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その後気分は最悪で。
気分晴らしに池袋の街を歩いていると、偶然知り合いと目が合った。向こうも俺の存在に気が付いたらしく軽い調子で声を掛ける。
「よお、静雄」
「……えーと」
ほんの少し間を置いて「門田か?」と返すと、門田は「高校ん時の同級生の顔を忘れるんじゃねーよ」と苦笑した。
――門田京平。
来神学園の同級生。同じクラスになった事は何度かあるものの、当時あまり絡む機会はなかったと思う。
しかしながら同じ高校出身というのと新羅や臨也との関わりが深いというのも加えて、今はたまに会う度に少し話を交わしたりする。つまり、俺を怖がらない数少ない人間の1人な訳だ。
「久しぶりだな」
「お、おぅ」
そして、門田の後ろに隠れて俺の顔をジロジロと見る、瞳を輝かせたこの男女2人組は一体何者なんだ。
俺はその2人に面識があったかなと記憶を探り返してみる。が、咄嗟には思い浮かばない。人との付き合いが少ない俺の事だから検索しやすいだろうに。つまり、初対面なんだろう。「お前の連れか?」と遠慮がちに指差すと、門田が呆れたように溜め息を吐いた。
「ああ、悪ぃな。なんかこいつら、お前に興味あるみたいだわ」
「……俺?」
一体俺に何の興味があると言うのだろうか。怖がられるのならともかく、こうも期待のようなものが込められた瞳を向けられると正直こちらの反応に困る。
「いやー初めましてっす!」
「んんー、何だか2次元めいた香りがするねぇ」
「……に、じ」
「いやいやいやぁ、この人が例の平和島さんすかぁ!やっぱ人は見かけに寄らないんすね!」
「そんなもんっしょ。だってほら、『とらドラ!』の大河ちゃんなんて、それっぽいし。手乗りタイガーだし」
「ちっちゃいのに凶暴!てやつっすよねぇ。萌えっすよねぇ」
「……」
下手をすれば俺はこの時キレていたかもしれない。
だがしかし、この2人組が口々に「萌え」だの「燃え」(?)だの聞き慣れない単語を連発するもんだから、俺はすっかりキレるタイミングを逃してしまった。
「聞き流していいぞ。あとお前ら、少しは自重しろ」
「えー?だってせっかく池袋最強に……むぐっ、」
「池袋……さいきょー?」
「あ?あぁ、いや、何でもねーよ。それよりも静雄」
「?」
門田が何かを告げようとして――それを口を塞がれていた2人組が、口元を覆う門田の手を強引にべりっと引き剥がした事によって中断させられるハメとなる。
何だか面倒だと感じ始めた俺はそのまま帰ってしまおうかとさえ思い立ったけど大人しく次の展開を待つ。
「シズシズってさぁ、彼女さんいるんだよね?」
――…いや。やっぱり、ここは帰ってしまおうか。
「知ってるんすよー?聖なる夜、肩を寄せ合ってアパートへと向かう2人!あれ、静雄さんらしいっすよねぇ」
「ッ!?」
「んふ!やっぱり!私達ねーそんなシズシズに良いもの持って来たんだよー!」
――…俺に、彼女?
「シズシズって何だ」とか聞きたい事は山ほどあるがまずはそこだ。みさきか?いや、それ以外は考えられねぇ。しかし今日会ったばかりの筈のこいつらがどうしてみさきと俺の事を、
「目指せ!『みーまー』よりも甘々なバカップル!っすよー」
「私達も『カードゲーム研究会』という名の非公式部員だもんねー、勝手に」
「これで2人が手を握ったこともない……プラトニックな愛なんてものを育んでいたら、それこそ最高なんすけど」
「てな訳で、はいコレ」と女(狩沢というらしい)から清々しい顔で手渡されたそれは、いかにもな手作り感溢れるカードの束。……の割には造りが妙に凝っている。ご丁寧に取り扱い説明書まで頂いた。
両手にカードやら、やけに分厚い取り扱い説明書を持ち、気を取り直すように門田の方を振り返る。「すまん」と小さく門田が謝る。
「いや、よく分かんねーけど、何か貰った訳だし。別に構わないんだけどよ」
「お前は貰えれば何でもいいのか。……まぁ、今はいい。それよりも俺が話したい事ってのは、」
どうやら奇妙な2人組はとりあえず満足したらしい。一体何がしたかったんだ。
しかし門田が携帯を開き、あるメールの文面を俺に見せてきた事で何とも言えない緊張感に包まれた。
「……なんだよ、これ」
そこに書かれてあったのは俺がクリスマス・イヴの夜に女連れで久々にアパートに戻って来たという報せ。
そしていつの間に盗撮されていたのだろう。メール画面をスクロールさせると、そこには俺とみさきだと思われる男女の姿が映った写真が添付されていたのだ。
嫌な汗が背筋を流れる。
「……お前も、絡んでたのかよ」
「正確には俺らが属するグループが、な。最近知った事だが、どうやら俺らのグループの一部がお前を追っているらしいな」
頭の中がぐるぐるする。
それでも門田の話は続く。
「急にお前の行方が掴めなくなったらしい。それでしばらくお前の動きを伺っていたらしいんだが……」
そこで一旦話を止め、キレていやしないかとチラリと俺の顔色を伺う。
しかしどうした訳か、肝心の俺の頭の中はやけに冷静なままだった。先を促す。
「大丈夫だ、門田。……続けてくれ」
「……そこでアイツら、お前を誘き寄せる為に…――
次の瞬間俺は走っていた。
――馬鹿野郎!どうして思い付かなかったんだ!
――みさきが狙われるかもしれないなんて事を……!
自分の馬鹿さ加減に腹が立つ。話によるとイヴの夜、俺の事を追うヤツらの1人が俺が帰って来る可能性を図りアパートに予め見張りを立てていたらしいのだ。
甘かった。1日くらいなら戻っても問題ないだろうと――浅はかな自分の考えが今は憎くて堪らない。
「お前……一体何をしたんだ?俺らのリーダーは随分と躍起になってお前の事を追っている」
先程の会話が脳裏に蘇る。結果的に、俺のせいでヤツ等の狙いの矛先がみさきへと向かってしまったらしい。門田は「恐らく囮の為だろう」と言っていた。
信じたくはねぇが……仮に門田の言った事が本当だったとしたら、もしかしたらみさきは今頃危険な目に合っているんじゃないか。
「違ぇよ。俺は臨也のヤツにハメられて……!」
「臨也?……ああ、やっぱりそういう事か。おかしいと思ってはいたんだ。お前がわざわざ面倒なのを相手にするとは考えられねぇ」
イライライラ、
最近の臨也の行動がたまらなくイラつく。姿を見せないかと思いきや、俺のすぐ近くで時折その臭いを辺りに漂わせていやがる。
「しかし、だからと言って全く関係のない女にまで手を出そうとするなんて……ああ、このグループも堕ちたもんだ」
「……」
何も言えずに黙りこくる俺を前に、門田は眉をひそめながらその名を口にした。
俺の行方を追っているという、そのグループの名を、
「……ブルー・スクウェアつーんだ。俺らのグループ」
「この青色を身に付けた、所謂カラーギャングさ」