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「……つー訳で」




つい先程まで何やらガヤガヤと話し合っていた男の1人が、右耳に携帯をあてがいながらこちらを見る。ニヤリと歪んだその顔を睨み返す。縄で拘束された両手は自由を奪われ、狭い車の中で私は唯一自由のきく首を動かして辺りを見回した。

運転席に1人、そしてバンの後ろは席を全て倒して小さな個室のような空間になっており、自分と周りには男達が5、6人顔をニヤつかせながら座っている。とてもじゃないが全員の隙をついて逃げ出せるような状況ではない。どうやらとんでもなく面倒な事に巻き込まれてしまったようだ。



――……はぁ、



思わず溜め息。あまりにも出来事が唐突過ぎる為、どこか現実味を失った頭を必死にフル回転させる。この男達の会話の端々に出てくる『平和島静雄』というのは、チャットで聞いたあの恐れられている平和島静雄の事なのだろうか。だとしたら私と彼の接点は果たして何なのだろうか。



「つーか、どうやって静雄呼び出すのよ」

「電話に決まってんだろ。直接行ったらぶん殴られて終わるっつの」

「で、呼び出してある程度ボコしたら情報屋の事も聞き出そうぜ。あいつらグルらしいからな」



――駄目だ。話の内容が全く理解できない!



心の中での切実な叫びも虚しく終わり、男達は着々と何らかの準備に取り掛かっている。金属バットやパイプ管を手に待ち――なんだこれ、今から乱闘でも始める気か。

「お、繋がった」と右耳に携帯をあてがった男が歓喜の声をあげると同時に、周りの連中も「まじで、まじで?」とやや興奮気味に群がり始めた。



「えー、平和島静雄さん?今ね、俺らアンタのとってもとっても大事な人を預かってまーす!――え?無事なのかって?いやぁー、それはアンタのこれからの態度によるんじゃないスか?」



下卑た笑いを含ませながら電話の向こう側にいるであろう『平和島静雄』に男が淡々と言葉を紡ぐ。時折私の方をチラリと視界の端で捕らえながら――しかし、肝心の会話の内容がここからじゃ全く聞き取れない。ただ、男の携帯に耳を押し当てて聞き耳を立てているうちの1人が「おもしれーこいつ、凄ぇまじじゃん」などというリアクションの言葉だけが耳に入る。「嘘じゃねーって、まじで。何だったら声聞くか?」と、いつか観た警察ドラマの誘拐犯みたいな台詞がふいに聞こえ、いよいよ他人事ではなくなった。

男の1人が近付いて来たかと思えば私の背後へと回り込み、ふいに両手で両胸を強引に鷲掴みにされる。



「ッ!ちょ……!」

「どうせならいい声出せよ?その方が色々と盛り上がるしさぁ」



携帯のマイク部分をこちらに向け「はい、どーぞ」と頬杖をつく男。そんな態度に心底苛立ちを感じながらも、強く両胸を揺さぶられる快感に思わず声を出しそうになる。慌てて口角をきつく結ぶも、その度に躍起になってゆく男の手の動きにとうとう声が漏れてしまった。



「……ぁ、…!」

「ぅお、喘いだ!」

「すげ、可愛いな、おい」



―――嫌だ嫌だ嫌だ!

感じたくないのに敏感な身体が素直に快感を感じ取ってしまう。時折胸の突起を撫でるような感覚にゾクゾクと鳥肌が立つ。



「ン……は、」

「つーか感じやすくね?もしかして、大人数に見られてコーフンしてんの?」

「ち、違……ぁ!」



「どうしよう、私、ヤバいのかなぁ」――なんて客観的に思いながら、頭の中ではこの前の出来事を思い起こしていた。シズちゃんに触られていた時は全然嫌じゃなかったのに、今はただ気持ち悪いだけで。

こんな時に考えるのがシズちゃんとの事だなんて。



♂♀




「ッ!ふざけんなッ!」



怒りに任せて電話を切った。



――何なんだよ、今の。



イタズラにしてはタチが悪すぎる。だからと言って放って置けるはずがない。聞き間違えるはずもない電話越しのあの声は、確かにみさきのものだった。

門田の話によると、みさきは街外れの今や使われなくなって廃虚と化した工場に連れて行かれたらしい。一刻も早く助けに行かなくてはならないのに躊躇してしまう自分がいた。もしかしたら自分の正体がバレてしまうかもしれない、と。いつも感じていた不安。だけど電話の向こう側から聞こえた――あのみさきの声が、俺以外の男の耳に、みさきが、俺以外の、男の視界に映る事すらが、



「……糞!」



一瞬でも自分の都合を優先させた自身が許せなかった。今しがたの苛立ちを全て自分自身へと向け直す。みさきだけは絶対に失いたくないと思っていたのに、今、みさきが危険な目に合っているのは自分のせいなのに、それなのに、俺は。

電源の切れた携帯をズボンのポケットの中へと押し込み、肺の中から空気を絞り出すようにして息を吐き。

そして、走った。後の事は何も考えていなかった。無謀だと思う。ただ、今は走らなくてはいけないと身体中の全細胞がそう告げた。思い切り走って、走って、走って、肩を度々ぶつけながら人混みを抜け、いつしか人通りの少ない薄暗い道を走り続けた。吐く息が白い。やがて見えてきた錆びた大きな扉に勢いよく手を掛け、何やら怒声をあげながら周りを囲む幾人もの青い服を来た男達に一切目も暮れず、ただ、ただ。



「みさき!」



みさきの無事を願って。










「……順調だねぇ、まるで怖いくらいに。単細胞は実に扱いやすい」

「……臨也さん」

「ああ、そうだ。ごめんごめん。君には今から"悪党に拐われる姫君"役を演じてもらわなきゃ。――大丈夫、きっと君のナイトが迎えに来てくれるさ。きっとね」

「本当?」

「ああ、君のナイトが――紀田正臣君の沙紀への想いさえ本物なら、自分の身を挺してでも助けに来てくれるよ」



「まあ、保証は出来ないけどね」

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テーマ「人外ファンタジー」
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