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場所は2‐B教室、時は朝のHR。もう既に年末であるにも関わらず、こんな中途半端な時期に引っ越して来る学生なんて確かに私くらいだろう。教卓に立ち自己紹介の際、クラスメイトたちのやや大袈裟な反応を見て、改めてそう思った。
「なんで引っ越して来たんですかー?」
「どこに住んでるの?」
「彼氏いる?」
転校生お決まりのレッツ・質問責めタイム。これぞ王道のお約束。助けを求めようと担任の方をチラリと見やると、パイプ椅子に座った北駒先生は窓際という名のある意味ベストスポットで夢の世界へと旅立っていらっしゃった。首を上下にカクカクと揺らしながら。
――ああ、歳……ですか。
「えーと、ですね……」
危うく活気に押し潰されそうになる。なんて元気なクラスだろう。そうか、池袋みたいな都心に住む若者たちは皆こんな感じなのか。
「まぁ、よくある家庭の事情ってヤツでですね……」
まぁ、嘘だけどね。
最後の質問は敢えてのスルーの方向で。
「今は新宿で独り暮らししてます」
「え、独り暮らし?」
「まじで?すごくね?」
その後昼休み中に、たくさんの部活への勧誘者が私の元を訪れたという事は言うまでもない。これまたお約束。中には「一緒に汗かいて青春しよう!」だとか「ビバ・ハイスクールライフ!」だの、何だかやけに暑苦しい大会を控えた運動部の勧誘に対しては、より丁重にお断りした。どの部活も何故だか部員集めに必死のようで、質よりも数にこだわりがあるのだという印象を強く受けてしまった。
とりあえず親しみやすいクラスが幸いしてか、私はある程度の友達を作る事に成功したのだった。
♂♀
「みさきちゃん、よかったら一緒に帰らない?」
クラスメイトからの有難い誘いをやんわりと断り、1人で明治通りの端を歩く。
突然の事ながらクラスメイト達からのささやかなプチ歓迎会が今日の放課後に行われ、時刻は既に6時半を回ろうとしていた。何だか久々に、本来の高校生らしい1日を過ごしたと思う。
「(みんな、いい人達だったなあ)」
そんな余韻に浸りながら私は横断歩道で足を止めると、すっかり暗くなってしまった池袋の街並みに目を向けた。ネオンの光が大人の雰囲気漂う夜の都会を更に怪しげに際立たせている。
チラチラと視界の中に垣間見える黄色は、シズちゃんの言っていたカラーヤングとやらだろうか。なにやら顔をニヤつかせてこちらを見ている。絡まれると厄介だ。面倒事になる前に帰ってしまおうと、再び歩き出そうとしたその時だった。
「……あれ、君、1人?」
どこかで聞き覚えのある、心地よく澄み渡る男の声。
「……貴方は、」
「やぁ、偶然だねぇ。みさきちゃん」
この男と会うのは、これで2度目だ。
1度目はついこの間のこと――自分に秘書にならないかと誘いを掛けた、意図が計り知れない要注意人物。
「……臨也、さん」
「名前、覚えててくれたんだ。嬉しいよ」
男――臨也さんはにっこりと微笑みながら私を見、
「こんな時間に1人は危ないなぁ。実に危ない」
「……すみません」
「いいや、別に謝る事なんてないよ?高校生だもんねぇ、遊び盛りじゃない」
若いっていいよねえ。臨也さんは独り言のようにそう呟くと、危ないから送っていこうかと言ってくれた。
「い、いえ!そんな、悪いです!」
「いやいや、こんな時間に女の子が1人出歩いてるってのが危ないから」
「でも、」
本人はそう言ってくれるはものの、やはり自分の為に時間を割いてもらるというのにはかなり抵抗を感じてしまう。臨也さんの身なり格好を見る限り、明らかに仕事帰りなのだという事が見て取れたのも一理ある。
だからこそ一刻も早く家に帰って、早く身体を休めて欲しいという気遣いもあっての事なのだが。
「ああ、俺の事は気にしてもらわなくて結構だから」
「……!」
まるでテレパシーのように、今まさしく自分が考えていた事を見透かされたような感覚に、思わず言葉を失った。臨也さんは相変わらず微笑みながら、淡々と言葉を紡ぎ出す。
「でもね、実は俺、みさきちゃんと話したい事があったんだ」
「話したい……事?」
「そう。話したい事」
「ええと、それは一体」
「うーん、別に今この場で話しちゃってもいいんだけど、寒いし、立ち話ってのもあれだからねえ」
そう言って臨也さんが指差した方向には、丁度近くにあったファミレス。
「とりあえず、あの店にでも入んない?……あ。勿論、俺の奢りで」