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「あ」



肌に感じる冷たい感覚、雨だ。ポツリと独り言のように呟いた言葉は己の虚無感を更に増しただけだった。

時間が経つほどに身体に溜まっていく気だるさ。それを吐き出すように盛大な溜め息を吐くと、急激に耳に入ってくる都会の雑踏の音。やはり都会。雨の日であるにも関わらず、たくさん人間の気配を感じられた。



「(疲れたなあ……)」



厚い雲が空を覆って今にも泣き出しそうだ。過ぎ行く人々もどこか早足に歩いて行く。ぽつん、と鼻先に水の感覚。見上げれば灰色の雲からぽつぽつと零れ始めた雨。早送りにしたように次々と流れていく人並み。

昨夜、天気予報のお姉さんは確かに晴れるって断言してたのに。もう天気予報なんて絶対に信じてやるもんか、なんて人生何度目かの同じ決意。これからは(とうに後の祭りなのだが)折り畳み傘を常に持ち歩くことを心に決め、私は出来るだけ直に雨が当たらない場所を選んで歩いた。目の前に広がる小さな水溜まりを軽くひょいと避けながら。



「(天気予報はハズれちゃったけど……、)」

「(朝の占いの方も当たらなかったなあ)」



今朝のランキングが頭を過る。そういえば私、ランキング総合1位だったっけ。



『波乱万丈な1日になる予感!今日の出逢いが人生においてかけがえのない出来事となるでしょう!』

「(波乱万丈、ねぇ。何だそれ)」



普段は占いなんか信じないけど都合の良い時だけ信じる私。つくづく都合の良い女。だけど人間なんてそんなもん。悪い結果ばかりを鵜呑みにしていたら人生やっていけないわよなんて思ってしまうあたり、私はいい意味では前向きなのだろう。悪く言えば開き直り。



「(……まあ、今は何でも良いやぁ)」

「(とりあえず早く帰って早く寝よう)」



自分のやるべき大量の課題は頭の隅に押しやって、ここ最近寝不足気味な私の体はもうじきピークを迎えようとしていた。そんな私の事なんかお構い無しに雨は止まる事を知らない。……というより、寧ろ時間が経つにつれ強くなってきた。

どうしようか、と、どこか他人事のように思った瞬間ふと耳に届いた怒鳴り声。



「いたぞ!こっちだ!」

「……?」



バタバタと人の駆ける音は離れていても振動すら感じる。雨が本降りになった今でもここまで耳に届くのだから、きっとよほどの大人数が足並み揃えてジョギング中なのだろう。雨の中。



「(あれほどの人数で追っているって事は……余程前科のある凶悪犯が脱獄したのか、)」

「(それとも動物園からライオンが脱走した、とか?……なんてね)」



そんな冗談めいた想像の数々。それでも真実をこの目で確かめようと、敢えて自分から近付く事は決してしない。『触らぬ神に祟りなし』この言葉を常に私は肝に命じて生きている。普通に平和に平凡に――そうやって生きていくことが、私にとっての最高の至福であり望みでもあるのだから。そんな人生に不満がないと言ったら嘘になる。毎日の代わり映えのない日常にほんの少しの退屈感。漫画も好きだし本も好き、所謂現実にはないような2次元的な空間をも好む。同時にそんな世界観に憧れを抱いたりもした。ただ、そんな非日常的な世界観を傍観する側にいたかっただけ。今までずっと、そう思ってた。

自分はこれからも変わりない人生を辿って行くんだって、そんな楽観的な考え方はこの日を境に180度ぐるりと余儀なく変わった。今まで16年間培ってきた私の日常が、アグレッシブに塗り変えられてゆく――

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