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店の奥から3番目の空いている席へ、お互い向かい合うようにして座る。臨也さんに何か頼むよう勧められた私は、とりあえず温かいミルクティーを注文した。

他にも何か頼めばいいのにと臨也さんが不満げに口を尖らせたが、出会って間もない人間に気を許せる程私は順応性の高い人間ではない。ちなみに臨也さんはコーヒーを注文。本人曰く今夜はまだ仕事が残っているらしくて、眠気覚ましの為でもあるらしい。話の内容が何にせよ、自分の為に時間を割いて貰っているのが余計に申し訳なく感じた。



「それで、用件って何ですか」



頬杖をついたまま、ただ暫くニコニコと笑い掛けてくるこの男に口を開く気配は全くない。帰りが遅くなり過ぎるとシズちゃんが心配するだろうと思い、私は出来るだけ手短かに済ませようと先に話を切り出した。



「そうだねえ、まずは秘書の件について返事を聞かせてもらおうか」

「え……、えええ!?」

「……プッ、あははっ、冗談だよ、冗談。だけど出来るだけ早めによろしく頼むよ。此方にも色々と都合があるんだからさあ」



――もしかして、からかわれてる?



妙に複雑な気分になりながらも、次の相手の言葉を黙って待つ。それにしても秘書の件が本当に本気だったとは。確かにこれ程おいしい話なんて今逃せばもう二度とやって来ないと思う。

だけどこのまま快く引き受けてしまえば何だか自分がお金に目が眩んだだけの盲目な人間になってしまうような気がして、何となく気が引けてしまうのも事実。



「……ちゃんと、本気で考えますから。だから、もう少し考えさせてください」

「ありがとう」



一体何に対する御礼なのだろう、むしろ此方が礼を言う立場だろうに。私は早くも運ばれてきたミルクティーに砂糖を入れるとスプーンでくるくるとかき混ぜ始めた。ほのかに香る優しいミルクの香りが私の心を安らげる。そして程好く雰囲気が和み、互いに精神的にもリラックスしてきた頃、



「俺ねえ、色々と知ってるんだよ。君の事」

「………え?」



――なにを唐突に。



意味深な臨也さんの言葉に顔を上げると、臨也さんは――"笑っていた"。

いや、正確にはずっと笑っていたのだ。しかし今までのものとは全く別種の笑顔。それこそ笑顔と名の付くものではあるものの先程までとは根本的に違う何か。



「そうだなあ。具体的に言うと、この間まで君の通っていた学校で、一体何が起こったのか……とか」

「!」



気付いたら私は立ち上がっていた。反動で座っていた椅子が大きく傾く。突然響き渡った音に周りの客の目が、視線が、自分へと向けられている事にも気付く。

でも今はそんな事どうだっていい。



「臨也さんは知ってるんですか!?あの"事件"のことも、"真実"も、"犯人"も、全部!」

「落ち着きなよ」



今更落ち着いてなんかもいられない。今、私は確信した。この男は――折原臨也は全部知っているんだ。私の事も、私が知らないような事も全て。私の故郷――埼玉で起きたあの事件。テレビや新聞ではまれに起こる事件として昼のワイドショーで騒がれる程度ではあったが、あの事件がただの事件ではない事を私は知っている。私はその惨劇をこの目で見ていたのだから。



「焦ったって、物事がうまく運ぶ事には繋がらないよ。真実は逃げないんだから」

「ッ、 ……すみません」



反動でミルクティーは溢れてしまった。臨也さんはあーあ、勿体無いと笑いながらもタオルでそれを拭いてくれる。高ぶっていた感情が一気に冷め、気が抜けたようにもう一度腰掛けると同時に深いため息が出た。

公共の場で何やってるんだろう私。ほとんど面識のない人を前に、勝手に感情的になって。本当に臨也さんの言う通りだ、私が焦ったところで解決の糸口が見付けられる事などないのに。



「……すみません。何か、取り乱してしまって、」

「構わないよ。寧ろ正解。それが普通の人間の反応だ」

「……」

「はは、君は実に人間らしいね。勿論良い意味で」



臨也さんの言う『良い意味』とは一体どんな意味なのだろうか、私は最後まで分からなかった。果たしてそれが誉め言葉なのか貶し文句なのか、それさえも。



「1つだけ教えてあげるよ、みさきちゃん。俺はその事件の……君の知りたい事を知っている。でも、決して全てではない」



店を出て、少し先を歩いていた臨也さんが急に振り向いてこう言った。遅い時間であるにも関わらず、何処か慌ただしくも見える街の中心部。赤と緑の装飾がやけに目立つ。ああ、もうすぐクリスマスだったっけ。



「君を秘書という役柄に誘ったのも、理由があったんだよ。勿論無償(タダ)でとは言わない。けど、君の持っている情報と俺の調べ上げた情報。それらを照らし合わせれば……ほら、何かが浮かび上がってくると思わないかい?」

「俺はね、真実が知りたいんだよ。みさきちゃん。もしかしたら俺らの求める真実は常識じゃあ有りもしないような、それこそ都市伝説的なものかもしれない」

「だからこそ俺は知りたい。色々と……、ね。悪い話じゃあないだろう?」



歩き着いた先――東池袋中央公園には、クリスマスへと向けたイルミネーションがいつの間に設置されていた。昼間は周辺で働く人々やショッピングに訪れる客の休憩スポットとして賑わっている此処も今ではすっかり閑古鳥が鳴いている。

幻想的な雰囲気の中、もしかしたら私はどこか夢心地だったのかもしれない。



「……シズちゃんには言わないで下さいね。シズちゃん、優しいから……心配掛けたくないんです」

「勿論。言いたくても言えないね、ヤツには」



苦々しいという表現が似合う笑みを浮かべながら、臨也さんは静かに右手を差し出した。この手を取ってしまったら、きっと私は昨日までの日常には戻れない。

僅かな恐怖。それから、取って付けたような好奇心。



「よろしくお願いします」



未だに現実味の沸かない頭のまま、私は静かに臨也さんの手を取った。埼玉を出たあの日決めたんだ。私は真実を追い求めよう、と。

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