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「……」



――……ええと、

――"アレ"は、なに?



緊急事態発生、緊急事態発生。自宅のアパートへの帰り道、見知らぬ男が倒れていた。しかも血だらけで。

ふいに鉄のような血特有の独特な匂いがつんと私の鼻をかすめる。ドラマの手術シーンだとか人を刃物で刺すシーンだとか、思わず目を背けてしまったり硬直してしまう小心者イズ私。それなのにいざ人の死と直面してしまうと、頭の中はやけに冷静だった。男の顔をちらりと覗き込んでみる。



「(死んでる、のかな)」



人の死体なんて初めて見た。まず頭を過ったのは、そういった素直で率直な感想。裸眼の視力があまり良くないのと雨の中視界が悪いという悪環境を加え、あまりよくは見えなかったけれど、私はふと男の姿がどこか異様な事に気が付いた。



「(……バーテン服?)」



雨に濡れてヨレヨレになってはいるものの、その姿は街中で接客をしているバーテンダーそのものだった。

コスプレなのか(んな訳ないか)ただ純粋にバーテンの職に就いているのか(これが一番有力か)いずれにせよ所々に刻まれた多数の傷跡に赤黒く染まったそれは、街で見掛ける本来のものとは大分違って見えた。



「あの、ええと」

「……」

「大丈夫、ですか?」



――……いやいや、

――ここまで血出てて重症なのに、大丈夫も何もないけど……。



心の中で自分にツッこみつつ、携帯を片手にとりあえず警察を呼ぼうか救急車を呼ぼうか……あれ電話番号なんだっけ?なんて考えていると、ふいにその手をぐいっと強く引っ張られた。



「……だから……」

「……!?(動いた!?)」

「大丈夫、だから……誰も呼ぶな……」



そう言って死体(?)は小さく呻く。出血部分をぎゅっと掴み、これ以上の流血を防ごうとしているようだ。

私の右手を掴むその細い腕さえも、筋肉で随分と固いもののたくさんの切り傷が刻み込まれている。その姿が何だか痛々しくて、見ているこっちが思わず目を背けてしまう程だ。男はオロオロと戸惑う私の顔を見上げると、申し訳なさそうに途切れ途切れに言葉を紡いだ。息遣いが荒い。



「悪ぃ。俺、今誰かに追われてて……静かにしててくれるか……?」

「え、あ、でも……傷、かなり酷くないですか?」

「……ああ、確かに、今回ばかりはちっと……やべぇかも、な……はは」

「……」



そう言って、かなりの大怪我しているというのに笑ってみせる男の姿。多分私を心配させないように気遣っているのだろう。自分はこんなに重症だというのに。

見知らぬ人を助ける事に躊躇してしまった自分を恥ずかしく思い、急に罪悪感が沸き上がってきて、私はバックの中を探ると迷わず買ったばかりのお気に入りのタオルを差し出した。躊躇している暇はない。目の前で困っている人がいたら助けるのは当たり前だよね。



「これ!使って!」

「……え?」

「まずは止血しないと!」

「いや、でも……これ、血で汚れちまうし……」

「汚れてもいいから!これで傷口抑えて!」

「……お、おう」



男はしばらく遠慮がちに渋っていたが、私がタオルを半強制的に押し付けると戸惑いつつも受け取ってくれた。青を基調とした小さなハンドタオルに対照的な赤がじわりと滲んでゆく。その出血量は、生きているのが不思議なくらいに多い。



「ど、どうしよう……!血止まんない……!」

「(涙目だこの人……)あの、俺一応大丈夫すから」

「ぜ、全然大丈夫そうじゃない!」



死という概念がふと頭を過り、なんだか急に怖くなった。このままこの場所に放置してしまったら、この人は死んでしまうのではないかと。挙げ句の果てに明日の朝刊で『若い男のバーテンダー、女に刺される!』なんて大袈裟な見出しがついてしまうかもしれない。

どういう過程なのかは知らないが、女に刺されたなんて古い昼ドラの発想か……



「あ、あの。ウチんちすぐそこなので!……ほんの少し、歩けますか?」

「?」

「よ、良かったら……傷の手当てもしますから……」



私の良心が目を覚ます。目の前で死にかけているような人をこのまま放っておく事なんて出来る訳がない。

暫しの沈黙。男はしばらく驚いたような表情でポカンと私の顔を見詰めていたけれど、やがてゆっくりと若干覚束無い動作で立ち上がると、自らの頭を無造作にわしゃわしゃと掻き「すんません」と小さく呟いた。



「迷惑、じゃねぇか?」

「大丈夫です。今は独り暮らしですし、部屋のスペースならありますから」

「!(独り暮……!?)」

「そういえば足の傷、本当に大丈夫なんですか?結構普通に歩いてますけど」

「足……?ああ、本当だ。何だこの傷。いつの間に」

「(気付いてなかったのか……!)」

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テーマ「人外ファンタジー」
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