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僅かに身体が肌寒いのを感じ、ふと目を覚ますと私はベッドで横になっていた。
「(……頭、痛い)」
何度か目をしばたかせ、霞む視界をよりはっきりとさせる。重たい瞼をゆっくりと開くと、見慣れた部屋の白い天井が私の視界を支配した。上半身だけをむくりと起こし、未だに目眩のする頭を軽く振り、覚束無い記憶の道筋を辿ってみる。
私はつい先程までお風呂に浸かっていて、考え事をしていたら酷い頭痛に見舞われた事までは確かに記憶している。小窓から覗き見える満月を見て綺麗だなあとしみじみと思ったり。しかし不思議なことに、それからの記憶が全く無いのだ。
――私、何をしてたっけ?
そもそも、今の私の頭の中にベッドまでの道のりを歩いたという記憶そのものが存在しない。これは一体どういう訳か、記憶喪失か。
「やっと気が付いたか」
声のした方向へ反射的に顔を向けると、そこには私から目をそらしたまま不機嫌そうな表情のシズちゃんがいつの間にか水の入ったコップを片手に立っていた。
無言のまま差し出されたコップを両手で受け取り、喉の奥へと流し込む。程よく冷えたその水は火照った身体に心地好かった。水分が身体の至るところへ染み渡ってゆくのを感じ、身体の成分のほとんどが水分であるという事実に納得する。
「あ、ありがとう」
「……あぁ」
「えっと、」
「……」
「シ、シズちゃん?」
無言、シズちゃんは敢えての沈黙の羅列をこのまま突き通そうとしているらしい。私が何を言おうとも、返事をしようとしないのだ。
黙り込むシズちゃんにほんの少し募る不安。こんなシズちゃん、初めて見た。私何か怒らせる事したっけ。
「あ、あの……私、何かしましたでしょうか……」
とにかく何か言わねばと思い、開いた口から出た言葉は自然と改まった丁寧語だった。シズちゃんはチラリとだけこちらを見て――すぐに視線を漂わせると、顔を真っ赤に染めて言った。
「それより、今はその格好……早くどーにかしてくれ……」
「へッ?」
――格好?格好って、今着ている服のことだよね?
――そりゃあ何着ているかって、お風呂に入ってたんだからそりゃあ……って、
「!!!!?」
近くに掛けてあった適当な毛布を、手探りで素早く奪い取る。やっとのことで自分の状態を理解した私は慌ててそれにくるまった。今更何を足掻こうと、自分の犯した過去の失態がどうこうなる訳ではないのだが。
そう、今この瞬間の私は1枚のバスタオルに包まれているだけの、限りなく裸に近い格好だったのだ(!?)
「!?……!? ふ、服!服は!!?」
「……洗面所に置きっぱなんじゃねーの」
「え」
「さっきお前、風呂場で逆上せてぶっ倒れたんだよ」
「!!?」
――ああもう、私の馬鹿!
自分の馬鹿さ加減に、思わず涙が滲み出る。いくら自分を恨んでも、過ぎ去った過去を取り消すことなど出来やしない。これぞ「穴があったら入りたい」現象。
「……」
「……」
「み、見た?」
「……」
「は、裸……」
「……まあ、」
「(ですよね!)」
沈黙の末、得たものは消し去りたい過去だけだった。
こんな緊急時に「どうして両目をつぶって助けてくれなかったの!」なんて無茶苦茶な言い種、助けてもらった側である私に言える訳もない。流石に口にすることは出来ず、そっと胸にしまっておくのが無難かと。とりあえず謝ろうかと謝罪の言葉を探していると、私よりもシズちゃんが一足先に口を開いた。次第にワナワナと肩を震わせながら。
「……バカ野郎……」
「……はい?」
「……〜ッ! バカ!このバカ!バカって言う方がバカっつーけど、俺はバカ呼ばわりされてもいいから言わせてもらうからな!!」
「え、ええええ!?」
衝撃的な事態発生。
シズちゃんがキレました。