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「ええ、シズちゃんって21歳だったの!?」
夕暮れのアパートへの帰り道。かなり今更な気もするが何気ない会話の中、私はシズちゃんの新たな発見に思わず驚愕の声をあげた。
そんな私を見てシズちゃんは、ほんの少しだけ不満そうに眉をひそめる。腑に落ちないとでも言いたげに。
「今年22になるんだけどな。俺1月で早生まれだし……つか、そんなに老けて見えっか?俺」
「違う、その逆」
「え」
「もっと歳近いかと思ってた。だってコンビニでプリンとか買う人だし……」
からかうようにそう言ってチラリと横目で視線を送ると、シズちゃんはやや拗ねたようにそっぽを向いてしまった。なんだか年下の男の子をからかっているようで、思わず笑ってしまう。
「少しくらいは荷物持ってやろうと思ってたけど」
「え、あ、嘘」
「そういう奴は助けてやんね」
「ご、ごめんなさいシズちゃん様!」
正直な話、1人でこの量の荷物を持ちながらアパートまでの道のりを歩くのは相当辛いものがある。慌てて頭を下げて謝るとシズちゃんは片手だけこちらへ伸ばし「ちゃんに様はねーだろ」と言って頭をわしゃわしゃと撫でてきた。シズちゃんらしいちょっぴり乱暴で豪快なその撫で方が、どこか安心感を与えてくれる。
しかし今回はなかなか頭を撫でる手の動きが止まることがない。不思議に思った私がちらりと相手の顔を覗き見ると、シズちゃんは寂しげな笑顔を浮かべて私の顔を見つめていた。ドキンと胸の高鳴りを感じ、思わずシズちゃんの名前を呼ぶと、彼はハッと我に帰るなり私の荷物を持ち上げた。
「特別な」
「あ、ありがとう……」
「おう」
「そういえば……シズちゃん、大怪我してなかったっけ。もう治ったの?」
「? あのくらいの軽い怪我、1週間も経てば普通に治っちまうもんだろ」
「え」
「?」
確かに、40℃近くの高熱を一晩で治してみせたのだから、シズちゃんの回復力が尋常じゃないってことは、既に認知済みではある。ただ、シズちゃんの言う『特別』って響きに、思わず微笑んでしまう自分がいる。確かに、血の繋がりもなければ、過去に面識のないような私達だけど、今こうして一緒に暮らしているということは、確かに特別なのかもしれない。
夕陽が眩しい。夕陽に薄く照らし出されたシズちゃんの横顔があまりにも綺麗過ぎて、格好良すぎて。
「え、ちょ……!全部はいいって!」
「ああ?こんくらい大丈夫だから」
「だからって、私が両手でやっとだったこの量を片手で持つなんてありえない!」
「ただ単に、みさきの力が弱ぇんだよ」
毎日が充実していると素直に感じられるのは、きっとシズちゃんが傍にいるからだろう。そもそもこんな事になるなんて引越し前の私の生活からは想像すら出来なかった訳だし、正直どちらかと問われれば新生活への不安の方が期待よりも遥かに大きく上回っていた。
何も知らない私だからこそシズちゃんの存在は本当に大きくて、例えるなら頼り甲斐のある兄のような、心の底から頼れる存在になっていた。それは兄のいない私にとって、とても貴重なものでもあった。だからこそ、ふと思うのだ。もしもあの時シズちゃんみたいな人がいたら、何かが変わっていたんじゃないかって。
「……みさき?」
「! ご、ごめん。ちょっと考え事してて」
シズちゃんの声でハッと我に帰ると、私は何事もなかったかのように明るく振る舞ってみせた。大丈夫、ここは池袋なのだからと心の中で言い聞かせて。シズちゃんが心配そうにおぶってやろうかと提案してくれたけど、ただでさえ両手に荷物を持っているのに背中に私を背負わせるのは流石に悪いので遠慮しておいた。
憂鬱な気分を切り替えたくて、私は1つ、素朴な疑問を投げ掛けてみる。
「そういえば池袋で何やってたの?」
「ん、ちょっとバーに」
「……バー?シズちゃんってお酒飲むっけ」
「バイトだよ、バイト」
「?」
「この格好見て分かんねえ?」
「え……本当にバーテンダーだったの!?」
「変、か?」
「あ、いや……てっきりコスプレかなんかかと……」
「はあ?」
お互いのことは何も知らない。でも、それでも良い。
世間体から見ればなんとも曖昧な関係ではあるが、だからといって恋人でもなければ家族でもない、友達ですらない私たち。だけど今は誰よりも信頼出来る人。
「それに……」
「?」
「……ほら、なんか酒って苦ぇし……ガキの頃間違って飲んじまったのがトラウマなんだよな」
「つまり子供舌なのね」
「ッ!!」
こうしてお互い笑い合って助け合って、毎日楽しく過ごす事が出来るのなら私はそれ以上を求めはしない。
ただ、これが今の私にとってのただの"日常"なのだから。前の生活で垣間見えた"非日常"はもう要らない。