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2度目の絶頂は、ほぼ2人同時だった。腰の動きを止めたシズちゃんが私を抱き締めた体勢のまま、肩を大きく上下させて乱れた呼吸を整える。私の肩に顔を埋めたまま。息遣いが荒い。



「……はぁ、」



熱のこもった溜め息を1つ吐き、そのままベッドへと倒れ込んだ。腕の力は緩めてくれなかったので、私も隣で身体を沈める。ドサリ、と2人分の倒れる音が無音の部屋に響き渡った。



「(……シちゃったんだ)」



――シズちゃん、と。



ほんの少し視線を上げてみる。ふいにお互いの視線がバチリと合う。なんだか物凄く照れ臭くって、ついさっきまでの事を考えるとまともに相手の顔を見れない。しばらく無言のままでいると、先に口を開いたのはシズちゃんの方だった。



「あー…、その、悪ぃ」

「どうして?」

「どうしてって……」



シズちゃんがあらぬ方向へと視線をズラしながら、困ったようにポリポリと頬を掻く。何を考えていたのか急に顔が真っ赤に染まる。



「なんか、加減してやれなくて……俺も余裕なかったから」

「! ……う、うん。大丈夫……」



あんなに余裕のない強気なシズちゃんを見たのは、これが初めてだったかもしれない。普段は、いかにも草食系な顔しといて。なんなんだこのギャップは。



「でも、みさきからキスしてくれたのは、凄ぇ嬉しかった……」

「……! あッ、あれは!その……むぅ!?」



あの時は自分も欲情してしまっていた訳で。何とか言い訳してみようと試みたものの、すぐに口で塞がれてしまった。舌と舌とが絡み合う感触に身体中の鳥肌が立つ。銀色の糸を引きながら離れていくシズちゃんの顔が堪らなく色っぽくて、

「不意打ちだなんて、なんだかズルい」――なんて素直じゃない台詞を口を尖らせて言うと、シズちゃんは思わず苦笑した。それから私の頭をわしゃわしゃと撫でてくる。



「痛くなかったか?」

「……痛かったけど、気持ち良かった、かな」



その言葉に、偽りなどない。それと同時に彼を何よりも愛しいと思った事も、快感を2人で分かち合えた時の喜びも。痛くなんか全然なかった。それで、いい。今、身体中を包み込むものは計り知れない幸福感と――服の下に姿を隠した、刻み込まれた痛々しい傷跡の数々。これだけは何がなんでも、シズちゃんに見せてはならない。これを見たら責任感の強いシズちゃんはきっと、罪悪感から自分を壊してしまうかもしれない。

私は知っていた。あの信じられないくらいの『暴力』とも言える莫大な力を持つ反面、心は儚くも美しい事を。それに気付いてあげられる人間は、ほんの一握りだけだろうけれど。



「大丈夫だよ。私はそんなに弱くなんかない」



まるで割れ物を扱う時のような優しい彼の温かな手を、私は知っていたから。



「なあ、みさき。……その、もしみさきが良ければの話だけど……、また、一緒に住む気はねぇか?」

「……え」

「みさきが臨也の所にいた事は知ってる。……もういいんだ、そんな事は。あいつがみさきに手ェ出していなかった事は分かったし」



始めはシズちゃんのその言葉の意味がよく分からなくて、ほんの少し首を傾げる。そしてハッと気付いた時には既に後の祭り。慌てて見ると、シーツはいつの間にか赤く染まっていた。

これが、処女を捧げたという決定的な証拠。恐らくこの血はそれだけの理由で流れ出たものではないだろうけど――傷付いた自らの身体を、自らの両腕でギュッと強く抱き締める。大丈夫。きっとバレる事はない。



「どうしてノミ蟲なんかの所にいたんだ?ひょっとして騙されたり、脅されたりしたんじゃ……」

「(ノミ蟲?)ち、違うの!別にそういう訳じゃないんだけれど……」

「……」

「……ごめん、やっぱり言えない」

「そうか」

「ごめんなさい」

「いや、いいんだ。みさきがアイツを好きでさえなければ」

「……」



シズちゃんは、無理矢理笑っている風に見えた。

どうしてシズちゃんと臨也さんは、お互いに相手の事を憎み、嫌い合っているのだろう。私の立ち入る事の出来ない2人の過去に、一体何があったというのか。



「……つッ」



身をよじるとふいに傷口が擦れ、その痛みに思わず顔をしかめる。それはシズちゃんの投げた自販機の部品が当たった時に左手にできた、見た目こそは随分と派手な切傷だった。今はそれほど痛くはないけど、ぱっくりと裂けた皮膚が何とも痛々しい。これが自分の身体の怪我でなければ、思わず発狂してしまいそうだ。

シズちゃんがその左手を掴み、自らの口元へと運ぶと優しくそっと舌を這わせる。そして情事中にしていた時のように、目につく傷跡を片っ端から舐め上げる。痛いけれどくすぐったい。



「もう俺から離れるな。そうすれば俺も、みさきをこれ以上傷付けなくて済む」

「……シズちゃん?」

「できる事なら、俺はみさきの苦しそうな顔を見たくねぇんだ……」



切実に訴えかけるその目が、私の心を痛める。私だってシズちゃんに悲しい想いはさせたくない。ましてや自分から進んで、そんな事をしようなどとは――「分かった」そう言うとシズちゃんは心底嬉しそうに、無邪気な笑顔を見せて笑った。そんな顔を見せるから、私は逆らえなくなってしまう。抗えない。そしてそんな気さえも湧かない。

すぐ隣で寝息が聞こえ始めてからも、私は眠る事が出来なかった。ずっと考えていた。これからの事。臨也さんとの事。そして何よりも、『罪歌』の存在を。



私の事、忘れないでね



あの女性の声は一体誰の声だったのか。シズちゃんには聞こえていなかったと思う。シズちゃんは音とかに敏感だから、もし聞こえていたらきっと何かしら反応するはずだ。勿論、この部屋に私達以外の人間がいるはずもない。あり得ない。



――それじゃあ、

――あの声の主が人間じゃなかったとすれば……?



♂♀



次の日の朝。まだ眠ったままのシズちゃんを部屋に残し、部屋のシャワーを借りてから部屋を出た。向かう先は臨也さんの事務所。身勝手な行動を取っている事は分かってる。だけど、どうしても聞きたい事があったから。それはきっと、臨也さんにしか分からない。

『罪歌』なんて嘘みたいな存在を教えてくれた人も臨也さんだし、そんな異形な存在を信じてくれる人なんて、それこそ臨也さんか私みたいに直接目にした事のある人間くらいだろうし。



「あなた、もしかして苗字みさきさんかしら」



臨也さんの事務所に向かう途中、私は道端で見覚えのない女の人に声を掛けられた。長く艶やかな黒髪をなびかせた、「可愛い」と言うよりは「美しい」といった感じの大人の女性だ。

自分の名前を知っている事を不審に思いながらも、とりあえず返事だけはしておく。女の人は自らを大手企業の『矢霧製薬』の者だと告げ、「矢霧波江」と書かれた名刺を私に渡すと淡々と事情を説明し始めた。



「下の連中を使って捜させる手間が省けたわ」

「あの、それで……矢霧製薬の方が、私に何か?」

「私はある人物に依頼されただけよ」

「……もしかして、『折原臨也』て人だったりします?その依頼主の、名前」

「あら、知り合いだったの。それなら話は早いわ」



波江さんはニコリと私に微笑みかけると、携帯をバックから片手で取り出し、何処かへ電話をかける。呼び出し音が耳にまで届く。



――どうしよう。

――この人は信用できるのだろうか。



見た感じ、波江さんが怪しい人物には見えない。だからと言って初対面の人間をこんなにも容易に信用していいものか。様々な思考を働かせている間に、波江さんの会話は手短に終わる。「待たせたわね」私の方を再度振り向き、携帯をバックの中にしまうと言った。



「これから私は、あなたを折原臨也の所へ連れて行くつもりだけれど……まあ、始めて会った人間の事なんて信用出来ないものね」

「……すみません。正直なところ、あまり……」



「そう」



波江さんは特に気分を害した様子も見せず、むしろ楽しそうに言葉を紡ぐ。



「それじゃあ、"逃げなさい"」

「……え?」



予想外な展開に思わず耳を疑ってしまった。だけどこの人は確かに言った。私の目を見て「逃げろ」、と。



「私も実は、あの男とは昔からの知り合いなの。矢霧会社を成り立たせる上での情報源としてね。それ以上でも、それ以下でもないわ。ただ……あなたみたいな子が関わるには、少しばかり危険過ぎるわね」

「臨也さんが、ですか?でも、そんな風には……とても優しい人ですし」

「知ってる?過度な親切って、必ず裏があるの。私もどうこう言える立場ではないけれど、これだけは言える。あの男はきっと、何かを企んでいる」

「……そんな」

「怖がらせてしまったのなら謝るわ。ただ、それ相当の覚悟が必要なの。あの男と関わるには。ましてや情報を買いたいって言うのなら……あの男は必ず、取引先の弱みを握ってくる」

「……」

「……私も、そうだったから。今は心底後悔してるわ。他の情報屋を雇えば良かったんじゃないかって。『後悔先に立たず』ってやつでしょうけど」



始めは、からかわれているだけだと思った。だけど話を聞いているうちに、どんどんと話の核心を衝いてくるような――いや、もしかしたら波江さんは、既に私の事も全て知っているのかもしれない。

もし今の話が本当だとしたら?何が真実で何が偽りなのか、今の私には見分ける事すら出来なくて。迷っている間にも、時間だけは刻々と過ぎ去っていく。



「ほら、早く行きなさい。部下達が追って来るわよ」

「……ありがとう御座います」



ペコリと頭を下げてお礼を言うと、身を翻して駆け出した。お礼を言える相手なのかは微妙であったけれど。これから私はどうすればいい?臨也さんが私を捜している?……いや、事情も話せずに昨日突然姿を眩ましてしまったのだから臨也さんが私を心配するのは当然の事なのかもしれない。



――……だとしても、



目前を『矢霧製薬』と書かれたバンが通り過ぎて行くのを見て、何やら作業着らしき服を着た男達があちこちを歩き回っているのを見て、波江さんの言葉が頭を過った。背筋が凍る。これは明らかに尋常じゃない。





「主任。先程の人物は、我々が捜索している苗字みさきだったのでは……」

「あら、そうだったの?よく分からなかったわ」

「……」

「まあ、仮にあの子が苗字みさきだったとして、私達には何の関係もない話なのよね。依頼主にはあの子を見つけたと報告したし、あの子には逃げるチャンスをあげた。どちらにせよ、私達が双方に恨まれる心配はないんだから」



「それに私、あの折原臨也って奴のやり方、あまり好きじゃないのよね」

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