社長赤司×未亡人伊月、幻の赤司サイドの書き掛け。

 数日前から降り続いた雨はすっかり止み、その日は雲一つない晴天だった。遠くまで続く澄んだ青空に悠然と輝く太陽が棺の中で静かに眠るあの人みたいだ、と葬儀に参列した者達は鼻を啜りながら口々に囁き合った。
 それを傍らで聞いていた参列者の一人である赤司征十郎も不意に、古くからの友人が言っていたことを思い出す。厳しく時に優しく、ボクらを支え、引っ張っていく太陽のような人なのだととても誇らしげに。自分のことのように自慢していた。
 その友人はといえば、高校で出会った仲間達と集まり、表情の乏しさなど忘れたかのごとく泣いていた。棺の中の彼を知る友人も後輩も先輩も、もちろん家族だって嗚咽を漏らし、鼻を啜っている。なのに、一人だけ背筋を伸ばし、涙も流さずただ真っ直ぐに前だけを見つめる者がいた。
 伊月俊だ。
 同性婚がようやく認められるようになった現在、棺の中の彼と伊月は友人から恋人へと関係性を緩やかに変え。そして数年前、結婚した。伊月の左手の薬指に今も光り続ける銀色の指輪がそれを物語っているし、赤司もまた彼らの式に足を運んだのだから間違えようがない。だから旧姓で呼ぶのはおかしな話なのだが、赤司は慣れ親しんだ伊月という名字を呼び続けた。友人が今は違いますよと苦笑混じり何度訂正しても、頑なに。
 だから赤司は、伊月ただ一人だけが気丈に振る舞う姿に危うさを覚えていた。母を失った時、厳格な父や自分が失意と虚無感の中にいたように伊月もまたそこに放り込まれたのだろうと予想が付いたから。桜の花のように今にも儚く散ってしまいそうな伊月から、片時も目が離せなかった。
 葬儀も出棺も、何もかも滞りなく終わったあとも太陽のような彼との永遠の別れを惜しむようにかつての仲間達が集まり、悲しみにくれる中でも伊月は泣かない。しかし不意に、伊月はそっと赤く染まる夕暮れの空を見上げ、小さく唇を動かした。
 ぽつりと落とされた彼の名前は、深い悲しみの底にゆっくり、ゆっくりと沈んでいった。

 ――この世界に、彼は、いない。



 それから一ヶ月が過ぎたある雨の日、赤司は秘書の運転する車に乗って、帰宅する途中であった。赤司グループの傘下にあたる会社を一つを任され、いつ休んでいるのか不思議な程に毎日忙しなく動き回っている。
 今日は働き過ぎの社長を少しでも休ませたい秘書が半ば無理矢理車に押し込んだ為、いつもより早い時間に帰宅することになった。赤司が本気になれば、秘書から逃げることなど造作もない。だが、それを敢えてしなかったのは、大事な部下が自分の体調を思えばこその行動だと分かっていたからで。親ように口をすっぱくして言う度胸の塊のような秘書の小言も最後まで耳を傾けてやらなければならないだろう。
 赤司はノンストップで紡ぎ出される言葉をさり気なく聞き流しながら、小さく溜め息を零し、車窓から流れる景色に視線を向ける。ちょうど信号が赤に変わり、停車せざるを得なくなったそこからは外の様子がよく見えた。足早なサラリーマン、買い物袋を下げた主婦、学校帰りであろう中高生達、寄り添う恋人らしき男女。
 誰も彼も雨を凌ぐ為に傘をさして、横断歩道を渡って行く。それなのに傘もささずずぶ濡れになりながら道脇に突っ立ったまま、ぼんやりと虚空を見つめる人がいた。
 その人は赤司もよく知る人で頭の中を埋め尽くす疑問なんて考える暇もなく秘書に指示を出し、信号から発進してすぐの車道脇に停車して貰う。傘もささずに車から飛び出した赤司は先程の信号まで走り出す。
 人垣を掻き分け、走って、走って。ようやく見えた後ろ姿がふらりと車道の方に歩き出したものだから、赤司は慌てて走る速度をあげて彼の手を掴んだ。手を掴まれたことでぴたりと動きを止めた彼は数秒後、はっとした様子で後ろを振り向いた。

「っ………あ、かし…?」






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