臭いで分かるだろうに。
――まさか、池袋に!?
――だとしたら、みさきが危ないんじゃ……
あんな事があっても尚、みさきを守ろうとしている自分がいる。そんな自分を嘲笑しつつも俺は空を静かに仰いだ。心も空も、この間から全く晴れやしない。
丁度その時だった。着信を報せる携帯のバイブレーションが鳴り響いたのは。携帯画面に表示された幼なじみの名前を確認してから通話ボタンを押す。電話の相手は新羅だった。あいつからの電話なんて珍しい。
『ああ、よかったよ静雄!君が電話に出てくれなかったらどうしようかと……』
「?なんかあったのか?」
『うーん……まずは何から説明すべきだろう。話の途中で突然怒ったりしないって約束できるかい?』
「場合による」
『うわぁ、どうしよう。やっぱりこの電話はなかった事にしてもいい?』
本気で通話を切ろうとした新羅を何とか思い止まらせ、俺は衝撃の事実を耳にする。みさきが姿を消してしまった事。恐らく1人で勝手に出て行ったのだろう。
新羅が「あの傷だらけの身体で、本当なら動くのも辛いだろうに」と呟いた。まるで責められているような気持ちになり、そのまま一方的に通話を切ると携帯を無造作にポケットへとしまう。嫌な汗が背筋を流れる。嫌な予感がした。
♂♀
同時刻 池袋某所
高層マンション最上階
「あれ、もうこんな時間か。シズちゃんが心配するんじゃない?」
暗くなった外を見、わざとらしく少女にそう問い掛ける。今の彼女が動く事さえ出来ぬという事を知っていた上で。俺は再びパソコンに目を向け、引き続き仕事へと取り掛かる。
狙った獲物にありつけると分かった途端、すぐに飛び付いちゃあ品がない。もっと余裕を持たなくちゃ。時間はまだまだたっぷりとあるのだから。彼女が自力でこの部屋から出る事など有りもしない事なのだし。
「……だッたらコレ、外してくださ……ひァッ!?」
「あはは、ざーんねん。俺が飽きるまでは止めないよ?少なくとも今夜は、ね」
手元のリモコンを押してやると、みさきのやらしい声が一段と高くあがった。先程よりも振動の激しくなったバイブ音。ベッドの柱とみさきの両腕にしっかりと繋がれた手錠の鎖がジャラジャラと鳴る。
「でも、ごめんね?早く楽にしてあげたいんだけれど仕事がまだ残っているんだ。だから……もうちょっと1人で楽しんでて?」
「ぁ…、も……やだ……」
長い長い時間をかけて焦らした甲斐あって、みさきの心は既に折れかかっていた。理性が何とか本能を食い止めてはいるもののイかない程度の微弱な振動を敢えて与え続け、みさきの身体はより敏感になっている。
目隠しに隠されたみさきのよがっている表情を想像しただけで、何だかゾクゾクとした感覚が身体中を駆け巡った。思わず口元が緩んでしまう。みさきが自分の行動に翻弄されているというだけで、楽しくて愉しくて仕方がないのだ。
「しょうがないなあ」
ガタッと音をたてて椅子から立ち上がると、その音に過剰に反応したみさきが傷だらけの身体を小さく震わす。怖がられているというのに、そんな状況にさえ興奮を覚える。
みさきの白い肌に刻み込まれたこの痕が、あいつの所有物の印なのだと思う度にムクムクと芽生える嫉妬の感情。あまりにも腹立たしいもんで傷のある部分の上から俺も赤い跡を残してやった。目に映る場所全部。
「そんな反応されちゃあ、まるで俺がその傷を負わせた張本人みたいじゃない」
「ふ、……ンぁ、」
「ど?物足りなくなってきちゃった?」
耳元にそう囁きながら、挿入したバイブを更に奥まで挿れてやる。相当イイところを突いたのか、みさきの足の親指がピンと立った。
「!! ッあ、」
「どーせ、シズちゃんとだってヤッたんでしょ?」
「ぁ……違……ッん!」
――違う?
――なにが違うもんか。
初めは傷にばかり目を取られて気付かなかったけれど、内太股の赤い印や鎖骨の噛みつき痕――それこそ際どい場所に残された痕そのものがシズちゃんとの関係を示す証拠じゃないか。
いずれも最近できたもので恐らく……昨日できたばかりの新しいもの。油断してた。安心しきっていた。俺がちょっとでも目を離した隙に"これ"だ。あの時みさきを引き止めていればよかった、なんて。後の祭り。
「みさきちゃん、嘘は良くないなあ。俺は嘘を吐くような悪い子に優しくしてやれる自信はないよ?」
「……ッ」
「ま、どうせ確かめれば分かる話だけど」
未だに機械的な振動を続けるバイブは挿入れたまま、更に秘部を押し広げるようにして指を挿れる。途端に愛液がトロトロと溢れ出て、俺の指をたっぷりと濡らした。ぐちゃぐちゃと繰り返される卑劣な音。
声に出さずに笑う。人間ってのは本当に面白い。気持ちとは裏腹に身体はこうも素直に感じてしまうのだから。両手の自由や視界さえも奪われ、無理矢理犯されそうになって、本当は俺が憎くて堪らないだろうに。それなのに、彼女は俺に罵倒を浴びせるどころか、今この瞬間を耐えているように見える。何を犠牲にしようとも真実を知りたいと願う所は俺に少し似ているかもしれない。俺も情報屋を営む上で様々なものを犠牲にしてきたから。それは時に家族だったり、友達すら。
「は……ぁッ!!」
「……ここがイイの?」
「そ、こ……や…ァ!」
一際みさきが敏感に反応した部分にバイブを更に擦り付ける。フルフルと痙攣し、必死に俺の服の裾にしがみついてくるみさき。その必死すぎる行動があまりにも愛らしくて、可愛くて。
それは視界を遮られているからであって、もしかしたら本人は布団にしがみついているつもりなのだろうけれど。それでも抵抗されない事にどこか安心してしまう自分がいた。なんだ、コレ。こんなの全然俺らしくなんかないじゃないか。
「……みさきちゃんさ、仮にシズちゃんとヤッてたとしても……"こっち"はまだだよね?」
「ふ、ぁ……?」
困惑したみさきの顔が目に浮かぶ。ゾクゾクとした感覚を圧し殺しつつ、俺はみさきをベッドに俯けに寝かせてやった。バイブは秘部の奥へと挿れたまま、ぐるりと身体を反転させる。
「痛ッ……!」
「ああ、ごめん。手錠、痛かったかな?でも大丈夫。もうじき痛みも忘れるくらいに気持ちよくなれるから」
「? な、にして……」
「すぐに分かるよ」
背筋に沿って丁寧に舌を這わせ、ほんの少しみさきの腰を浮かせると、そのままアナルへと舌を挿れた。その唐突な感触から逃れようと反射的にみさきの腰が僅かに動くが、簡単に逃げられぬよう両手で固定する。
慣れない感覚に戸惑いつつもベッドのシーツを両手でギュッと握り締めるように掴んでいる。やがてその感触は快感へと変換され、枕に顔を埋めて必死に声を押し殺していた。
「んンッ! ……臨也さ、なに、して……」
「"こっち"は、まだ未体験だよね?」
「! そんな、トコ……き、汚いから……!」
「汚くなんかないよ?それに……ココもちゃんと慣らしておかないと、後で辛いのはみさきちゃんだよ?」
ようやく状況を察したのかみさきが嫌々と首を振る。
「ヤ…やだ!臨也さ……ホント、身体、変……ッ」
「感じてくれてるの?嬉しいなあ!……でもさ、俺も男だよ?よがってるみさきちゃんを見てたらさ、興奮してきちゃった」
「ッ」
「大丈夫。こんなに濡れてるんだから、痛くないよ」
今にも限界を迎えそうな自身をみさきのアナルに宛がうと、ヒア、と大きく息を呑む音が聞こえてきた。
「ぁ……、臨也さん待……ッ!」
静止の声もお構い無しに俺はみさきの腰をより強く掴むと、そのまま無理矢理挿入した。衝動と同時にみさきの背中が大きく反り返る。キツくて熱いソコがあまりにも気持ち良くて早くも達してしまいそうになる。
荒い呼吸を繰り返すみさきの身体を背後から抱き締めて、そのまま腰を動かすとグチャリと接合部分から擦れ合う水音が響き渡った。
「は、……熱ッ」
「いッ……ざや、さん、痛……ぃ」
「……ごめん。動くよ」
「! ふ、あ……ッ!」
それからは自分の欲望のままに腰を動かして、みさきの上半身の体勢が快感に耐えきれずに崩れても尚、腰を俺の方へ突き出す形だけは保つ。ナカでバイブが震え続けている感覚が自身を通じて感じられた。
熱を吐き出すように深呼吸を1つ吐く。ほんの少し緩んだ目隠しの結び目をほどいてやると、今まで見る事の出来なかったみさきの表情が露になった。
――どんな顔をしているのだろう。
――俺の顔を見たら、酷く憎悪に満ちた表情をするのだろうか。
――……それもそれで、いいかもしれない。
「みさきちゃん。こっち向いて……?」
そこで俺が目にしたものは――今までに見た事もない、みさきの艶かしくも可愛らしく喘ぐ姿。
いつもと違うそんな姿にドクン、と心臓が大きく高鳴った。同時に自身が膨張するのが分かる。こんな色っぽい顔、今まで見た事がない。あいつはこんなみさきを知っていたのか?俺よりも先に……あいつが?
――ああ、やっぱり君の事は許せそうにないよ。シズちゃん。
――やっぱり君には勿体無いなあ。この子は。
「臨、也さ……んン!?」
ほんの少しチラリとこちらを向いたみさきの顔を引き寄せて、その唇にキスをした。そうせずにはいられなかった。いつもの俺ならこんな、まるで恋人同士が交わすような、馬鹿げた行動はしないだろうに。みさきの喘ぎ声すらも吸い上げてしまうくらいに長い長いキスをして、腰をより激しく動かして。みさきの目尻に浮かんだ涙の意味を知っていても、それでも、こんな愛し方しかできない自分を嘲笑う――
情事後、みさきはしばらく横になったまま黙り込んでいた。少なくとも2、3度はイッただろう。そのせいか、力尽きた様にぐったりとしている。ここで大丈夫かと気遣ってやるのが恋人。だけど俺達は違う。ただの取引。ただの取引相手。普段の性欲を解消する為に試しにこの子を使ってみようか。初めはそのくらい軽い気持ちだった。それなのに今の俺は――ホント、情けない話。1人の人間にこうも感情移入するなんて。だから、俺は、
「今までの件はチャラにするし、情報は約束通り渡すけれど……この事をシズちゃんにバラされたくなかったら、またよろしくね?みさきちゃん。性欲処理も立派な君の仕事だろう?」
表面上だけは演じさせて欲しい。ひたすら酷くて、鬼畜な人間を。
そうでもしないと俺は、全ての人間へと均等に向けるはずだった愛をみさきだけに注いでしまいそうだから。もしそうなってしまったら俺の長年の目的が簡単に覆されてしまう気がした。