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本日、みさきは高校の記念すべき初登校日らしい。
「どう?シズちゃん。変じゃない?」
来神学園の真新しい制服を身に纏ったみさきが、無邪気に俺を見て微笑んだ。
来神学園の制服をこう目の前にするのは随分と久々な気がする。自分が卒業して以来だから、まぁだいたい3年前の事になるのか。高校を卒業してからこの3年間、良くも悪くも激動の人生だったと言える。無論高校時代も青春時代とは程遠い日々を送って来たのだが……ほぼノミ蟲のせいで。
――あ、なんかだんだんとムカついてきた。
これ以上考えてもラチがあかない――というより俺が怒りに任せて何かを破壊し兼ねないので、これ以上は考えない事にする。被害は常に小さい方が良い。
「? どうしたのシズちゃん」
「あ?」
「眉間に皺寄ってるよ」
「……」
「将来皺増えるよ」
「ま、まじか」
眉間の皺を引き伸ばすように、人差し指の腹で軽く触れる。無意識に俺は、臨也への溢れんばかりの怒りを表情に出していたらしい。
自分の中に溜まりに溜まったストレスだとか、表には顕れないそういったものが体中でせめぎあって充満して、溜めきれずに体表へと出て――それこそ今みたいに無意識に表情に現れてしまったんだと思う。しかしよくもまあ、俺も暴れずにいる訳だ。きっとここにみさきがいなかったら、手始めに手元のコップでも握り潰していただろうに。
「ああ、悪ぃ。ちーっと嫌ぁーな事思い出しちまってよぉ……」
「……なんか、物凄く嫌な感情込もってない?」
この現代社会を生きていく上での脅威の1つが『ストレス』だったりする――てニュースでやっていた。例えば鬱だとか、そういった類の精神系の病が現に流行っているのだから、それは確かに事実なのだろう。臨也なんかのせいで鬱になるのも正直馬鹿馬鹿しい話だが、普通の感性の人間なら少なくとも数人は既に病に陥っているのではないだろうか。その、それこそ鬱とかストレス性胃腸炎とか。
俺に関しては一切無いとして、1年くらいは寿命縮んでいても可笑しくないような気もするのだが。
「それにしても、来神かあ……何だか懐かしいな」
「え、シズちゃんって来神の卒業生?」
「まぁな」
「へぇ……!それじゃあシズちゃんの事知ってる人もいるかもしれないって事だよね」
「あー……それは多分ねぇな。俺が高校にいた時点の在学生は、去年の時点でみんな卒業してると思うし」
「あ、そっか」
鏡の前で長い髪を器用に結んでいたみさきが、チラリとこちらを振り向く。
「ま、あんまし高校時代の事は思い出したくもねーな」
「……へぇ。前もそんな事言ってたよね」
古株の教師等は暗黙の了解で、俺や臨也の事に関しては一切触れないようにしているらしい。というよりは触れたくないのだろう。ぶっちゃけた話、学園内で俺は随分と有名過ぎた。誤解のないように一応言っておく、それは全て不本意だ。
俺はその名に恥じぬよう静かに平和に暮らすつもりだったのだ。喧嘩なんてしたくなかった。なのに臨也のノミ蟲野郎がいつも……!
「あ、時間」
「!」
「もう行かなくちゃ」
「……途中まで送ってってやろうか」
「いーよいーよ。なんか悪いし、今日も仕事あるんじゃないの?」
「どっちみち池袋だろ?方向同じだしよ。つーか、送ってく」
「あはは、それじゃあお願いします」
「おう」
なんだか、娘を心配する世の親父の気持ちが理解できた気分。みさきが1人で出掛けるってだけでも不安なのに、まして池袋なんか。
「とにかく気ィ付けろよ?今のブクロは物騒なんだからよ」
「うん」
「カラーヤングとか、何かよく分かんねー集団とかうようよいるんだからな!」
「気を付けまーす」
「……本ッッ当に分かってんのか?」
「はいはい。保護者みたいだよシズちゃん」
みさきは何にも分かってない。池袋がどんなに危険な場所かという事、自分がどんなに狙われやすいかという事。しかも無意識だからタチが悪い。そう感じるのは俺だけではないはずだ。
そして視線は自然とみさきの身なりへ。そりゃあ学生の流行りというのもあるのだろうし、俺がとやかく口出し出来る事ではないが。
「あ、リップ落ちた」
「!? いや、ちょい待てって。俺が拾ってやるから、今はしゃがむな」
「ええー」
スカートの中見えんだろ!と声を大にして叫びたかったが、ここで叫んだら俺は完璧変態じゃないか。無意識+天然はここまで扱いにくいのか。いや、それはもうとっくに分かってはいたけれど。多くの男の目にみさきが映る――それだけでも嫉妬してしまう心の狭い自分。みさきが楽しそうにすぐ隣を歩く中、俺はそんな事ばかりを考えていた。
「ほら」
「あ、ありがとう。……あのさ、もしシズちゃんがいない時に何か落としたらどうするの」
「足で拾え」
「……そんな芸当出来ないよ」