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今の状況を一言で言い表すのなら蛇の生殺し。きっとこれからの人生、今この瞬間程この言葉に似合う瞬間が訪れる事はないだろう。



「ぅ、……ん」

「………」



黒い髪から滴る水滴。石鹸の香りが仄かに香る、火照ってほんのりと色付いた身体。かろうじてタオルは巻いているものの、限りなく裸に近い無防備なみさきの姿。正直言うと目のやり場に困る、非常に困る。どうしようどうしようどうしよう、俺。逆上せたみさきをソファまで運ぶまでは良いとして、これから俺は何をどうしたら良いのだろう。

とりあえず落ち着け。胸の内がそう告げる。とりあえず横になったみさきから視線を外すと、俺はひとまず何故こうなったのかを突き止める為、これまでのことを冷静に遡り、根本的な原因を考えてみる事にした。



そうだ。みさきが風呂場へ向かった後、1人残され暇をもて余した俺は、とりあえずソファへと腰掛けると目的もなくただテレビ画面を眺めていた。幽出演のCMがドラマとドラマの合間に流れ、そういえばアイツ元気なのかな、なんて兄貴らしい事を考えてしまった。幽は正真正銘同じ血を分かち合った俺の自慢の弟だ。芸能界では羽島幽平と名乗っているらしいが、それはあくまで芸名であって実の名前は平和島幽という。

俺も今はこんな状態だし幽は仕事で忙しいし、プライベートでお互いなかなか連絡を取り合えていないのが近状。来週あたりに連絡してみようかと心の中で強く決意し、ふと外を見やると今夜は綺麗な満月だった。



ザア、ザア、ザア、



風呂場から微かに聞こえるシャワーの水音。みさきが今頃シャワーで身体を流しているのだろう。そう思うと何故だか俺の身体がソワソワし出して、妙に気分が落ち着かない。一瞬でも想像してしまった下心丸出しの自分が情けなく思えた。



「(……犬、か)」



以前みさきに言われたことを思い出し、気持ちが変に沈んできた。落ち込む理由なんかどこにもない。化け物と罵られるよりは、頭を撫でられて忠犬だと誉められた方が嬉しいに決まってる。しかしその反面、それは俺を異性として意識していない事を暗に意味する。

そうか、犬か。俺は犬か。



「……」

「従順、ねぇ」



そんなんじゃねぇよ、心の中でそう思った。みさきはきっと知らないだけ。俺がどんな事を夢想してみさきと一緒にいるのかという事を。そんな事口が裂けても言える訳がないし、勿論密かに抱くこの淡い気持ちさえも俺がみさきに打ち明ける日は来ないだろう。……いや、言えるはずがない。

俺は決めたんだ。みさきを傷付けない為にもこの気持ちを押し殺し続ける事を。



「それにして、も」



遅過ぎやしねぇか?と不安になり、携帯を開いて時間を見る。時刻は7時ジャスト。……え、まじかよ。あれからもう1時間半近くは軽く経ってんじゃねーか?つかみさきは、いねぇよな?つー事はまだ風呂場にいるのか?……長過ぎねぇ?

みさきを案じる不安な心が身体を急かし、洗面所まで足を向ける。綺麗に畳まれたみさきの着替えと、無造作に投げ込まれたみさきの服。もしかしたら溺れているのではないかと頭を過る有りもしない不吉な予感。



「……みさき?」



恐る恐る名前を呼ぶと、返事は思っていたよりもすぐに返ってきた。みさきの無事を確認し、無意識のうちにほっと胸を撫で下ろす。



「ごめんシズちゃん。今上がる……か、ら……」

「? お、おぅ」



そう思ったのも束の間。

次の瞬間、風呂から上がったみさきの身体のシルエットがモザイクの掛かった風呂場の扉に映し出され、みさきが浴室から出るのだと確信した俺は慌てて部屋を出ようとしたが――部屋のドアノブに右手を掛けた瞬間、派手に大きな水音が小さな部屋中に響き渡った。



――……こんな、感じ。



慌てて風呂場のドアを開けると、顔をほんのりと赤く染めたみさきが濡れた浴室の床に横たわっていた。緊張や羞恥でない感情が心臓を強く脈打ち、気付いたらやけに必死な自分がいた。

ただ純粋にみさきの身は無事なのか、と。なんだか急に怖くなって、また俺の大事な人が俺の側からいなくなってしまうんじゃないかって、涙が出そうになるくらいみさきの名を呼び続けた。その後正常な呼吸を確認し、みさきが無事だと分かった瞬間、身体中の力が抜けてゆく感覚を覚えた。



「(しかし、こうも冷静になってみると……)」



どうしよう、まじでどうしよう。ウジウジ考えているのも俺らしくないがこればかりは仕方がない。みさきが無事だと知った今、脳が冷めて冷静になる度ムクムクと別の感情が芽生えている事に気が付いた。俺もまだまだ若い(?)訳だし、ぶっちゃけた話、そういう事には敏感なお年頃なのだ。

世間じゃ所謂青春時代を指す俺の高校時代は、例の如くノミ蟲のせいで無惨にもぶち壊しになってしまった訳で。だから今よりも若かった頃の頭の中は「臨也殺す」が占めていて、今思い返せば分かる事だが、そういった卑猥な感情を抱く事が一般の男子生徒と比べて少なかったかもしれない。そんな俺でも、本気で惚れ込んでしまった女が無防備に裸で、しかも目の前で寝そべっているとなるとーー



「(耐えられるかな、俺)」

「……んん」

「ヤバい、自信無くなってきた」



そう、例えば今みたいな。

みさきのいるソファのすぐ側で胡座をかき、そしてもんもんとする頭を抱えながら、みさきの刺激的過ぎる姿をチラリと覗き見てはすぐに視線をそらしていた。

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