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静寂に包まれた夜の校舎。

屋上への上り階段を登る私とシズちゃんの足音だけが辺り周辺に響いていた。カツンカツンと1段毎に響き渡る靴の音。このやけに静まり返った放課後の校舎が私は酷く苦手だった。それは教室に置き忘れた忘れ物を1人で取りに来たりする際に実感する。足の歩みよりも少し遅れて鼓膜に響く足音が自分のものではないような気がして、それが無性に怖かったのだ。しかし今辺りに響き渡る足音は2人分、私とシズちゃんの分。自分1人でない事を実感出来て何処か心強かった。



「懐かしいなあ、屋上にはよく来てたよ」



シズちゃんが過去を懐かしむように、すぅ…ッと目を細める。そういえば私が屋上に行くのはこれが初めてかもしれない。確かに生徒の中には昼休みになるとお弁当を持って屋上に向かう者もいるが、私はいつも昼食は教室で済ませている。



「私、屋上行くの初めて」

「そうなのか?俺は結構行ったけどな、屋上」



天気の良い日なんかは日向ぼっこに最適な場所だったと笑うシズちゃん。話を聞くと、当時は人が集まりそうで案外穴場スポットだったりさたらしい。シズちゃんと学校の話題で盛り上がるのは何だかとても新鮮だった。いつもバーテン服を纏って仕事に向かうシズちゃんにも、来神学園の制服を着て机に向かって勉強していた時期があったんだ。

無断で夜の校舎に立ち入る事への罪悪感は、階段の段を登ってゆくごとに徐々に薄れていった。そんな事よりも今の私は期待に胸を膨らませていた。何があるのだろうという期待感と、それとは違う別の何か。名前を呼ぶ彼の声を合図に顔を上げると、目の前にはほんの少し錆びれた扉が埃を纏い待っていた。まるで……そこだけ3年前から時間が経っていないかのような。





「わぁ……ッ!」



扉の先に広がる景色。そこは池袋の街並みを一望できる、夜景を見るには最高の絶景スポットだった。夜空を飾る満天の星、街を飾る色とりどりのイルミネーション。まるでそこから見れる景色全てが小さなミニチュアのようだ。それらは間近で目にするよりも栄えて見えとてつもなく美しい。

私は思わず屋上の端まで駆け寄ると、錆びれた手すりに両手をつき、感動のあまりにその身を乗り上げる。



「すご……屋上がこんなに絶景だったなんて……」

「本当は色々な場所に連れて行きたかったんだが……ほら、ヤツらが追って来るわで街ん中ウロつく訳にもいかねぇし、時間ももう遅かったからさ。だから1番近い此処が良いかな、て。……悪ぃな、かなり近場で済ませちまって」



不安げに嫌だったか?と顔を覗き込んで訊ねるシズちゃんに私は全力で首を振った。嫌なはずがない、だってこんなに素敵な景色を見せてくれたのだ。多分、今までの人生で見て来た景色の中で1番綺麗だと思う。

景色にすっかりと見入っている私の横で、シズちゃんはバーテン服の上に羽織っていたコートのポケットから何やら小さな包みを取り出すと、すっと私の方へと差し出した。赤いリボンの装飾が施された可愛らしいピンク色の小箱だ。手渡された小さな箱を両手で受け取り、促されるままにその小箱を開ける。途端にキラリと小さな輝きを放つそれは見る者に雪の結晶を思わせる水色のダイヤだった。



「! これって、もしかして……」

「俺の独断で選んだものだから、みさきが気に入るかどうかは自信ねぇけど」



この前学校帰りに友達と立ち読みしたファッション雑誌のクリスマス特集を思い出す。友達が「これ欲しいんだよねぇ」とぼやきながら指差したそれは、確かクリスマス限定の人気商品らしく、決して普通の女子高校生が買えるような品物ではなかった。もし私の記憶が正しいのなら今持っているこのネックレスこそがまさしくそれであり、値段もかなり高値だったはず――



「やるよ」

「えッ!?悪いよ、こんな高そうなやつ……!」

「この間給料入ったばっかだし、大丈夫だっての」

「……でも、これって万単位、だよね?」

「気にすんなって。俺があげたかっただけだし、いつも世話になってる礼も兼ねてるんだからさ」



シズちゃんが優しく私の頭をポンポンする。シズちゃんはずるい。綺麗な夜景にプレゼントなんて――



「……ぅ、」

「!?(泣いた!?)」



きっと少女漫画の読み過ぎだよシズちゃん。こんな使い古されたようなプレゼントの渡し方、今時ないだろうと思ってた。それなのに実際にこうも体験してみると、あまりの嬉しさに涙が出た。きっと彼の事だからたくさん悩んで、これを買うまでの道のりも長かった事だろう。嬉しくて泣くなんて初めてだ。しかしシズちゃんは私の涙を違う意味合いに取ったらしく、慌てて再度私の顔を覗き込む。



「ど、どうした?泣くほど嫌だったのか?」



違うよ、その逆だよ。

そう言ってやるとシズちゃんは暫くぽかんとしたまま私を見、やがてその口元を綻ばすと触れるだけのキスをした。不意打ちだ。



「お返し、貰ったって良いよな?」

「……ばか、私だってちゃんとシズちゃんにプレゼント買って来たんだから……!」

「ま、まじか!?」



心底嬉しそうに無邪気な笑みを浮かべるシズちゃんが素直に可愛いと思った。どうしてだろう。笑っている彼を見ると、不思議と私まで嬉しくなってしまう。今だって凍えてしまいそうな程に寒いのに、何故か身体の芯はポカポカと温かい。

その後お互い何も口にせずに、ただ黙って静かに夜景を眺める。都会で忙しなく流れる時間の焦燥も今だけは全て忘れ去って。とても和やかな雰囲気の中、私達は幸せな時間を過ごした。

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テーマ「人外ファンタジー」
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