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冬の夜は随分と訪れが早く感じた。その冷えきった身体を温めてから簡単にお風呂を済ませると、髪が濡れた状態のままリビングへと戻る。本当はもっとゆっくり浸かっていたいところだが、生憎私の体はすぐに逆上せてしまう体質なのだ。

リビングに戻るなり視界に入ったのは、毛布にくるまったままテーブルに突っ伏して眠るシズちゃんの姿。多分私がお風呂から上がるのを待ちくたびれてしまったのだろう。隣に座り、改めてシズちゃんの顔を覗き込む。うわ、まつげ長い。



「(……モテるんだろうなあ)」



そんな事を考えながら、思わずシズちゃんの綺麗な金髪に手を伸ばした。一度染めてからだいぶ月日が経ったのだろう、毛元の部分が地毛っぽい。生まれつきそういった髪色だったのかほんの少し茶色の入った、黒髪でも金髪でもない地毛。

その触り心地が意外にも心地の良いもので、まるで猫を撫でているようなそのサラサラとした感触に、私は思わず和んでしまった。



「……ん、」

「……気持ちいいのかな」



頭を撫でられるのが心地よいのか、小さく身をよじらせる。やがて意識を戻したシズちゃんがゆっくりとその瞼を開いた。しばらく瞳をぱちくりとさせ、それでも寝起きの弱い彼は未だに半分寝惚けているようだ。



「……んあ」

「あ、ごめんね。起こしちゃった?」

「……ん、大丈夫……」



本人が起きたのを確認すると慌てて髪から手を離した。何だか急に照れ臭くなって、夕食の際に使った食器でも洗おうかと身を翻す。

すると身体を急に引き寄せられ、反射的に振り向くとシズちゃんがくいっと私の服の裾を引っ張っていた。



「え?」

「……」

「どうしたの?シズちゃん」

「あー……その、えっと」

「あ、お風呂なら入って来てもいいよ。私なら今上がってきたところだし」

「や、それもそうなんだけど……」

「? じゃあ何?」

「あの、 ……髪」

「かみ?」



髪、撫でられるの気持ち良かったから。それだけボソリと小さく呟くと、シズちゃんは耳まで真っ赤にして俯いた。そのあまりにも予想外な行動に、つい私の方まで赤くなってしまった。



「……髪触られるの、好きなの?」

「よ、よく分かんねぇけど……なんか、すげぇ安心したと言うか……」

「……」

「……みさき?」

どきん、何かが脈打つ。



「可愛い」

「……はッ!?俺が!?」

「うん」

「……いや、俺男だし、あんま嬉しくねーよ」

「でも、可愛い」

「……どーも」



照れたようにそっぽを向いたシズちゃんは、何だか複雑そうな顔をした。そういえば、とシズちゃんが気を取り直すと話題を変える。



「髪、結構長いのな」

「ああ、普段は結わえているからね。意外と長いでしょ」

「……触ってもいいか?」

「え」

「いいじゃん。さっきもみさき、俺の触ってただろ」



――いや……うん、まあ、

――確かにそうだけど……



「結構髪、痛んでいるかもよ。それでもいいの?」

「ん」



そういえば最近髪切っていないなぁだとか、そんな事を考えながら尋ねるとシズちゃんがコクリと頷いた。

シズちゃんの大きな手が私の髪にそっと触れる。その手つきはまるで割れ物を扱う時のようにひどく優しくて、私はびっくりしてしまった。シズちゃんの指先が肌に直接触れる度に、血液が沸騰するような感覚がむず痒くて、その力加減が焦れったくてくすぐったい。



「……濡れてる」

「そりゃあ、お風呂上がりですから」

「乾かしてやろうか」

「シズちゃんが?」

「ん、ちょっとこっち来いよ。ここからじゃあコンセント届かねぇしな」

「えええ、いーよ。自分でやるから」

「いーから。俺がやりたいんだよ」

「(……変なの)」



そのまま私はされるがままにソファの背もたれへと背中を預けた。カチリ、と小さな音を立ててドライヤーの電源を入れる。途端に部屋の中に響き渡る暴風音。

シズちゃんがそのドライヤーを片手にソファの後ろへと回り、私の髪に再び指を這わせ始めた。生暖かい風が髪を撫で、長い髪がそよそよと宙をなびく。シズちゃんの指使いが心地良い。



「きもちー……」

「だろ?」

「うまいね、シズちゃん」

「まぁな。小さい頃はよく弟の髪も乾かしてやってたよ」

「へぇ、なんか手つきがプロっぽいよ」

「まじか」



――シズちゃんの弟君かぁ……どういう人なんだろ。

――もしかしたら、私と歳近いのかな?



見たこともないシズちゃんの弟君のことを考える。きっとシズちゃんに似て格好良いのだろう。シズちゃんに似ている人を考えて、某人気俳優の顔が一瞬だけ頭を過ったのだが――流石にあり得ないかと頭を振る。

そんな思いを巡らせていると耳の中に風が直撃し、少し湿っていたのも加えて思わず声が洩れてしまった。



「ひゃあッ!!」

「!? どうした?」

「ご、ごめん……耳、弱くて……あんまり風、当てないで……」

「……ああ、悪ぃ(なんか言い方すげぇエロい)」

「……なんで笑ってんの」



さっきまで照れて顔真っ赤にさせていたくせに、今ではすっかり自分が子ども扱いされているのが分かる。

明らかに笑いの含まれたシズちゃんの声。立場が逆転で、シズちゃんのターン。



「別に」



そう言って目を細めるシズちゃんの表情は、何だか物凄く大人っぽかった。なんだか悔しい、やっぱりシズちゃんは格好良い。

でも、悔しいから言葉にしてやらないんだ。

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