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今夜の夕飯は何にしよう?そう思い立ってはインターネットで美味しそうな料理を調べてみたりスーパーの食材売場で色々と頭を悩ませてみたり、気付いたらそれが日課になっていた。もし私が独り暮らしをしていたら疎かになってしまいがちな食生活も、一緒に暮らす人がいるからこそ気を使う事が出来るのかもしれない。しかし新年明けて早々というものは買い出しに行っていないのもあって、更に頭を悩ます事となった。

食品庫をごそごそと漁っているうちに、物持ちがいいからと多めに購入していたカレールーの素を発見。野菜庫には玉ねぎに人参、そしてじゃがいも。送られてきたりんごはまだたくさん残っているし、その程好い自然な甘味が極上の隠し味になってくれるだろう。私もシズちゃんもカレーは大好物で、特にシズちゃんに関しては「そもそもカレーが嫌いな人間なんているのか」とまで口にする程だ。



「(! シズちゃん)」



丁度カレーに入れる具材の支度をしている最中に事件は起こる。玄関からガタンと小さな物音。野菜を刻んでいた手を一旦止め、おかえりと声を掛けるも反応はない。何だか様子がおかしいと思い、手を洗ってから玄関に向かってみると、そこには気だるそうに前髪を掻き上げたシズちゃんが俯いた状態で立っていた。

時間帯の関係もあり、既に薄暗い玄関では彼の表情がよく見えない。近寄って再度声を掛ける。するとシズちゃんは色のない瞳に私の姿を映すなり、突然ガバリと抱き着いてきたのだ。



「ちょ……!シズちゃん、なんか熱くない!?」



慌てて引き離そうと彼の肩に手を置くが、ぴったりと密着した身体が熱を持っている事に気付く。もしかしたら熱があるのではないかと訊ねると、シズちゃんは頼りなさげににへらと笑いながら大丈夫だからと連呼した。正直な話、全然大丈夫そうには見えない。そういえば顔も心なしか赤い。



――……あれ?

――熱く……、ない。



心配になった私は額に手を当ててみたものの、やはり異常はなかった。そういえば微かにお酒の臭いが――



「! もしかして、お酒飲んだでしょ!」

「……昨日初詣行った神社の近く、通ったら……身体が温まるからって……」



覚束ない調子で、途切れ途切れに言葉を紡ぐシズちゃん。そこまで聞くと、神社の巫女らがその周辺で甘酒を無料で配布していた事を思い出した。甘酒とは米の飯と米麹を混ぜ合わせた甘い飲み物の事である。ちなみに飲んだ事はない。まだ未成年であるが故に『酒』と名のつくものには手が出しにくいのだ。



「(甘酒って、酔っ払うものだったっけ……)」

「あー……なんか、いーにおいする……」

「え、夜ご飯まだできてないけど」

「違ぇよ、みさきが」

「……は?」



思わず裏返った声で訊き返すと、シズちゃんは相変わらずとろんとした表情で、



「美味しそう」



そう、ただその一言。



「え、あ、あの……その考え方は多分、間違っているかと……?」

「んー……」

「と、とりあえず離し……!」

「食っていいか?」



慌ててシズちゃんから離れようとはするものの、そんな私の言葉はシズちゃんの声によって強制的に中断させられる。やばい、このままだと食べられる。脳からの至急緊急シグナル発生。



「え……だ、駄目駄目駄目!絶ッッ対駄目!私なんか絶対美味しくないもん!」



話が全く通じていない。駄目だ、ただの酔っ払いのようだ。そもそもビールを樽1つ丸々浴びるように飲んでいる訳でもなければ、ジョッキ1杯分に値する量すら飲んでいないだろうに。

道端で配る甘酒なんてせいぜい杯1杯程度じゃあ。それ以前にシズちゃんお酒苦手って言ってたような――



「はは。馬鹿だなぁ、みさきは」



そんなんじゃねぇよと笑うシズちゃん。今度はいきなり馬鹿呼ばわりだ。これでは飲み会帰りに道端をフラついてる世のサラリーマン集団よりも、余程タチが悪いではないか。アルコール分を摂取すると人格が変わってしまう人も中にはいると聞いた事はあるが、まさかここまで扱いづらいとは思いもよらず。



「わ……ッ!」



まるでヒョイッなんて効果音が相応しい程にシズちゃんは軽々しく私の身体を自身の元へ引き寄せると、右手で身体を、左手で足を抱える形で抱き上げた。これを俗に『お姫様だっこ』なんて言ったりもする訳で。



「もう!いい加減、は な し て!」



手足をばたつかせて必死に抵抗するもののシズちゃんの力が緩む事はなく、肝心の本人は私の言葉に聞く耳を一切持ってはくれない。

むしろ逃げられないように捕まえられてしまい、気付けばシズちゃんの足は部屋の奥へと向かっていた。



「痛ッ!」



どさり、とソファに荒々しく降ろされる。ヤバい。冗談抜きでホントにホントにヤバいのかもしれない。

そんな私の緊迫とした心情なんてお構い無しに、シズちゃんは確実に私との距離をじりじりと狭めてくる。



「ね、ねぇ。シズちゃん」



――ああ、どうしよう。

――今の私の声、少し震えてたかも。



「酔っ払ってる、よね?」

「あ?別に、酔っ払ってなんか……」

「(ああ!完璧に目が据わってる!)」



いつだか何処かで聞いた事がある。

人はお酒に酔っている時性欲が強くなるらしい、と。



「(そういう現状、何て言うんだっけな……)」



現実逃避。現実逃避。

だけれど今私の目の前に迫り寄っている現実は、あまりにも逃避するには近過ぎて。ガシリと右手首を掴まれる。反射的に「痛ッ」と口から漏れる声は痛覚に対する為のもの。同時にこの間シズちゃんに付けられた痣がズキズキと疼いた。どうにもこの痣はもうしばらく消えてくれそうもない。



「……ん」

「…、……!」



ソファに身体を押し付けられる。次に口にぬるり、とした感触を覚え、息苦しさから私はとうとう考える事を手放してしまった。

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