今日もぼくらは愛でている

 古豪・秀徳高校男子バスケ部は全国制覇を目標に掲げ、部員一丸となって練習に励んでいる。今年はキセキの世代ナンバーワンシューター緑間真太郎も加わり、一層強固で盤石な布陣を築き上げていた。
 そんな青春真っ只中の体育館、今日も今日とて活気に満ち溢れた声が……聞こえない。美化委員会の仕事の一つ、掃除用具点検に駆り出され、遅れてやって来た通称ボブが首傾げる。おかしい。ボブは逸る気持ちを抑えながら体育館の扉に手を掛けたところで中から目に優しく心に潤いを与える和風美人こと伊月俊が血相変えてこちらに走って来るではないか。ボブも慌てて中に入り、焦る伊月に声を掛けた。

「どうした?!」
「みっ、みんなが…!!」

 伊月の様子から仲間が大変なことになっていると感じ取ったボブはすぐさま体育館のフロアへと一直線に向かう。そして、眼下に広がる光景に言葉を失った。
 主将も、副主将も、部内一怖い先輩も、偏屈眼鏡のルーキーも、その相棒の笑い袋も監督も。みな一様に股間を押さえた前傾姿勢でうずくまり、賢者っていた。鼻血を出してる者もいた。幸せそうな顔で胸を押さえ、酸素を吸引している者もいた。
 伊月曰く、小休憩中に秀徳の笑い袋こと高尾和成の擽り攻撃を受け、気付いた時には周りはこの体勢だったらしい。
 ボブは全てを悟り、泣いた。

「ボブ……、」

 どうしよう、どうしたら。そんな言葉をありありと浮かべ、血の気の失せた顔色でボブのTシャツの袖を震える手で引っ張る伊月。なんとも庇護欲を誘うあざとい仕草にいとも容易く陥落したボブは、ちゃっかり伊月の手なんか握りしめ、幼子と話す時のように殊更優しい声音で語りかける。

「大丈夫だ、心配いらない」
「ほんとに?」
「ああ」
「でもっ」

 ボブが不安げに瞳を揺らす伊月を安心させる名目で抱き締めようと腕を背中に回そうかというところで、ボブの顔面にパイナップルがめり込み、吹っ飛んだ。突然の奇襲に驚き、顔を上げればそこには、伊月をしかと抱き締め、ボブをほの暗い目で見下ろす宮地清志の姿があった。いつの間にか伊月の背後にはこれまたほの暗い目をしてこちらを見下ろす高尾が立っている。
 なにこれこわい。
 ボブは調子に乗った自分に悔いるように正座し、額を床にこすりつけた。実に見事なジャパニーズ・DOGEZAだったとのちに周りの部員達は語り合ったとかなんとか。
 ボブが顔を上げる頃には部員達も華麗に返り咲き、何事もなく休憩時間を満喫していた。伊月の周りはといえば、宮地と高尾を筆頭にレギュラー陣ががっちり固め、近付くことさえ出来なくなっている。胸に巣くう何とも言えないやるせなさを感じているとボブの肩をぽんっと手が置かれた。

「外周50周ね」

 監督の容赦ない言葉に哀愁漂う笑みを携え、ボブは外周へ向かう。
 へっ、外周50周なんて余裕だぜ!
 決してやせ我慢とかではない。だってボブは強い子だから。


 一連の一斉賢者タイム事件で分かって頂けただろう。秀徳高校男子バスケ部のレギュラー陣を含む部員達が一部員である伊月俊を特別視していることを。
 バスケ選手としては小柄な部類に入る伊月は一年の時から誰よりも努力し続けてきたとか、高尾と同種の目を持つが故にレギュラーになった的な出来事があったからという真面目で涙無しには語れない青春の熱き一ページもあるにはあるのだが。
 一番の要因は男所帯における一輪の花的な存在だからである。その男にしておくにはもったいないほどの美人顔で花が綻ぶように微笑むさまはまさに天使。例え、寒いダジャレをドヤ顔で言っていようとも天使。可愛い。世間はダジャレがマイナスになっていると思っているようだが、むしろプラスではないだろうか。マッハ可愛い。おまけに気配り上手でちょっぴり控え目、だけど負けず嫌いのところもあって言うときは言う出来た嫁みたいな性格なのだ。伊月となら温かく円満な家庭を築きたいと思ってしまうのも致し方ないだろう。
 そういう訳で、伊月は部員達から蝶よ花よと愛でられているのだ。特にそれが著しく見られるのがレギュラー陣で、周りが「あいつら絶対ガチだ」とドン引きされるほどの愛で方をしているのであった。

 しかしながら、主将の大坪泰助と副主将の木村信介はまだマシな方だといえる。伊月への接し方も他の部員達と変わらないし、股間への(精神的)ダイレクトアタックは耐えられないこともあるが恋情よりも家族へ向けるような愛情の方が勝っていた。
 ただどうもこの二人、伊月を天界から舞い降りし神の御使い(イコール天使)の生まれ変わりなのではないかと本気で勘ぐってる節があって。その二人の会話を直接耳にしてしまったボブ含む部員数名は目頭を熱くさせたとか悟りを開きかけたとか。
 その時の会話がこれである。

「なあ、木村」
「おう、大坪じゃねーか。どうしたんだ?んな神妙な顔して」
「………これを見てくれ」
「これって……羽根か?」
「伊月から、落ちてきたんだ」
「?!…じゃあ、やっぱりあいつ……、」
「ああ、本物の天使かもしれない」

 そうだけどそうじゃねーよ!!
 なんて、秀徳の良心二人にツッコミ出来る筈もなく。大坪と木村の間では日に日に伊月イコールマジ天使説は加速するばかりであった。
 ちなみに、大坪が目撃した伊月から落ちた羽根はその日の緑間のラッキーアイテムである白い鳩の剥製から抜け落ちたものだ。それがたまたま伊月に付着し、大坪の前で落ちただけの話なのだが。悲しいかな、事実を知る者は誰一人いない。

 続いて、偏屈おは朝信者でお馴染みの緑間は伊月のことを聖女だと思っている節があった。確かに伊月は(純白の)シスター服が似合う系男子で逆に違和感が仕事しないぐらいなのだが、彼はれっきとした男だ。性別を飛び越えてどうする。そして何より、伊月は緑間のようにおは朝占いを信仰対象としていない。よって聖女説は波状する。しかし、彼の持つ聖なる加護をにおわせる雰囲気や汚れを知らない清潔さ、言葉自体が似合い過ぎていた為に誰もがまるっとツッコミを放棄した。
 それだけならまだいい。部員達の中にも伊月イコール聖女説を提唱する者もいるからその辺は目を瞑ろう。
 だが、伊月にだけは100パーセントのデレを発動するってどういうことだ。解せぬ。

「お前ツンデレのツンの部分はどこに置いて来たんだ?」
「は?」

 勇者ボブが我慢しきれずにそう言えば、緑間はものすごく冷めた怪訝な瞳を寄越すだけだった。なにこれつらい。

「ハッ、ツンデレな花を摘んでれば!キッタコレ…!」
「花にツンデレも何もありませんが?」

 天使のダジャレには優しい声音で真面目くさったツッコミ入れるのにね!
 ボブは格差社会に泣いた。
 ついでに緑間の堅いディフェンスのおかげで全く伊月と喋れなくて、ボブは鼻水垂らして泣いた。えんがちょ。
 それから大坪はファンシーな手編みの小物類を、木村は野菜や果物を、緑間はラッキーアイテムを貢ぎ過ぎている気がする。気がするのだが、伊月の微笑みを直視して照れる姿がなんだか微笑ましくて。部員達は何も言わず、ただただ生温かい目で見守っていた。

 上記三人はガチだとしても一線を飛び越えていないだけマシだった。
 しかし宮地と高尾、この二人は本気だ。本気で伊月の恋人の座と貞操を狙っている正真正銘のガチホモだ。二人が部室で3Pと(自主規制)の可能性についての話をしていた時、ボブは何も聞かなかったことにして体育館に直行。そこのトイレで部活着に着替えたほどだった。部員達はそんなボブを哀れみ、それと同時にあの二人に関わってはならないと再度頷きあった。ちなみに宮地の弟である祐也は実兄のホモっぷりに神経をごりごりすり減らし、果汁100パーセントのフレッシュなパイナップルジュースを作ったほどだ。手絞りで。
 そんなガチホモ二人の定位置は伊月の右隣が宮地、左隣が高尾と決まっている。ついでに言えば、前から抱き締めるのが宮地、後ろから抱き締めるのが高尾と決まっている。だから伊月に用事を言いにいけば、必然的に両サイドの射殺さんばかりの絶対零度の視線に晒されるのだ。こわい。
 ボブはこの宮地と高尾について、伊月に思い切って聞いたことがある。二人が両サイドをがっちり固めていることや抱き付いてくることを。そしたら伊月は何でもないことのようにこう言った。

「宮地さんも高尾も兄って立場だろ。だから甘える場所が欲しいんじゃないかな」

 きっとそんな可愛い理由じゃない。甘えたいなら壁ドンして、周りに威嚇とかしない。
 否定したい気持ちを必死に飲み込んで、ボブは曖昧な返事をしながらに頷いた。頷くことしか出来なかった。
 許せ、伊月。オレは死にたくない。
 しかしボブは伊月と話たことがバレてしまい、宮地にトマトをダンクされ、高尾に「ポウっ!」と言われながら小指で鳩尾を突かれた。地味に痛かった。これだけで済んだことにほっとすればいいのか、泣けばいいのか迷うところである。

 余談だが、監督が伊月に「パパって呼んでもいいんだよ?」と言っている姿を数名の部員が目撃した。それあかんやつ!と全力でツッコんだ。もちろん心の中で。


 そして今日もまた、彼らは元気に伊月俊を愛でている。

「ハッ、秀徳でシュートを習得!キタコレ!」
「黙ってろ伊月!塞ぐぞ!!」
「どうやって…?!」
「そりゃもちろんキs、」
「破廉恥なのだよ高尾!!」
「今、一瞬伊月の背中に羽根が見えたな」
「ああ、見えた」






[前へ] [次へ]
[戻る]





「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -