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今朝8時に目が覚めて、携帯電話を開いてみると画面右上には【12月24日】と表示されていた。可笑しな話だ。キリスト教信者でもないくせにクリスマスだとかいう行事はある。自慢ではないが、俺は今まで1度だって神を信じた事はない。
馬鹿馬鹿しい――頭ではそう思っているのに、現に女物のアクセサリーショップのショーウィンドゥの前で腕組みしながら考え込んでいる今の俺は、周りの目にどう映っているのだろう。
「彼女様への贈り物ですか?」
ニコニコと営業スマイルを顔に張り付かせて、店の中から出て来た女のショップ店員。思わず逃げてしまいそうになって思い止まる。
どうして俺はこんなにも人目を気にしているのだ。今から盗みに入ろうとしている訳でもないし、何1つ疚しい事はないじゃないか。
「お客様、昨日もここで悩んでいらっしゃいましたよね」
「ッ!!?(バレてたのか……!)」
「よろしければ、中もどうぞ」
やっぱり普段のバーテン服じゃなくて私服で来るべきだっただろうか、と何処かズレた視点でそんな事を思いつつ。実はクリスマスという絶好の機会に俺はある1つの決意をしていた。そこでみさきへのプレゼントは何にしようかと散々悩むあまりに、結局こうしてクリスマス当日を迎えてしまった訳なのだが――
「(どうぞ、て……)」
――……入りにくい。
――物凄く入りにくい。
店のど真ん中にピンクのクマの巨大ぬいぐるみがででんと置いてあるような――こんな可愛らしい店の中に野郎1人で入れ、と。いや、実はクマのぬいぐるみはそんなに嫌いじゃあない。
「まあ、少しの間の辛抱だし、な」
妙な羞恥心を感じながらも俺はショップ店員に誘われるがままに、いかにも女向けの雰囲気を醸し出すその店の中へと入って行った。他人の目に今の俺は、まさしく合成写真のように映っている事だろう。金髪のバーテンダーが可愛らしいぬいぐるみに囲まれているなんて、第三者から見れば明らかにミスマッチ過ぎる。
簡単な事だ、すぐに見てすぐに買ってしまえばいいのだ。そんな決意を胸に秘めて、ついでにみさきに1通のメールを送っておいた。
♂♀
とあるチャットルーム
・
・
・
[ええ]
[またまた、そんな物騒な事を]
《もう、本当ですよう!》
《酷いじゃないですか!私の言う事が信じられないなんて!》
[だって、甘楽さんには前例があるじゃないですか]
《前例?》
[ほら、平和島静雄が警察に追われているって]
[もしもそれが本当だったなら、現時点で捕まっていないのはおかしくないですか?]
《それは、証拠不十分ってヤツですよー》
《ほら、さすがに有力な証拠がない限り、警察もむやみに逮捕できませんからねえ》
《例えそれが人外だろうと、化け物だろうと》
[へぇ]
《ま、証拠が見つかり次第じゃないですかー?》
[それでは、仮に甘楽さんのさっき言った事が正しいとして……]
[どうしてこの時期に平和島静雄が、その、不良グループに追われる理由があるんですかね?]
《さあ?》
《もしかしたら今頃追われているかもしれませんねえ》
[なんて他人事な]
田中太郎さんが入室されました
《あ》
[?]
[新人、さん?]
【初めまして】
【ええと、管理人が甘楽さんのチャットルームで間違いありませんか?】
《はいはーい!甘楽ちゃんだよー☆》
[いつもに増してテンション高いですねw]
[ええと、2人はリアルで知り合い?]
【いえ】
【この前チャットのお誘いを頂きまして……】
【田中太郎です。よろしくお願いします】
[へぇ、よろしくね]
[それにしても、随分とありきたりな名前を……]
【あ、これですね】
【実名が割りと珍しい名前なので、チャット名は逆にと思ってw】
[なるほどw]
《そういえばセットンさんの名前の由来って、あるんですかー?》
[私は実名をいじっただけです]
[ちなみに甘楽さんは……]
《えー?私ですかー?》
《だってまさしく私にピッタリの名前だと思いません?甘くて楽しい甘楽ちゃん!》
[意味がw全く分からないw]
[あ、今度あひるさんにも同じ質問してみよう]
【?】
【あひる…さん?】
《ここの古株メンバーの1人ですよ》
《今は不在ですが、今度是非話してみて下さい☆》
[とてもいい人ですよ。甘楽さんと違って話しやすいですし]
《ひどいですよう!セットンさん!》
《私ガラスのハートだから、泣いちゃいます><》
【へぇ、楽しみだ】
《スルーですか!?》
《そんな、太郎さんまで私を虐めるなんて…》
【反応に困りますね】
・
・
・
♂♀
気付いたら4時だった。店に入った時から余裕で3時間は経過している。いや確かに癒し系キャラクターのぬいぐるみを見て癒されていたり、あの猫幽の飼っている猫に似て可愛かったなあだとか、そんな事をしているうちに想定以上に長居してしまったのは事実なのだが。実感が全く無かったのは何でだろう、まじで。
「……クリスマス、か」
ふと小さな棚に目を向けると、サンタクロースの可愛らしいオーナメントが視界に入る。そういえば小学生の頃までは俺の所にもサンタクロース来てたっけ。毎年弟の幽と楽しみにしていたものだ。さすがに今はもう来ないけど――え?サンタクロース?実在してるだろ、普通に。とにもかくにもこれ以上長居する訳にもいかず、結局俺は1番の候補に上がっていたそれを綺麗にラッピングしてもらい急いでその店を後にした。
時計を見る、みさきとの待ち合わせ時間まで残り1時間ジャスト。待ち合わせ場所まで暢気に歩いて行ったんじゃあ間に合わない、そろそろ急いで向かわなければ。ほんの少し駆け足になって人通りの少ない道を行く。しかし背後からの妙な違和感に俺はピタリと足を止めた。長年敵を作りやすい環境に身を置いていた為か、こういう事には敏感なのだ。それは今までに培ってきた経験値が物を言う。
「………」
みさきの元へ向かわなくてはならないこんな時に、どうしてこうもタイミングが悪いものか。やっぱりこの世に神様なんていない。それか余程俺が神に見放されているか、嫌われているかのどちらかだ。
面倒だが仕方がない。まずはこいつら何とかするか。