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クリスマスなんて雰囲気は瞬く間に消え去り、気付いたら正月に向けての準備が街中でちらほら見られるようになった。例えば店前には門松が置かれたり福袋の宣伝が行われたり、街中はクリスマスの洋風じみた雰囲気と打って変わって和風な雰囲気に包まれてゆく。

そして早くも大晦日――



「お、もうこんな時間か」

「ん?」

「紅白、もう始まってると思うけど。見るか?」



リモコンを片手にそう訊ねるとみさきは身体をコタツに埋めたまま小さくコクリと頷いた。あ、紅白も良いけどあれもいいなと年末の某お笑い番組の存在を思い出す。なんつったっけ?ほら、笑ってはいけないとか言うヤツ、バラエティー。

正月といえばお年玉に年越し蕎麦、子供にとっては楽しい行事でいっぱいだ。夜更かしを許されなかった子供時代は、夜更かしが正当化される数少ない記念日としてやけにはしゃいでいたのを思い出す。そういえばあの頃は歌番組を取るかバラエティを取るか、テレビのチャンネルをどちらにするか幽と喧嘩した事もあった。結局親の仲裁によるじゃんけんで決め、早々と1発目で負けてしまった俺は年越し蕎麦がゆで上がるまで端でいじけていたっけ。



「シズちゃん、そこのりんご適当に取って」

「……りんご?普通コタツにはみかんだろ」



俺も今やお年玉を貰えるような歳ではなくなってしまった訳で。同時にこれまでの年月を再確認しつつ、俺はリモコンをテレビに向けるとチャンネルを回した。

今だにアナログのままのテレビに、紅白の晴々しい舞台が画面いっぱいにパッと映し出される。リンゴなんてあったっけか、と訊ねるとみさきは玄関の方を指差して言った。「あそこに」



「玄関?」

「ん、この前たくさん送られて来たの」

「どこから」

「親の実家から」

「へえ、東北なのか?」

「うん。おじいちゃんがね、りんご育ててるの」



ああ、そういえばやけに大きな段ボール箱が2つ程玄関横に積まれて置いてあった気がする。コタツのぽかぽかとした温もりからやっとの事で抜け出して、箱の中を覗き見る。真っ赤に熟されたりんごがたくさん。

適当に美味しそうなりんごを2つ渡すと、みさきは器用にそれを剥いてみせた。



「器用なんだな」

「まぁね。これでも家庭科は5だったんだから」

「! (……俺、家庭科2だった)」



もう1度コタツに身体を埋め、無言のままみさきがりんごを剥く様子をじっと見詰める。俺の視線に気が付いたのかみさきがほんの少し笑いながらこう言った。



「紅白見ないの?ほら、なんかアイドル歌ってるし」

「別に。つーかなんでアイドルに反応するんだよ」

「だって男の人ってアイドル好きでしょ?やっぱ可愛いし、目の保養みたいな」



ほんの少し間を置いてから「別に」と同じ言葉を反復させる。何となくみさきの言葉にむっとして、俺はコタツのテーブルに両腕を置いて突っ伏した。そんな俺の行動の意味にみさきは相変わらず気が付かない。つくづく思うが、鈍感な奴。

みさきが自ずと俺の気持ちに気付く事はあるのだろうか、きっと一生気付かずに終わる気がしてならない。



「やっぱ可愛いよねえ。うわ、足細ッ」

「(みさきのが可愛い)」

「あ、次の白組はジャニーズっぽいよ」

「……ふぅん」



テレビの中のアイドルにまで嫉妬してしまうのは俺の心が狭いからだろうか。テレビに視線を向けたまま動きを止めてしまったみさきに、俺は一旦コタツから這い出ると背後から抱き着いた。最近学んだ事だが、この抱き着き方が1番みさきと密着できて1番好きだ。

みさきの身体はいとも簡単に包み込んでしまえて、俺の力ではきっと簡単に壊せてしまうだろう。俺よりもか細い身体、俺よりも小さな身体……だけどみさきの心は俺なんかよりも真白で純粋で温かい。だからこそこんな時でも疚しい事を考えてしまう自分がどうしようもなく嫌になる、それでもみさきと一緒にいたいと都合よく願ってしまう。



「……包丁、危ないよ?」

「今さっき止まってたじゃんかよ」



――俺以外の、男を見て。



「……機嫌悪い?」

「………」

「もう、しょうがないなあ」



そう言ってみさきは再びりんごを剥き出したかと思うと突然それを口に突っ込んできた。いきなりの事に噎せ返る俺、よく見るとそれは可愛らしいうさぎの形をしたりんごだった。1口だけかじり、手に取ってそれを見る。器用なみさきが剥いたりんごはとても綺麗で一層栄えて見えた。自分が中学生の頃の家庭科実習の時間に剥いたデコボコのりんごを思い出す、比べてしまえば正しく雲泥の差だ。



「……うさぎ?」

「可愛いでしょ」

「や、可愛いけどさ。なんか、食べるの勿体無いな」



昔――とは言っても俺が本当に小さな幼稚園児くらいの頃に、お袋が作ってくれた弁当をふと思い出す。冬の時期になると必ず、小さな弁当箱の中にはうさぎの形をしたりんごが入っていたっけ。そんな昔の事をポツリと話すとみさきが「へぇ!」と相槌を打った。



「お母さんといえば、シズちゃんは実家に帰らなくていいの?」

「まあ、ここから結構近いし、帰ろうと思えばすぐにでも帰れるしさ。今度ちゃんと帰ろうとは考えてる」

「そっか」



全てのりんごが剥き終わった。皿の上に盛られたりんごを1つ、みさきが手に取って口に運ぶ。シャリ、と美味しそうな水々しい音。



「美味しいね」

「ん、甘ぇな」

「たくさんあるから、今度一緒にりんご使ったお菓子作ろうよ」

「いいな、それ」



時計へと目を向ける。今年も残すところ数時間弱――



「あ、初詣行きたい」

「初詣って……近くの神社にか?」

「うん。だって今から支度したら遠くには行けないでしょ」

「(やっぱ変装して行った方がいいよな)」

「初日の出、見れるといいね」

「だな(何着て行こう)」



手持ちにほぼバーテン服しか持っていない事に気が付いた俺は小さくため息を吐いた。駄目だな、こういう時の為に今度たくさんバーテン服以外の私服も買っておかないと。年始に福袋でも適当に買ってみようか。



「私、着物着て行こう。他に着て行く機会ないし」

「!(着物……!)」

「ちょっと着物探してくるね。確か、まだ段ボールの奥の方に入ったままだと思うから」

「(着物……、みさきの着物姿……)」



ああ、もうすぐ年明けだ。

紅白の締めくくりのメドレーなんかを聞きながら、ほんの少し物寂しい感情に浸ってみた。今年はみさきと出逢う事の出来た最高の1年。どうか来年度も幸せな1年となりますように――





A Happy happy New Year !!

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