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とある場所。物音1つしないその空間には決して人間がいない訳ではなく、数十人の青色のバンダナを巻いた男達がバツの悪そうな顔でこちらを見ている。

中には顔をしかめて痛む腕をさする者や包帯を頭に巻いている者。とりあえず男達に共通して言える事はみんな傷だらけという事だ。



「ねぇ」



特に音量を上げる訳でもなくただ静かに言葉を紡ぐ。それだけでもシンと静まり返ったこの場所では、十分過ぎるくらいに響き渡る。



「俺は確かにアイツを殺して欲しいとは言ったけれど……あの子に触れていいとは言ってないよね?」

「す、すみま……」

「いや、許さない」



つくづく俺って嫌な人間だと自虐的に思う。確かに俺はブルースクウェアの一部の人間に、シズちゃんの事――そしてみさきの情報を提供した。男達は喜んですぐに話に食い付いて来た。

そして俺は情報を提供する代わりに、ある条件を要求した。「俺の手駒になってくれないか」、と。プライドが変に高いコイツらの事だ。始めはその要求に戸惑う事までも計算済み。ただ彼らはシズちゃんに怨みを抱いている者ばかりだという事を俺は知っていて、最終的にはその条件を飲み込む事まで知っていた。



――そこまでは良かったんだけどねぇ。



シズちゃんの唯一の弱点であるとも言えるみさきの存在を知った彼らは、みさきを利用しようとある計画を企てた。それが今日実行されていたらしい。その計画の存在を知らなかった事が俺の唯一の盲点だった。ほんの少し、悔しいけどね。



「……ついでに言うと君達の会話はぜーんぶ、このテープに入ってます」

「!!」

「警察に突き出すには、十分な証拠になると思うんだけどねぇ」



そう言ってテープを見せつけると、面白いくらいにビクリと肩を震わせる男達。



「ど、どうして……アンタまさかあの場に……」

「アハハ、やだなぁ。俺が盗み聞きなんてタチの悪い事すると思う?」



じゃあ、タネ明かし。とっても簡単な事さ。事務所前でみさきと別れる際、彼女に貸してあげたジャケットに盗聴機を忍ばせておいた訳。ね、簡単でしょ?実際本来の目的とは違った役割を果たしたようだけど。勿論警察に突き出す気なんて毛頭ない。俺だって追われている身だし、何より彼らには彼らなりのふさわしいシナリオを用意してある。

だからこれは、俺の言う事を聞けなかった――罰。



「で、でも!もう少しで情報屋の事も……!」

「……ああ、君達が追っている1人だっけ?」



ちなみに今の俺は、彼らの追っている『折原臨也』ではない。ただ服装を変えてメガネをかけて『奈倉』と名乗った。ただそれだけ。

いつも黒を基調とした服を身に纏っているせいか、たまーに違う色の服を着ていると、人間の脳はすぐに騙されてくれる。例えば今まで同じ髪型だった人が、次の日突然髪型を変えて来たら一瞬誰だか分からないよね。これはそれの応用編。それだけなのにコロッと騙されてやんの。……あはは!無知ほど怖いものってないよねぇ!馬鹿なのかな?馬鹿だよね!そんなところもひっくるめて、俺は人間が最高に大好きだ!!



「君達は手柄が欲しくて、この計画の事をあえて他のメンバーに口外していないみたいだけど……この事を君達のリーダーが知ったら、相当怒るだろうねぇ」

「ひッ!そ、それだけはどうか……!」

「うん。君達はとっても困るよね。それじゃあ最後にチャンスをあげる」



棄てるにはまだ早い。最後にはどうせ棄ててしまうのなら、使えるところまで使わなくては。いくら彼らが捨て駒であろうと、俺は無駄遣いが大嫌いなんだよね。……酷い?卑怯?勿論否定はしない。だけど、これは人間を深く愛している俺だからこその至難の業。

テーブルに大きく広げられた盤の上には将棋やチェスなどの様々な駒。そんな光景を頭の中で思い浮かべながら、そしてまさに今この瞬間が最後の仕上げの時。



「(さあて、シズちゃんはどう足掻くかな?)」



ああ!楽しみだなあ、楽しみだなあ、楽しみだなあ!

シズちゃんが壊れていく様を、この目で見届けられるなんてさ!!



♂♀



「(これで、よかったんだよね)」



狭い大型車の中で、たくさんの男の人達があれこれと話しているのを客観的に見つめながら、私はぼんやりとそう思った。こうなる事は、何となく分かっていた。だけど予定よりは大きく狂った。臨也さんが自分からシナリオを覆す事など今まで決してなかったのに。

みさきがブルースクウェアに捕まったという情報を耳にした途端、臨也さんは物凄く焦っていた。私は何年も前から臨也さんの事を知っているけど、あんな顔の臨也さんは初めて見た。きっとこの計画をいち早く決行したのも、私にブルースクウェアの人達の気を集中させて、これ以上の人数をみさきの元へ向かわせない為だという事にも私は薄々と気が付いている。そしてブルースクウェアの人ならば、誰だって黄巾賊との抗争を優先する事くらい私には分かりきっていた。臨也さんがみさきに特別な感情を抱いているという事も。



――……怖い。

――物凄く、怖い。



自分はこれから何をされるんだろう。考えただけでもおぞましい。だけどみさきもきっと自分みたいに物凄く怖い思いをしたのだろう。みさきは大切な友達だから。だから彼女の為になるというなら、それはそれで良かったのかもしれない。

そして、家族や周りに見放された私を救ってくれた臨也さん。彼の為になるというのなら、私はどんな事だってやってみせるんだ。



「(……正臣)」



そして、私の大切な人。彼は今どうしているのかな。私の為に怒ってくれてる?泣いてくれてる?あるいは――何も感じないのかな。

正臣を危険な目に合わせたくはないのに、そうさせているのは私自身。何もかもが矛盾している。だけど私は、ただ――祈り続ける。



「そういや電話かけたのかよ?」

「来るかねぇ、黄巾賊のリーダー。なあ?泉井さん」

「ビビッて来ないかもしれないよなぁ」

「ブハッ!超あり得る!」



どうか、願わくば、私の大切な人達がこれ以上泣いたりしませんように。

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