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「あーらら、シズシズ行っちゃったねぇ。愛は盲目ってやつかしら?」
「それよりも門田さん。さっきの話本当なんすか?」
「ああ」
「それってヤバくない?私ら知らないんだけど、チームがシズシズを追ってた事ーとか、その他もろもろ」
「俺もさっき電話で聞いたばっかでよ。何でも、たった今女捕まえたから来ないかってさ。ムカついたもんで通話ブチ切ってやったわ。通話料金の無駄にしかなんねぇな、ありゃ」
「ふーん。で、どうするの?」
「まぁ、偽善者ぶるつもりはねぇけどチーム裏切って助けに行こうとは考えた訳よ。あそこで静雄と会わなけりゃな」
「だから門田さん。いきなり『俺はチームを捨てるかもしれない』なんてクサイ台詞を口にした訳っすねぇ。俺はてっきり何かのアニメかゲームに影響されたのかとばっかりに……」
「俺をお前らと一緒にするんじゃねぇ、――と、何だ。今度はメールか」
「モッテモテだねぇ、ドタチン」
「ま、アレっすよ。アレ。もしもの時は王道の裏切り行為っすよ。最終的にこっちが姿眩ませれば勝ったも同然っすから!3次元を2次元にしちゃおう大作戦!」
「……そうだなぁ、その時が案外早くくるかもな」
「「へ?」」
「なぁ遊馬崎。ちょいと渡草呼んでくれねぇか?あと信頼できそうな奴らも何人か」
「どうやらその時が来ちまったみたいだからよ」
♂♀
扉の向こうに待ち受けていたのは、数十人にも及ぶ男達の姿。中には自分よりも年下らしき少年の姿も混じっているが、明らかに敵意を剥き出しな目つきでこちらを凝視している。
大きな扉を開いた直後、ガツンと大きな衝撃が頭を直撃した。生ぬるい何かがつつ、と頬を流れて落ちる。ツン、と鼻を突く鉄特有の独特な臭い。
「……ぁあ?」
ポタポタと滴るそれを右手で止血するものの、出血量が思っていたよりも多いのか指の合間からも流れ出てしまっている。
中は暗くて視界が定かではなかったが、目を細めて見ると赤い血が付着した金属バットを手に持った――やはり青色のバンダナを巻いた男が、冷ややかな笑みを浮かべていた。どうやら俺は本来ボールをかっ飛ばすであろう、その金属バットで頭を思い切り殴られたらしい。いまいち状況が見えない薄暗い視界の中、俺は冷静にそう分析した。
「随分と早ぇじゃねーかよ、なぁ、オイ」
「かなり息切れてるご様子で?……あ、そっか。愛する彼女の為に必死に走って来たって訳か。そりゃお疲れちゃん!」
途端に工場内にゲラゲラと響き渡る笑い声。ああ、実に不愉快極まりない。
ぐるりと辺りを見回す。そんな事よりみさきは……!
「手前ら……みさきを何処にやった!?」
「みさき?ああ、あんたの彼女?それなら大丈夫。俺らが丁重に迎え入れてるからよ」
「だから何処だって聞いてんだよ……!」
目の前の男を殴り飛ばしてやろうだとか、いつもの俺なら迷わず暴れていただろうその行動を懸命に思い止める。まず最優先的な目的がみさきの身の安全であって、決して喧嘩をしに来た訳じゃあない。こんな状況下でも心の何処かで「みさきにだけは知られたくない」事実を隠し通していたいという気持ちは強いのだろう。
震える拳を懸命に握り締める。まるで今にも暴走してしまいそうなその力を封じ込めるかのように。
「それにしても、どこであんなにいい女手に入れたの?まさか援交?うあ、ヤラシー!」
「つーか、そうでもなけりゃこんな化け物相手にしないだろ。遊びだよ、遊び。あんたもマジになんねー方がいいぜ?どうせ捨てられるんだからさあ!」
「何回ヤッたの?いくら払ってんの?」
あちこちから飛び交う言葉の数々。耳を背けたくなる衝動すらを無視し、ただただ無表情な目で睨み返す。散々と言われているにも関わらず、ここまで自分が冷静さを保ち続けられているのは今回が初めてかもしれない。もしみさきが関わっていなかったら拳か、あるいは道路標識がとんでいるところだと自虐的に思う。
だが、工場の奥に止めてあった車の扉がガラリと開くと同時に、その全ての思考が頭から吹き飛んだ。
「おいおい、騒がしいじゃねーの。せっかく今からがお楽しみだってのによぉ」
「す、すいません!たった今、ヤツが来まして……」
「……お?」
車からゆったりとした動作で降りて来たのは「早くね?」とケラケラ笑う男の姿――いや、そいつの事なんて心底どーでもいいんだ。問題は、その"奥"。それは俺が何よりも誰よりも望んでいた、大好きな女の姿。
「……シズ、ちゃん?」
「! ……みさき!!」
それは俺が何よりも望んでいた、大好きな人の声。
みさきは一瞬不思議そうな表情を見せ、やがてハッと気を取り直すと扉が開いたタイミングを見計らって車から逃げ出そうと上身体を起こした。
「な、てめ……ッ!」
「やだ!離してよ!」
「じっとしてろって言ったろ!」
ボキリ、
刹那、何かが折れる音がした。それはいとも簡単に。
次に悲鳴。みさきの顔が一瞬歪んだかと思うと、男の触れていた腕の関節あたりに手を添えうずくまる。
――なにが、
――なにが、起きた?
「チッ、手間掛けさせやがって。大人しくしてろって言っただろうが」
「ま、これでしばらく抵抗できないっしょ」
「―――ッ!」
声が出なかった。すぐにみさきの元へと駆け寄ろうにも、いつの間に出て来たのだろう男達に両腕を捕らえられてしまう。
「離しやがれ……!」
「ダーメですぅ。とりあえずアンタには貸しがあるからな。ま、折角だし?今きっちり返させてもらうわ」
「だから俺は関係ねぇっつってんだろ!」
「はは!知ってんだぜ?アンタがあの情報屋とグルだって事くらい……よっと」
「!!」
カシャン、と小さな金属音に目を向けると、何処で用意したのだろう警察が犯人逮捕に用いる頑丈そうな金属製の手錠が俺の手首にガッチリとはめられていた。
いっその事このままこいつらを――駄目だ!みさきの目の前でそんな事……!
「さぁて、レッツ・ショータイムとイッときますかぁ?」
うずくまったみさきの腕を引き無理矢理立たせ、見せつけるようにみさきの顎に手をやり顔を上げさせる。ぐったりとしたみさきの瞳にはもはや何も映っておらず、もしかしたら俺の姿さえ見えていないのかもしれない。
そんなみさきの服に手を掛け男は気味の悪い笑みを浮かべたまま――一気に真下へと下ろした。急激な力を加えられた綿製の布が、跡形もなくビリビリに引き裂かれる。チラリと垣間見える肌に男達が喉を鳴らす。
――ああ、
――これはきっと悪い夢だ。
だんだんとエスカレートしていく男達の行動を遠目に俺は呆然とそう思った。ただの悪夢なのだと、そう思いたかった。
剥き出しになったみさきの白くて綺麗な肌に男達の汚い手が這う。1人が胸を、1人がヘソのあたりを、そして1人がスカートの中へと右手を侵入させていく。
「……や、だ……ッ」
みさきが小さく拒絶の言葉を紡ぐもまるでお構い無しとでも言うかのように、男がスカートの中で右手を小さく動かした。一瞬ビクリとみさきの身体が震える。
しばらくゴソゴソと探るような手つきをしていた男だったが、やがて的確な場所を掴んだとばかりに得意気に笑うと次の瞬間、ピチャリと何やらやらしい水音が俺の鼓膜へと響き渡った。
――おいおい、ちょっと待て。まじでシャレになんねぇぞ。
――あいつ……一体みさきに何をして……、
「やっぱ屈辱?もしかして好きな女が嫌がる顔とか見れちゃったりして、コーフンしてる?」
男が何を言っているのか、目の前で何が起きているのか、全てを把握しきるにはしばらくの時間を要した。
頭の中が真っ白になる。それでもピチャピチャと水音が途切れる事はなく、次第に快感に耐えきれなくなったのか内股の状態でみさきの身体が重力に任せてズルリと崩れ落ち、男達に支えられる形となる。先ほどの音はやはり、腕の骨を折られた音だったのか、変わらず続く男の愛撫から逃れようと肩を押し返すも腕に走る激痛と快感にみさきの表情が大きく歪んだ。
「ぁ……ッ」
「もう濡れ濡れじゃん。やっぱアイツに見られてるからってのもあるのかね」
「や……、触…な……ン!」
荒い息遣いで必死に言葉を紡ぎ、拒絶の言葉が次第に甘い喘ぎ声へと変わる。
――やめてくれ。俺以外の男の前で、俺だけの、俺しか知らない声を、顔を、
「……シ、ズちゃ……」
ふいにみさきの光を失った瞳が俺の姿を一瞬だけ映し、頬を赤く蒸気させた顔を向けて一言、ただ一言だけ懇願の言葉を吐き出した。
「み……ない、で……」
「ッ!!」
「で、どうなのよ?目の前で好きな女が無理矢理犯されそうな姿を見てるのは」
そこまで聞いて、俺の頭はやっとの事で状況を受理する。冷めた目で男を見る。
――ああ、そうだ。
――こいつら、殺さねぇと。
「あ?んだよ、その反抗的な目は!」
「………す」
「はぁ?聞こえねぇなぁ。もう一度はっきり……――
――……限界だった。
もう、我慢の限界なんてレベルじゃない。今まで懸命に蓋をしていた怒りが、憎悪が、全てが溢れ出す。
その溢れ出た感情全てを精一杯の力へと変換し、俺は手錠を引きちぎると男の顔面を思い切り殴った。手加減なんてしねぇ。無論、する気なんて毛頭ない。
しばらく男の身体は空中高くを舞い上がり、ほんの少しの沈黙の後ぐしゃりと嫌な音と共に顔面をひしゃげさせて工場の片隅へと落下した。
「な……ッ!あ、あの手錠……外国製の対極悪犯罪者用の手錠だったんじゃねーのかよ!」
「い、いや、間違いねぇって!だって昨日、通販でわざわざ外国から取り寄せて……!」
――あーあ、
――やっちまった。
たったその一撃が、周りの者の意識の中に恐怖を植え付けるには十分だという事を俺は既に知っていた。途端にあわてふためく男達の姿を一瞥し、静かに、それでいて確実にみさきの方へと進み寄る。
だけど悔いはない。このまま指くわえてみさきがヤられるのを見ているくらいなら、俺は……、俺は!!
「てめぇら、逃げんじゃねぇぞ……?」
「……ひっ!?」
ゆらり。自らの首を横に逸らしゴキリと鳴らす。
本当に久方ぶりだった。人を殴るのも、自分の大嫌いな暴力を使うのも、自分を見て恐怖の色を浮かべる奴の顔を見る事も。今思えば自分が穏やかな日常を過ごす事ができたのは間違いなくみさきのお陰だった。そのみさきの為ならば――俺は奴等のお望み通り『化け物』を演じてやろうじゃないか。始めから躊躇う必要なんて無かった。どうせ、行き着く先なんて鮮明と目に見えていたのに。
「今から1人残さず……ぶっ殺してやるからよぉ!」
右足で地を蹴り上げ大きく跳躍し――俺は、理性という名のストッパーを完全に投げ出した。ただ本能の赴くままに思う。こいつらを本気で殺す覚悟で、そして、みさきだけを守ろうと。みさきに手を出した事を死ぬほど本気で後悔させてやる。
その為に俺はここに来た。