動きが有り次第お伝え致します。

 大学受験も無事に終わり、卒業と一般入試の合格発表を待つばかりとなった気温定まらぬ二月下旬。最後の日曜日。
 誠凛高校バスケ部二、三年は駅前にあるコンビニの雑誌陳列コーナーで横一列に並んび立ち読みをする振りをして、大時計台を背景に佇むリアル天使こと伊月俊を見つめていた。思い思いの変装をして。
 出来ることならこんな事はしたくなかった。原寸大伊達家の兜(手作り)を被った日向順平はバスケの試合中に幾度となく見せてきたキリッとした面持ちのまま、眼鏡を上げる。誰しも理由がなければ、このような(愉快な)行動などしないのだ。

 ことの発端は一通のラインメッセージ。
 誠凛のムードメーカーである小金井慎二が久しぶりにみんなで遊ぼうとグループ内にメッセージを送ったのが始まりだった。ぞくぞくと了承のメッセージが届けられる中、たった一人難色を示すものがいた。
 みんなの天使、伊月である。
 行きたいのはやまやまだけどその日は用事があって…という旨のメッセージがショボーン顔の顔文字と共に送られて来た時、「ちくしょう可愛過ぎかっ」と叫びながら自室の勉強机をダンッと叩いたり、悶絶したのは一人や二人ではなかったという。結局みんなで遊ぶ計画は卒業後に持ち越され、その日のラインは和やかな雰囲気のまま何事もなく終わるかに見えた。のだが。

『日曜日、楽しみにしてます』

 なんと伊月が意味深なメッセージを誤爆したのである。チームプレイに定評のある誠凛、そこからは早かった。
 慌てて落ちようとする伊月を引き止めるように後輩達が根掘り葉掘りと質問をぶつける。当然、後輩達が可愛くて仕方ない伊月はスルーする(キタコレ)ことなく律儀に質問に答えていく。伊月が落ちた頃には『日曜日、朝11時、駅前、大切な人と会う』というキーワードが出揃っていた。

『デート、なのかな…?』

 誰も口にしなかったことを躊躇しながらもはっきりと言ってのけたリア充土田聡史の一言で画面上はしばらく阿鼻叫喚の叫び声で埋め尽くされたのだった。

 という訳で日向達はその大切な人とやらが伊月に相応しい人間かどうか見極めるべく、今日のデートを見守ることにしたのだ。決して、どこの馬の骨とも分からんやつに大天使伊月が取られるぅ!と嫉妬心を剥き出しにして歯軋りした訳ではない。
 ちなみに我らが監督相田リコはさすがに女子には長い時間歩き回らせる訳にはいかないと必死に説得され、自宅待機している。別に景虎さんの影に怯えたんじゃないんだからね!キタコレ!

「おっせぇなー」

 月刊戦国武将をパラパラ捲っていた日向はそわそわきょろきょろと落ち着きのない様子で辺りを見回している伊月を見つめながら何となしにぽつりと呟く。時刻は10時30分、待ち合わせの時間は11時。誠凛高校バスケ部が早く来ているだけで相手が遅刻しているとかそういう訳ではない。
 それでも伊月を待たせているというのが気に食わなくて、日向は募る苛つきを吐き出すように再び「おせぇ」と呟いた。すると隣から間延びした返事が返ってくる。それを辿って斜め上を向けば、アメリカでの手術とある程度のリハビリを終え帰国して数ヶ月の木吉鉄平が大仏の被り物を被ったまま、どら焼きを食べようとしていた。

「あっ」

 案の定、大仏の口に阻まれてしまい、どら焼きは木吉の口に入ることはなかった。店のあちこちから不自然な咳払いが聞こえてきたがきっと流行風邪のせいだろう。

「「アッ」」

 次に声を上げたのは料理本を持つ某蜘蛛男のマスクを被った火神大我とその相棒である白馬のマスクを被り双眼鏡で伊月を見つめていた黒子テツヤだ。続けて、黒子の隣にいた全身オレンジ色で固め、首に赤いマフラーを巻いた降旗光樹も「アッ」と言って、少女漫画に出てくる恋する少女のように両手で口元を覆う。
 同輩の様子に首を傾げた全身青色で固め、首に黄色のマフラーを巻いた福田寛と全身紫色で固め、首に水色のマフラーを巻いた河原浩一も外に目を移せば、降旗同様少女漫画ちっくに両手で口元を覆った。実は降旗、福田、河原は某猫の目怪盗美人三姉妹を彷彿とさせる色合いなのだが今は関係ない。可愛いけれど関係ない。
 そんな後輩達の可愛らしいリアクション(当社比)に頬を緩ませる日向達もガラスの向こう側に目を向ける。

「あれって…」

 伊月の前に佇む到着したばかりの相手を見て、日向達も「ひゃーっ!」と後輩達と同じポーズをしてしまう。それほど驚かされたのだ。予想外の人物だったから。

「確か海常の元SGの、」
「森山さん?」

 某猫型ロボット風の服装の小金井とアフロ、サングラス、ちょび髭とやらされてる感溢れる水戸部凛之助、そして某鷲のマークの野球チームの帽子に眼鏡という至って普通の土田が顔を見合わせる。
 スカウティングや試合や合同練習、果ては合同合宿。その際に度々目にしていたおかげで誠凛内の森山由孝への認知度はそれなりに高い。知ってることといえば、独特のフォームで放たれる変則シュートだったり、スティールやパスカットの成功率が高かったり、クールな見た目に反して気さくで軟派だったりと決して多くはないが。
 なんせ森山は一昨年のWCの試合直後、我らが大天使伊月に激励の胸トンッをやった男である。忘れる訳がない。

「伊月先輩が待ってた人ってやっぱり、森山さんなのかな……」
「じゃあ、森山さんが伊月先輩の…?」

 降旗の不安げな呟きに続いて、河原がみんなの心の中にある疑問を口にした。その横で福田が募る不安を押し出すように眉を寄せる。マスクの下の表情がどうなっているか分からないが火神も黒子も口には出さずとも降旗達と同じ気持ちらしい。辺りはしょんもりお通夜ムードだ。
 無理もない。伊月は自分達には見せない恋する乙女のような顔で森山と親しげに話をしているのだから。本人の口から聞いた訳ではないし、まだそうと決まった訳ではないけれどなかなかにショックは大きい。
 だって伊月はみんなの天使なんだもん。

「あ、移動するっぽい」

 歩き出した二人を指差して、小金井が言う。それに背中を押され、ぞろぞろと動き出す不審者集団改め誠凛一同。「あんパンと牛乳人数あるー?」「大丈夫でーす」という会話を繰り広げながらコンビニから一歩出た途端、日向の眼鏡が軽快に割れた。

「天使の細腰に手ぇ回してんじゃねぇよデコスケ野郎ぅぅぅうううううおおおおおおおお!!!!!!!!!!!」
「日向武将、落ち着いて下さい」
「武将呼び有り難しっ!」

 人の多い駅前だったこともあり、はぐれないようにという配慮なのか森山が伊月の腰に手を回して歩き出したのだ。照れたのか頬を僅かに染めて俯いた伊月を直視した瞬間、日向は森山目掛けて飛び出そうとする。すかさず黒子が掌底打ちを日向の横腹にダイレクトアタック。日向はその場にうずくまり、再び眼鏡が割れた。

「ヤバい行っちゃう!!」
「猫の目怪盗ぎゃんかわ三兄弟頼むっ」
「御意!」
「ぎゃんかわなのは伊月先輩と!」
「監督です!」

 水戸部が日向を介抱していると、小金井が焦ったように口を開く。その声にすぐ反応した土田は降旗、福田、河原に指示を出した。三者三様の返事をした三人はシュバッと音を立てて駆け出し、伊月と森山を追うようにして人混みに紛れ込んでしまう。
 なんとか回復した日向と愉快な仲間達も伊月と森山を追う為、走り……

「あ、からあげ棒……」
「それならオレが買っといたぞ火神」
「マジっすか、木吉先輩あざっす!」

 はし……

「呑気に買い物してんじゃねーよダアホあとでオレにも食わせろ!!!」

 ……り出す。不審者集団改め誠凛一同が居なくなった店内では店長らしき男性が携帯をスラックスのポケットに戻しながら、変な事件に巻き込まれなくて良かったとホッと息を吐いていた。
 何もなくて良かったね、店長。



 日向達と猫の目怪盗(ぎゃんかわ)三兄弟が合流したのは伊月と森山がショッピングモールにあるスポーツショップに立ち寄った頃だった。三兄弟の報告によれば、二人は終始和やかムードでこれといったラブハプニングはなかったらしい。

「あったら森山さんのデコに肉って書いてたわ」

 苦虫でも噛み潰したような顰めっ面で呟く日向に「嫌がらせが地味だよ」とは誰も言わなかった。
 そして彼らは二人を見守る傍ら、やはり根っからのバスケ馬鹿らしくテーピングやバッシュの紐などを物色していた。お店の迷惑にならない程度の声量できゃいきゃいしながら買い物を楽しむ一同。
 お前ら真面目に見守れよ。

「ひょえっ」

 すると突然、降旗がひっくり返った声でバッシュコーナーを微かに震える指先で指差した。揃ってそちらを見れば、蜘蛛男火神と森山と伊月が人一人分のスペースを空けて隣り合っていたのである。変装して顔を隠していても中身はあの火神。敏い伊月と一言でも言葉を交わせば、簡単にバレてしまうだろう。
 いかん、こりゃいかん。
 コールドスプレーの使用上の注意を熟読している大仏木吉以外の一同がはわはわ慌てふためく。少しずつ、少しずつ、火神と森山と伊月の距離が近づいて。火神と森山がぶつかろうとした瞬間、一頭の馬が駆け出し、火神を掌底打ちで吹っ飛ばした。
 その姿、まさしく雄々しき駿馬であったと三個目の眼鏡をかち割った武将日向は語る。

「えっ、何、馬…?!!」

 でもバレますよねー!
 しかしこの駿馬、基黒子は落ち着いていた。戸惑う森山と伊月の方にゆっくりと振り返り、言葉を紡ぎ出す。

「ボクは馬だ」

 なんだかキリッとしてる気がする、雰囲気的に。裏声だけど。

「アッ、ハイ」

 今にも笑い出しそうな震え声で返事をする森山の後方で駿馬黒子をじっと見つめ、訝しむ伊月。不審者を見るような視線に晒され、「ウワーッ伊月先輩が見てますウワーッ」と黒子は内心ドッキドキだ。それに全てを見透かす澄んだ鷲の目の前では、そう簡単にミスデレクションも使わせて貰えそうにない。
 さて、これからどうすれば…。
 黒子は逃げ道は無いものかと忙しなく視線を彷徨わせる。そして、見つけてしまった。見てしまった。
 さり気なく指先同士を絡ませ合う森山と伊月の手を。
 泣いた。
 膝を付きたい衝動にかられたがなんとか踏ん張り、(被り物の)目頭を押さえるだけに留めた黒子。これ以上ここにいたら精神的なダメージが蓄積されるだけだ。

「…馬は土に埋まりたい、です」

 思わず地声でぽつりと零し、黒子は二人に背を向けて歩き出した。

「そんなの、そんなの!ホースを使って掘り出してやるよ!馬だけになっ!」

 ハッとして振り向いた視線の先に居たのは全てを包み込んでしまえる程の慈愛に満ち満ちた微笑みを携えた伊月だった。「大丈夫だよ、幸せだよ」、そう言っている気がして、この人を幸せに出来るのは森山しかいないのだと黒子は悟る。

「キタコレですか?」
「ああ、キタコレだ」
「デート、楽しんで下さい。それでは」

 置いてけぼりくらう森山を完全に無視して、黒子は今度こそ伊月達の元から立ち去った。そして輪の中に戻るとよく頑張ったと優しい先輩や同輩達から労って貰ったり、早々に復活して輪の中に混じっていた火神(さすが僕の真の光、回復が早い)からどやされたのは言うまでもないだろう。
 そのあとは特筆すべきラブハプニングもなく、些か距離が近い二人を歯軋りしながら見守り続けたのだった。



+++++



「なあ伊月、見て見ろよ。あの店員の子、かわっいってぇ…!」

 ショッピングモールで店頭に陳列された物を冷やかしたり買い物をしたりして楽しんだ森山と伊月は、昼時なのも相俟ってネットで話題のランチも楽しめるオシャンティーなカフェに来ていた。途中、視界の隅を伊達家の兜が横切ったり、ケバプ屋の怪しいアフロのお兄さんと某猫型ロボット風のお兄さんに出会ったり、大仏からからあげ棒を貰ったり、タイミングよく伊月の同輩である土田とエンカウントしたり。鷲の目の範囲内にやたらログインしてくる同輩や後輩達にのおかげで頭が痛くなりそうな心地がしたが、お互いに初デートを楽しんでいた。
 そう、“初”デート。確かに今までも出掛けることは何度かあったが、紆余曲折を経て先日から正式にお付き合いを始めた伊月と森山にとって、今日が本当の初デートになる。
 それなのに森山さんときたら…。
 伊月はデザートのコーヒーゼリーを面白くなさそうに突っつく。森山の女好きは当分治らないと思っているし、そこも含めて好きなのだ。がしかし、今のは許容範囲外の発言である。犬猫に対する可愛いと同等だとしても嫌なものは嫌な訳で。
 ひとしきりコーヒーゼリーを突っついた伊月はそれを一匙掬いながら形の良い唇を開いた。

「ダメじゃないですか、デート中に余所見なんかしちゃ。そんなじゃオレ、すぐどこかに逃げちゃいますよ?」

 例えば、今日会った駿馬のところとか。

「っ…可愛いこと言うね。そんな事言ってると森山さんヤンデレにジョブチェンジして、伊月のこと一生離してやらないぞ」

 先程伊月から蹴られた脛の痛みから解放されたらしい森山は目に真剣な色を携えつつも、冗談めかした声音で言う。言われた本人はといえば、小首を傾げてぱちくりと瞬きを繰り返す。コーヒーゼリー一口分と共に森山の言葉をようやく飲み込んだ伊月は口元にゆっくりと弧を描いた。

「一生一緒に居てくれるなら、どんな森山さんでも構いませんよ」

 とびっきりの笑顔でそんな事を言われた森山は耳まで真っ赤にしながら、熱くなった顔を覆う。当の伊月は目の前で身悶える相手を満足げに見守りつつ、残りのコーヒーゼリーを口に含む。

「そういうこと、オレ以外に言うなよ」
「言いませんよ」

 こんな、手に余るほどの恋情を向けるのなんてただ一人、彼だけで十分である。

「ところで森山さん。次はどこに行くんですか?」
「オレと一緒に来てくれたら分かるよ」

 空になった器にスプーンを投げ入れながら伊月が小首を傾げれば、いつの間にか復活していた森山が切れ長の双眸を緩やかに細めて微笑んで見せた。「じゃあ、そろそろ行こうか」と少々強引に伊月の腕を引く森山の後ろを付いて歩き、レジまで向かう。妥協案の割り勘の打診を出す前にスマートに会計を済まされ、再び腕を引かれながら店を出た。
 人混みに紛れ込みながら腕から移動した手が隠れるように指同士を絡ませ、しっかりと繋がられる。手のひらから伝わる相手の体温が体中を這い回る気色がして。伊月は頬にじんわりと熱が溜まっていくのを他人事のように感じ、緩みそうになる唇を引き結ぶのだった。

 初デートはまだまだ終わらない。


「じゃねーよ!イチャイチャイチャイチャしやがってちきしょう可愛過ぎか!!」
「あの二人、数年後のお正月辺りに「オレ達結婚しました!」ってどこぞの教会を背景に白のタキシード姿で喜色満面な森山さんが純白のウエディングドレスを着て幸せそうにしかしどこか照れ臭そうに微笑んでいる伊月先輩をお姫様抱っこしているハート形のツーショット写真付き年賀状を送ってきかねないですよね」
「ほんとそれな」
「ウェディングドレス姿の伊月先輩とか天使過ぎて涙出てくる……」
「禿同」
「むしろ女神」
「そんな伊月を独り占めする森山さんマジウラヤマ」
「そこ代われ」
「………」
「水戸部もそう思うって!」

 彼らの尾行も終わらない。






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