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見事な快晴。青い空。

今日ほど買い物日和という言葉にふさわしい日があるであろうか。いや、断じてない(反語)――というのがみさきの言い分らしい。



「そうだ、池袋に行こう」

「(なんだろう、この京都へ行こう的なノリは)」



今朝、みさきが突拍子に全く計画性のない提案をした。まぁ、今に始まった事でもないんだけど。馴れというものは恐ろしい。

何時間も掛けて身支度を終えたみさきの首元には、クリスマスに俺があげたあのネックレスが小さくキラリと光っていた。みさきは「汚すと嫌だから」という理由でそれをなかなか付けてくれない。(大切にしてくれているのだから嬉しいんだけど)だからこそ2人で出掛けようとしている時に珍しく身に付けてくれている事が、俺は素直に嬉しかった。



「あ、これ可愛い」



池袋の通りで店のショーウィンドゥを目にする度に大きな目を輝かせてはその歩みを止めるみさき。俺は溜め息を吐きながらもみさきに合わせて足を止める。



「ねぇ、ここのお店入ってみよーよ」

「あ?女モンの店じゃんかよ、ここ」



いかにも、な可愛らしい店の外見に思わずタジタジ。

あんなに恥ずかしい思いをするのは、クリスマスの時だけで十分だ。



「大丈夫ダイジョーブ!シズちゃんなら大丈夫だよ」



「おい、そりゃ一体どういう意味だ」そう問い掛ける暇もなくみさきは俺の右腕を取ると強引に店の中へと引っ張っていった。本人はかなりの力を使っているようだが、その割にはすげぇ弱っちーの。俺なんかでは考えられないくらい。

口では文句を言ってる俺。だけど本気で嫌な訳じゃねぇし、今はみさきが一緒だから別にいいかなって思ってしまうあたり俺は本当に素直じゃない。ほら、こういうのって第三者から見れば、俺らって普通の恋人同士ぽく見えねぇ?なんて、



「見て見て!サングラス!」

「おー」

「シズちゃん似合うんじゃない?かけてみてよー」

「……て、なにハート型のグラサン渡そうとしてんだよ。せめて普通のにしろ」

「ピンク可愛いじゃん」

「それはお前がつ け ろ」



それは、ほんの少しの悪ふざけ。

笑いながらきゃーって言って額を両手で守るみさき。俺は軽くデコピンでもしてやろうと指を構えて、やめた。それから下ろした右手をパーにして、何も言わずにじっと見つめる。



「……? どしたの?怖い顔しちゃって」



危機を逃れたのだと安心しきった顔で、みさきが俺の手の平を覗いてくる。「なにかあるの?」なんて言うみさき。あまりのみさきらしさに笑ってしまった。「別になんもねーよ」と俺が言うと「なーんだ」と口を尖らせる。一体なにを期待していたのか。みさきの事だから食い物だろうか。

それからもみさきが執拗にサングラスを勧めてくるもんだから、俺が仕方なく1番シンプルなものを選んでかけて見せると、何故だかみさきは爆笑し始めた。



「うんうん、似合うよ似合う。それ似合う!」

「いや、お前それ、ふざけてんだろ明らかに。顔が笑ってるっつの」

「そんな事ないよ。ほら、そこに鏡あるから見てみれば?」



みさきの指差した方向にはメガネ屋なんかによくある顔部分だけを映す小さな鏡。俺はサングラスをそっと外すとみさきの腕を引いて店を出た。「え、なんでー本当に似合ってたのに!」



「うっせーな。ほら、早く行くぞ」

「行くって、どこに?」

「……」


本当は、通りすがりの見知らぬ人が、サングラスを片手に騒いでいた俺たちを見て「仲の良いカップルだね」なんて話しているのが聞こえたから。それが何だか照れ臭くて、顔が赤いの隠すのに必死になってた。だっせぇ。

さて、何も考えずに行動に移ってしまった俺はこれからどうしようかと考えを巡らす。こんなんじゃみさきに「計画性のないヤツ」だなんて言えないな。



「……ちょっとさ、座んねぇ?」

「どこに?」

「どこでも」



池袋の街中ど真ん中を歩いていたら、知り合いとばったり出会いかねない。それだけは避けたい。

公園なんかはあまり人目につかないんじゃないかと考え、みさきを公園まで連れて来るとベンチに座るよう促した。それから「ちょっと待ってろ」と言ってから小銭を片手に早足で近くの自販機へと向かう。思えば、俺が自販機に対して『飲み物を買う』という本来の目的を果たしたのはかなり久々の事だ。みさきには迷わずミルクティーを、そして自分には散々迷った挙句に、温かいコーヒー(勿論砂糖入り)を。



「ほれ」



ボタンを押すと同時にガコンと音をたてて落ちて来た缶を拾い上げ、ピトリと頬に押し当ててやるとみさきは「ありがとう」と嬉しそうに言って、それを両手で丁寧に受け取った。

1月の空気は肌寒い。ほんの少しかじかんだ手の平にハァ、と息を吐き掛けるとそれだけで白い息が宙を舞う。思わず身震い。しばらく「次はどこへ行こうか」などと意気揚々と話していたみさきが、急に下を俯いたかと思うと小さくポツリと言葉を洩らした。



「時々ね、不安になるんだ」

「? 不安?」

「うん。 ……いつか、こんな楽しい毎日が終わっちゃいそうな気がして」



それは、あの能天気でマイペースなみさきからは想像出来ないくらいに柄にないような言葉。いつもと違うみさきの雰囲気に一瞬戸惑うも、すぐに気を取り直すと笑いながら言った。



「どうした?なんかあったのかよ」

「別に。ただ、なんとなーく」

「ふぅん(変なヤツ)」



みさきの言っている意味はよく分からなかったけど、いつになく真剣なみさきの横顔に胸がドクンと波を打つ。そんなみさきについ視線が釘付けとなっていた俺は、慌てて顔を反らした。

その場を取り繕うようにコホンと咳払いを1つして、



「それは、俺も同じだな」

「……え?」

「俺は多分、今までの人生の中で、今が1番幸せだと思ってるからよ。だからこそ、この幸せが終わっちまったあとが……怖ぇな」



みさきのいない世界を想像してみた。それは俺から言わせてみれば、まるで色のない世界。考えてみればみさきがいるからこそ、みさきと出逢えたこの世界に有り難みが湧くのかもしれない。神様なんて信じちゃいねぇけど、少しは感謝してやってもいい。

みさきは「大袈裟だなぁ」なんて言って笑うけど、



「でも……そうだね。私も今が、1番幸せ」



手の内のコーヒーはもう冷たくなっていた。みさきはハッと我に帰ると「あはは!柄にもない事言っちゃったねぇ」と、いつもの調子で笑うとミルクティーを一気に飲み干す。「缶、ゴミ箱に捨てて来るね!」――それだけ言うと、勢いよくベンチから立ち上がった。

そそくさと走って行くみさきの後ろ姿をぼんやりと眺めながら、俺も残り少ないコーヒーを飲み干す。空になった缶を試しに右手の指でデコピンをする時のようにバチンと弾くと、缶がメキャリと派手な音をたてて凹み、すっかり原型をなくしてしまった。そんな不自然な形に凹んだ缶を見て、フゥ、と小さな溜め息を吐く。



「……そんなに力、込めてないつもりなのにな」



ああ、やっぱりあの時デコピンなんてしなくてよかった。

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