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どこからか鳥のさえずりが聞こえてきたような気がした。薄暗い部屋のカーテンの隙間から、淡い朝日が差し込んでいる。朝だ。
「(ぅ……、ん?)」
昨夜拾った男のことを看病しながら、いつの間にか自分も眠ってしまっていたらしい。霞む目をしばたたかせ、より意識をはっきりとさせる。床で寝たせいか身体の節々やあちこちの部位が痛い。痛む首を擦りながら、私はゆっくり立ち上がるとそのまま洗面所へ向かう。裸足のまま床に降りると足の裏がヒヤリとした。
そういえば昨日はお風呂に入ってないなあだとか、そんな事を考えながらラフなTシャツと短パンに着替える。脱いだ服を洗濯カゴに適当に投げ入れて、ついでにお風呂のお湯も沸かしておいた。たまには朝風呂っていうのも悪くないよね。
「(……さて、と)」
長い髪を耳の下で2つに分け適当なゴムで緩く束ねる。よし、とりあえず完成。
簡単に朝の支度を済ませてからリビングに戻ると、ソファの上で全身スッポリと毛布にくるまった『何か』が何やらモソモソと動いていた。あ、一瞬忘れてた。
「……」
――さて、どうしよう。――何て声を掛けるべきだろうか。
そんな事を考えているうちに、男は一度寝返りすると重たい瞼をうっすらと開いた。見るからにまだ全然寝足りないご様子、起こす手間は省けたようだ。そっと男のいるソファへと寄る。
「……んぁ……」
「(あ、起きた)おはよう御座います」
「………」
しばらく放心状態のまま瞬きをする男。何度かその動作を繰り返し、そのまま私の方へと視線を動かす。未だに意識の方はあまりはっきりとしていないらしい。
やがて、その今だにおぼつかないであろう視界に私を映すと――
「!?」
急に顔を真っ赤にさせたかと思いきや、がばり、と上半身だけを勢いよく起こしてみせた。(一体何事だ。)
「え……ッ、あれ!?俺、確か昨日――……〜痛ッ」
「! 大丈夫ですか!?」
急いで男に駆け寄る。出血こそは完全に止まったものの、やはり傷跡が痛むらしい。脇腹のあたりを擦りながら、男が小さく呻く。
「……ああ、まあ、とりあえずは……慣れてるし」
「(……、慣れてる?)」
男の言葉に多少疑問を感じたものの、痛みに目を細めつつ笑顔を見せる男に私はホッと胸を撫で下ろした。
これだけの重症なのに、一晩眠っただけで人間の身体はこうもここまで回復するものなのか、というか、今現在普通に難なく会話できる事自体が、もう「凄い」の域を越えているのかも。
「えーと……昨夜の事、覚えてますか?」
とりあえず確認の為昨夜のことを尋ねてみると、男は小さくこくりと頷いてみせた。良かった。今のところ記憶障害はないようだ。大袈裟かもしれないが、人間の脳はちょっとしたことで異常を示すから侮れない。
「あんたが助けてくれたんだよな……悪ぃな」
「いえ、気にしないで下さい。ただ、回復するまで安静にしていた方が良いと思いますので……」
越して来たばかりでよく分からなかったけれど、まあ携帯で地図検索すれば何処かしら近隣にあるだろう。
病院まで送りましょうか?そう言い終えるよりも少し先に、男は実に言いずらそうに重々しく口を開いた。
「あー……、悪ぃんだけど病院はちょっと……」
「なんで?怖いの?」
「……いや、子供じゃあるまいし」
始めは躊躇していたはものの、男は次第にゆっくりと事情を話してくれた。まず自分はある人にうまーくハメられて、今は厄介な連中に追われているのだということ。その関係上しばらくの間身を隠していなければならないということ。という訳で病院だとか警察だとか、身元が公になってしまう場所はまずヤバいとか。
一体どんな怨みを買ってそんな事態になったのか、色々と想像は出来たもののこれ以上は考えたくない。昨夜の集団の男たちの形相を思い出して、私は思わず小さく身震いした。大人しそうな顔して一体どんな人を敵に回してしまったんだ。
「つー訳で、なかなか行く宛がなくて」
「(ああ、なるほど)」
「……その、これ以上迷惑掛けるなんて、情けねぇ話なんだが……」
指名手配中の訳あり金髪バーテンダー、か。だからと言って傷だらけの、しかも風邪をひいているこの状態でアパートから追い出してしまうのは人間としてどうかと思う。確かに少しばかり厄介ではあるが、ここは1つ人助けをしてみるのもいいかもしれない。と、内なる私の良心が告げる。ならばそれに従ってみよう。
こうなりゃもうヤケだ。
「……分かった」
「……へ?」
「お兄さんが好きなだけ居てもいいよ、ウチで良ければ」
「 !」
多少間が空いたもののそう言葉を紡ぐと、男はやや驚いた様子で私の目をまじまじと見つめてきた。
「すぐにでも追い出されるかと思った……」
「私がそんなに冷たい人間に見える?」
「え、ああ、いや……俺が怖くねえのかなって」
「? 確かにその回復力は尋常じゃないと思うけどね。怖くなんかないよ?」
いまいち言葉の意味が理解出来ず、私はただただ首を傾げる。どうしてそんな事を聞くんだろう。追っ手の男達のことを心配して言うのならともかく、今私の目の前にいるこの男は見るからに優しそうな目をしている。外見こそはややチャラい印象を受けるが、話してみればそこまででもない。
「あ。そういえば熱、大丈夫ですか?」
「え……えええ?熱?」
「うん、熱。昨日40℃近くあったんだよ」
「まじか」
昨日ほどの熱ではないけれど、やっぱり熱は残っているみたい。なんか赤いし。
熱が出たことに男は心底驚いているようだ。言われてみれば確かに熱い、と、額にそっと手をやっている。
「とりあえず何か食べよっか。簡単なものなら作れるけど……」
そう言ってキッチンに向かおうとすると、男も慌てて立ち上がって「お、俺も手伝います!」とか言うもんだから私は全力で断った。
気持ちはかなり有り難いのだが、熱のある身体を無理にでも動かしたら彼にとっては辛いだろう。ここは安静にしておくことが賢明だと説得し、私は改めてキッチンへと向かった。料理はそこそこ得意なのである。
「いいからいいから、私に任せてみてよ!」
冷蔵庫を覗いてみたら少量の卵とベーコンを発見。ベーコンエッグでも作ってやろう。フライパンを片手に私は食パン2枚をオーブントースターにセットした。
そんな、上京して2日目の和やかな朝の出来事。