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「俺、久々に夢見たんだけどさ」



唐突に呟かれたシズちゃんのその一言に私はやけに過剰に反応してしまった。

剥いていた最中の小さな甘栗が、右手からポロリと溢れ落ちる。



「多分、初夢……だったと思う」

「へ、へぇ」



いかんいかん動揺するな。

あんな夢を見てしまった手前、正直あまり触れたくない話題だ。適当に相槌を打った後平然とした態度で甘栗を拾い上げ、再び固い皮剥きに没頭し始める。

「初夢は正夢になるのかなぁ」なんて子どもじみた事を言いながらシズちゃんが尚も言葉を続ける。



「なんか、凄ぇ幸せな夢だったような気がする」



「だけどなかなか思い出せないんだよなぁ」――と小さくぼやいてから、それからシズちゃんは両腕を組んで典型的な考え込むポーズを取った。

夢の内容を起きた瞬間に忘れるというのはよくある現象だと聞く。だけど、よりによって忘れたい内容を私はどうしてこうも鮮明に覚えているのだろう。



――なんか、まともにシズちゃんの顔見れないかも。



とにかく今の話題から離れたくて私は話を切り替えてみた。ほんの少し、愚痴を溢してみようと思ったのだ。別に今更責め立てようだなんて考えはさらさら無かったけれど。



「それよりもさぁ、シズちゃん」

「ん?」

「昨日酔っ払って帰って来た事、覚えてる?」

「……え、」

「もう大変だったんだからね!夕飯作ってたのに中断させられちゃうし、シズちゃんはシズちゃんで……」

「ちょ……ッ、ちょい待て!」



慌てるように私の言葉を遮るシズちゃん。急な出来事に思わず目を丸くする。

視線が合う。いつの間にか顔が赤い。バツが悪そうに目を背けられる。

――……嫌な予感。



「……な、んでそんな……顔赤くしてんの……」

「ゆ、……夢じゃ、なかったのか?……俺、酒を飲んだ後の記憶がすげぇ曖昧で……てっきりその後の事は夢だと思っていたから……というか、酒を飲んだ事すら夢なんじゃないかと思ってて」

「!」

「だから、その……欲に任せて、色々と……」

「……は、」



たどたどしく言葉を紡ぐシズちゃんの実に解りやすい反応が、自分が夢だと思い込んでいた出来事が全て現実のものであったという事実を確信させるのには十分過ぎた。

軽く愚痴るだけだったはずが、とんでもない地雷を私は自ら、よりによってこのタイミングでうっかりと踏んでしまったらしい。

自爆どころか、木端微塵――



「……て、ええ!?」

「いや、だって、寒い中頑張って甘酒配ってる身にもなってみろよ。ただでさえ寒くて大変なのに差し出した甘酒を受け取ってもらえねぇってのは、あまりにも酷い話だと思わねぇか?」

「(という事は……あれは全部本当に起こった事だったって訳で……)」

「正直酒は好きじゃねぇけどよ、『どうぞ』って満面の笑みで渡されちゃあ、もう飲むしかねーだろ。相手にも悪ぃし!」

「いや、そこじゃなくて!」



違う。私が言いたいところはそこじゃない。問題は別にある。



「だ、だって……!私……!」



今だに鮮明に蘇るあの光景。真上にあったシズちゃんの顔がやけに色っぽかったとか、手つきが何だか艶やかだったとか。

思い出すだけで頬が熱くなるのを感じ、それを誤魔化すかのように両手で頬を包み込む。冷え込んでいるせいか冷たくなった指先にその熱はやけに熱く感じた。



「……ごめん」



まるで頭から湯気が出ていてもおかしくないくらいに顔を紅潮させたシズちゃんが申し訳なさそうに頬を掻く。

一方私はと言うと何も言葉が出ないまま――ただ羞恥だけが蓄積されていく。



「……」

「で、でも、最後までシてねぇし……俺だって酔っ払ってたから思考回路が……」

「なッ……!」



ずるいよ、ずるい。せっかく人が「あれは夢だった」で終わらせようとしていた事を、今になって掘り起こすなんて。

ていうか、昨日の雰囲気は、本当に本当にヤバかった。多分、私とシズちゃんが途中で寝てしまっていなかったら、未遂なんてものじゃ済まなかっただろう。多分、最後までヤっていた。それ以前に、私がその気になっていた。死ぬくらいに恥ずかしかったはずなのに、気持ちいいだなんて、



「よ、酔っ払ってたからって……!じゃあシズちゃんはお酒を理由にする訳だ。酔っ払ってたら何をしても許されるんだ」

「そこまでは言ってねーよ。けど、だったらみさきも俺の気持ちを考えてくれても……」

「じゃあシズちゃんの気持ちって何?言ってみてよ!」



「……は?」シズちゃんがすっとんきょうな声を上げる。「えー」としばらく声を濁して再び……「は?」



「……なに?」

「あ……(いや、確かにみさきが鈍感な事くらいは知っているが)……まじ?」

「だから、何が」

「気付いてねーの?」

「は?」



「何が」――そう、つまり私はそこをシズちゃんに問い掛けている訳だ。

シズちゃんと同じように訊き返す。少しの沈黙。雰囲気と話題が時間に流されるのを待って、それからシズちゃんは話を進めてきた。



「俺は、嫌いな奴にキスはしない」



そりゃ正論だ。頷くと同時に、1つの疑問が頭に浮かぶ。幾度となくシズちゃんと、まぁ……キスをしてきた私は、シズちゃんが好きだという事なのだろうか。

嫌いなら『しない』。好きなら『する』。今までシズちゃんをどう思っているのか悩み続けてきた自分を馬鹿らしくも思いながら、こんなにも単純明快な事にすら今だに素朴なハテナが頭に浮かんだ。



「それじゃあ、私はシズちゃんの事が、好きなのかなあ」



シズちゃんはそんな私の言葉に驚いたように反応し、それからポリポリと頭を掻いた。



「俺は、面倒な事は嫌いだからよ。すぐに何でも2つに分けちまうんだよ。例えば『ムカつく奴』か、『ムカつかない奴』」

「……」

「だから人の事を『好き』だとか『嫌い』だとか直感的に感じちまう訳だ」



随分とシンプルな考えだ、と、心の中では思いつつも口にはしない。ただ、シズちゃんの言葉に静かに耳を傾ける。



「つまり、物事は全部2つに分けられると思うんだよ。俺は」



ああ、なるほど。つまり「『嫌いじゃないけど好きじゃない』って考えが1番面倒臭いね」って訳か。

そう考えてしまえば、何て簡単な事だろう。



「そうか」



私は、ずっと前からシズちゃんの事が好きだったんだ。他人事のように、そう思った。物凄く、今更だけど。

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