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「お前なあ……!だいたい俺じゃなかったら間違いなく襲われてたからな!」
「!? 襲ッ!?」
シズちゃんがこんなにも真剣に怒る事なんて、今までの生活であっただろうか。
相手に有無を言わせないその迫力に呆然と呆気に取られつつも、私はただただシズちゃんの顔を見上げることしか出来ずにいた。裸見られてショックなのは私の方なのに!なんて心の叫びは自分の中に止めておいた方がある意味無難なのかもしれない。思い返すだけで恥ずかしい、想像しただけで恥ずかしい。私は無意識のうちに大人しく正座をしていて、シズちゃんの説教を永遠と聞かされている。
「つか、水分取れ水分!みさきはあんま飲み物飲まねーからな」
「は、はい……」
「……ったく、」
しばらく同じような台詞を数回連発した後、肩で大きく息を吸いそれを一気に吐き出すと、シズちゃんはまるでプツリと緊張の糸が切れたようにズルズルと壁を背に座り込んでしまった。
「(……あ、れ?)」
「………」
どうしよう、これは非常に気まずい雰囲気。あれだけぎゃあぎゃあと騒いでいたのに突然俯いて黙り込んでしまった、しかも何故か体育座りで。確かに原因は私の不注意というか自己責任な訳で、心の中で軽く自己嫌悪に陥っていると、シズちゃんが下を向いたまま小さくボソリと呟き始めた。
「……クソッ、まじで余裕ねーな……俺」
「?」
「……ま、怪我もなくて何よりだ。頭ぶつけたりしたら危ねーんだしよ。まじで気ィ付けてくれや」
「……」
とにかく何事もなく無事で良かったと、ひたすら私の身を案じてくれるシズちゃんの優しさに触れて、思わず涙が出そうになった。
多少過保護ではあるが、シズちゃんが優しい人だということを私はこれまで一緒に過ごしてきた生活の中で何度も何度も実感している。なんやかんや口では言いつつ、綺麗に整われたこのソファも、額に載せられた冷たいタオルも、全部全部シズちゃんがわざわざやってくれたものだろうから。
「あ、あのさ、色々と……ありがとね」
「?」
「正直心配してくれて嬉しかったし。そ、そりゃあ裸見られたのは軽くショックだけど……まあ、それは事故だし……」
「……」
「ていうか私、シズちゃんにお礼しなくちゃね!何かお願い聞いてあげようか?勿論何でも良いよ!プリンとか!シズちゃん甘いもの大好きだもんね!」
そういえば、以前友人に「みさきって緊張すると早口になるよね」とからかわれた経験があるが、あれはあながち否定出来ない。当時はムキになって違うと主張したものの、やはり当たっていたのだと思う。現に緊張しているのだから。早口でそうまくし立てるなりシズちゃんは、ずいっと私の目の前に端正な顔を突き出してきた。お互いの息がかかるほどの近い距離で、バチリと視線が交じり合う。
ソファに横になっていた私の体に乗るように――2人分の全体重が加えられてギシリと軋むソファもお構い無しに、そのなんとも際どい姿勢から逃げ出す事が出来なくなる。声が上擦る。
「ど、どうしたの?」
「………」
「……動けないんだけど」
それでもシズちゃんから返事は返って来なくて、気恥ずかしさから思わず目をそらすとシズちゃんに正面からギュッと抱き着かれた。
どくん、破裂するんじゃないかと思うくらいに激しく心臓が大きく脈打つ。その衝動は止まることなく、私の全細胞に何かを伝えようとしている。ああもう、うるさいうるさい五月蝿い。
「シ……ズちゃ……」
「……みさき、お前……可愛過ぎ」
「ッ、ひぁ……ッ!」
耳元で吐息いっぱいに囁かれて、耳が弱い私はそれだけで顔が熱くなるのを感じた。頭の中がぐるぐるしてもうまともに何も考えられない。しかも私に可愛いだなんてシズちゃんが言えるはずもない。だって、あのシズちゃんだよ?そんな口説き文句のような言葉を軽々しく口に出来る人ではないことくらい、私も重々知っているはず。そうだ、もしかしたらこれは夢なんじゃないか。もしくはただの私の妄想ではないか。私は逆上せる前にお風呂を上がりシズちゃんと一緒にプリンを食べて、明日の天気予報をチェックした後いつもみたいに眠りにつくんだ。
だって、今の状況は何もかもが全て可笑しい。今に至る展開もシズちゃんも、そして何よりも……私自身。
「つーかよォ、無防備過ぎんだよお前。俺の気持ちなんかも知らないで……」
「……え?」
――シズちゃんの気持ち?
気持ちって、何?どういう事?問い掛ける事も抗う事も出来ずに、既に思考回路がプツリと切れた今の頭ではどうする事も出来ない。
自問自答。解答不可。自問自答――ああ、悪循環だ。
「そんなん知る訳もねーか……ま、今はどうだって良いんだよ。それは」
「……?」
「ただ、俺はみさきに嫌われるのが怖くて怖くて……たくさんの感情を押し殺してきた。それでも俺は幸せだった。みさきが俺を受け入れてくれたからだ。……けどよ、」
淡々と紡がれてゆくシズちゃんの言葉の意味が理解できない。言葉の数々が耳から入って確かに頭では理解しているはずなのに、その意味を脳が解釈するよりも先に、頭から抜け出た言葉たちが宙を舞う。そしてやがて次々と意味を失われてゆくのだ。ひたすらそれの繰り返しで、その巡回に介入することは出来ない。ああ、なんだか私まで意味が分からなくなってきた。
本当はこうなってしまうことを、頭のどこかでは感付いていたはずなのに。
「足りねぇんだよ」
そもそも私たちが一緒にいることは、誰かの強制なんかじゃなかったのに。たまたま雨の降る日に巡り合っただけの、ただの他人。追い出そうと思えば出来ただろうに、それなのに私は。
「礼は何でも言うこと聞くって、さっき確かに言ったよなぁ?……それなら、」
「あんたは……本当の俺を受け入れてくれるのか?」
シズちゃんがそういう顔を時折見せるから、私の胸は締め付けられるみたいに、ぎゅっと痛み始めるんだ。