>47
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



ぶっちゃけシズちゃんに対するイメージは、どちらかと言うと優男的なイメージだった。それは決して悪い事じゃあない。優しい、いい人だと思ってた。勿論今だってそれは変わりない。だからこそ今の彼は「暴力が嫌いだ」という根からの平和主義者なシズちゃんからは大きくかけ離れていた。怖かった。シズちゃんが、ではない。シズちゃんが何だか自分の知らない人になっていくような、そんな感覚を怖いと感じたのだ。

今まで聞いた事もないくらいに怒りに満ちた――そんなシズちゃんの怒鳴り声が寂れた工場内に木霊する。途端に身体をビリビリと走る緊張感。シンと静まり返った、緊迫とした雰囲気。私は視界の端に先程シズちゃんに殴り飛ばされて気を失った男の姿を捕らえながらも、それでもシズちゃんからは視線を逸らす事が出来ずにいた。シズちゃんは今日も相変わらずバーテン服を身に纏い。何の変わりもない、シズちゃんはシズちゃんのはずなのに、なのにどうして私はどこか違和感を感じているのだろう。



「な、何ビビッてんだお前ら!こっちには数がいるんだ。やっちまえ!」



そんな古臭い台詞と同時にたくさんの青色がシズちゃんの姿を軸に大きく円を描くようにして囲んだ。姿が紛れて見えなくなり不安な気持ちになるのも束の間。



「ぐぁッ!」



メキャリ、グニャリ、

テンポよく青色が次々と殴り飛ばされていく。それも逆にすがすがしい程に。シズちゃんの姿はやはり見えない。声もあれ以来発する事もない。だけど私には見なくとも今の現状を知る事が容易に出来たし、それは次々に突っ伏してゆく男達の姿がそれを告げていた。



「ど、どういう事だよ!最近ヤツが大人しいって話は嘘だったのかよ!」

「い、いや……確かに最近アイツが池袋で暴れていない事は確かに事実で……」



――ヤツ?アイツ?

――この男達は、一体誰の事を言っているの……?



さすがに危機感を感じたのか、まるで押し寄せる波がピタリと止まるように、男達の手の動きがようやく止まる。身体の支えをなくした私は、まるで糸の切れた操り人形のように、冷たいコンクリートの床にペタリと座り込んでしまった。



「……はぁ……は…ぁ」



気持ち悪い――にも関わらず、初めて与えられた快感をより求めてしまう、正直な身体が嫌になる。今まで体験した事のない快楽に。

未だに残る身体の感触。そして未だに信じがたい目の前の光景に、私の頭は混乱してしまいそうだった。



「……チッ」

「なんだよ、せっかく盛り上がってきたのに……!」



そう言って名残惜しそうに私から渋々と手を引き、男は携帯電話を取り出す――が、どうやら相手の携帯に通話が通じないらしい。ただただ電話越しに呼び出し音だけが虚しく響き渡る。

その携帯に鬱憤をぶつけるかのように、男はそれを思い切り床に叩きつけた。ガシャン、と歪な音が響き渡り、粉々になった携帯の部品が四方八方に飛び散る。



「糞ッ!なんだってんだよ!誰も電話に出ねぇなんて!」

「駄目だ!今、黄巾賊絡みで来れないらしい」

「なんでも、黄巾賊のリーダーの女が自分からやって来たとか」

「は?利用されんの分かってて、のこのこと敵陣行くヤツがいるかよ」

「いや、それが……かなり有力な情報を入手したみたいで、」



――……黄巾賊?

――黄巾賊って、"あの"?



聞いた事のある単語に思わず顔を上げる。私はそれを確かに聞いた覚えがある。

何処でだっけ……確か、臨也さんの事務所で書類整理をしていた際目にしたことがあったかもしれない――いや、もっと身近な、誰かが、黄巾賊とやらのリーダーを大事に想うあの子が。



「でもよ、黄巾賊のリーダーってまだ中学生のガキなんだろ?"紀田正臣"って」



――"キダ マサオミ"



「私だってそうだもん。私は正臣だけだもん」



一瞬フリーズしかけた私の脳裏を、あの子の顔が横切って"しまった"。

沙紀が、自分から……?どうして?何のために?わざわざ危ないと分かっている場所に、何のメリットが?



「……チッ、どうする。このまま女だけでも連れて逃げちまうか?こんな化け物相手じゃラチが明かねぇ」



違う。心の中で必死に否定する。シズちゃんは化け物なんかじゃない。それなのにそれさえも、今の私にはそれをはっきりと口にする事ができない。様々な思考を頭の中で巡らせているうちに、一際大きな音が辺り全体に響き渡り――反射的に目を向けたそこには、ただ1人、1人だけ、シズちゃんの姿だけがあった。

周りにたくさんの男達が倒れている中、荒い呼吸を整えるように肩を大きく上下させ、頭から止めどなく流れ出る血さえも拭おうとせずに。周りがざわめく。身体全体から醸し出すオーラのようなものがとてつもない殺気に包まれている事に気付き、例えそれが自分に向けられているものではないのだと頭では分かっていても、背筋を凍らせる程の何かがそこにあった。



「シズちゃん……」



静かに呼びかける。シズちゃんは何も答えない。ただ、瞳の中に静かな怒りの炎を燃やし続けているのだ。

その瞳は虚ろで、光の失った眼光を冷ややかに放つ。



「……みさき、」



シズちゃんが私の名前を呼ぶ。随分と久しぶりに彼の声を聞いた気がした。私に向けられたその声と表情は先程までと打って変わって、やけに穏やかで優しい。

いつも通りの、もしかしたら今まで以上に穏やかな表情をしたシズちゃん。



「ちーっと目、瞑っててくれねぇか?……すぐ終わらせるからよ」

「……ひ……ッ!」



相手の刃物によるものだろう切りつけられた様な痛々しい跡を残したズボンのポケットに両手を突っ込んだまま、口端を歪めて笑いながら一歩一歩確実に進む。

それでも、男達は動かない。いや、正確には動けないのだ。微かに足元を震わせながら、立っているのがやっとと言ってもいい程に。



「まぁ、アレだ。"仮に"俺の方に非があるのなら謝るわ。ごめん」

「……ぇ、……へ?」



男達のすぐ目の前に歩み寄り、そしてペコリと頭を下げる。思いもがけない唐突な謝罪。訳が分からないとでも言いたげな男達の反応にも頷ける。現に、私にだって分からないのだから。

今シズちゃんはどんな表情を、目を、顔をしているのだろう。声音からは怒っているのか、それさえも。



「……でもよぉ」



途端に声音が変わる。まるで怒りのこもった低い声。頭を下げたまま、視線を床に向けたまま黙々と言葉を紡いでゆくシズちゃん。



「みさきに手を出しちまったその瞬間から、もう万死に値するだろ。……分かるか?そのくらい俺は今、怒り狂ってんだよ」

「な……ッ」

「……つっても分かんねーよなぁ、手前らの頭じゃあ。身体に叩き込むしかねーよなあ?」



再び小さく悲鳴を上げ、身をこばませる男達。

周りでただ呆然と立っているブルースクウェアとやらの連中には既に戦意が失われつつあり――きっと先程までのシズちゃんを見ていたせいだろうが――今この場でリーダーらしき男を助けようと動く者はいない。



「……」



ゆっくりとシズちゃんの拳が動き出し、そして一瞬だけピタリと止まる。きっとこれから思い切り振り下ろされるであろう拳を見つめたまま、男はただ動けずに口をパクパクとさせた。

私は「目を瞑っていろ」と言われていたにも関わらず、それを見届ける。ふいに視界が暗くなり――シズちゃんのもう片方の手により視界を塞がれたと分かったのは少し後の事なのだが。



「……や、」



――これ以上シズちゃんが手を汚す必要はない。

――そんな事……私がさせたくない!



ただ、その一心で。自分のせいで、理不尽な理由で関係のないシズちゃんを巻き込みたくはないと思った。

しかし、私は気付いてしまったのだ。『平和島静雄』という男の正体に、根拠のない浅はかな考えを。もしそれが本当ならば彼は、シズちゃんの本当の名は――

「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -