瞳を閉じて、君のことを考えたら…

 そこは真っ白な世界だった。
 上も下も、右も左も、前も後ろも。
 全てが真っ白な、何もない世界にたった一人、森山由孝はぽつんと佇んでいた。ここが世界の中心なのか、それとも世界の末端なのかすらも分からない。
 目印になるものはないのかと確認するようにきょろきょろと辺りを見回してみる。がしかし、ただただ真っ白な空間がどこまでも続いているだけで、何も答えをくれない世界に森山は落胆の色を乗せた溜め息を一つ吐いた。
 ここにいてもしょうがない。とにかく何か、なんでもいいから自分以外のモノがこの世界に本当に存在しないのか。この目で確かめる為、森山は一歩足を踏み出す。
 と、そこに。ゲームでアイテムが突如出現した時に聞く効果音のような音が耳に入り、恐る恐る足元に視線を落とす。見れば、『ここ、出発点』とゴシック体で書かれた小さな赤色の旗が地面に突き刺さっていたのだ。
 森山は突然現れた旗を、二度見した。

「これは……旗だな」

 見間違えようがない。どこからどう見ても、何の変哲もない小さな赤色の旗である。森山は顎に手を置き、時折主張するように軽く煌めく旗をしげしげと見つめた。

「叩いてみるか?旗だけに」

 なーんてな!
 森山が言うよりも早く、どこからともなく声が聞こえてきたのである。

『キタコレ!』

 驚いた森山は勢い良く後ろを振り向いてみるが、真っ白な世界がどこまでもどこまでも続くだけ。この世界に存在するものは森山と傍らの小さな赤色の旗のみだ。
 自分が言っていないとすれば、……。
 森山は足元に佇むこじんまりとした旗に視線だけをそろりと送り、様子を窺う。しばらくの間、じっと見つめていたが突然喋り出したりだとか動き出したりだとかはしなかった。この旗は出発点を示すだけのもので他に用途はないらしい。
 何もないことにホッとすればいいのか、落胆すればいいのか。少々微妙な心地になりながらも旗から視線を外した森山は前方を見据えるとやっとそこから歩き出す。後ろを振り向けば、赤色の旗が小さく煌めいてみせた。森山もそれに答えるようにしっかりと頷き、目指す…めざ…、め……、どこを目指しているんだろう。
 出発点地点から数えて十歩目のところで立ち止まり、難しい顔で考え込む森山。確かに自分以外のものを探すイコールそこが目的地ではあるのだが、明確な場所を指し示すものさえ見つからない現状で目指すも何もあったものではないのではないか。闇雲に探し回って、体力を消費するくらいなら動かない方が得策なのでは…。いいや、しかし!何もしないなんて自分には、とてもじゃないが出来そうにない。
 行け、行くんだ由孝!!
 己を鼓舞するように意気込み、今にも走り出してしまいそうな森山の前方に突如として眩い光が集まり、茶色い何の変哲もない扉が形成されていく。一瞬にして完成してしまった扉は森山が来るのを待ちわびるかのようにその場から動こうとしない。

「目的地が出来た、だと…?」

 十メートル先にある扉を見つめ、呆気に取られたまま、自然と言葉を口にする。なんだか不思議な世界に紛れ込んでしまった自覚のある森山は「もしかしたらモンスター的な何かが飛び出してくるかもしれない…!」と不測の事態に備え、しばらくその場から一歩も動かず、扉の様子を伺った。

「……」

 何も、出て来ない。

「………」

 全く、出て来ない。

「…………」

 これっぽっちも、出て来ない。
 どうやら、森山の考え過ぎのようだ。

「ああ、うん。ほらな!だと思った!絶対何も出て来ないと思ったもん!!別にビビってた訳じゃないぜ、ほら、なに?一応の段取り的な、尺的なことを考えて待ってたんだ。オレの言ってる意味、分かるか?」

 森山は誰もいないというのに突然、言い訳じみた言葉を次々と早口で紡ぎ出す。口の勢いに任せて、扉にずんずんと近付いて、精巧な作りの銀色のドアノブに手を掛ける。そのままの勢いで思い切りよく、扉を開けた森山の眼前に飛び込んで来たのは白い布で覆われ、部屋全体にショッキングピンクの照明が当てられた部屋だった。その中心にはキングサイズの天蓋付きの丸いベッドが置いてあり、ベッドの上では何者かがこちらに向かって両足をこれでもかと開き、見せ付けるかのように自慰をしていたのである。
 森山は扉をそっと閉め、モンスターや危険な物が出なかったことへの安堵の息を吐き出した。そして、先程のある意味とんでもない光景を思い出し、何かの見間違いではなかろうかと目頭を揉んだ。
 欲求不満で夢か幻でも見たんだろう。だったら、いい。そうであって欲しい。
 でも、そうではなかったら…。
 再び手に力を込めた森山は、今度はゆっくりと慎重に扉を開けてみる。

「森山さん」

 森山の目の前、扉を開けてすぐのところに佇んでいたのは、誠凛の五番・伊月俊だった。普段涼やかな目許は甘やかに潤み、きめ細やかな頬は赤く熟れ、緩んだ艶やかな唇から覗く舌がちらちらと誘いを掛け、森山を誘惑している。更に誠凛のジャージの上着のみしか着ておらず、白い生足が惜しげもなく晒されていた。

(神様!ありがとう!!)

 森山は目頭を押さえ、天を仰いだ。
 ナンパで惨敗し、突然のゲリラ豪雨でずぶ濡れになったそんなある日。濡れたままでは帰りの電車に乗ることさえ出来そうにない森山が途方に暮れていた時、家に来ないかと声を掛けてくれたのが伊月だった。
 最初は断ったものの、「体調管理も大事なトレーニングの一つです」なんて言われれば、押し黙るしかなく。結局、伊月に押し切られる形で伊月家まで来てしまい、あれよあれよという間に風呂場まで連れて行かれてしまった。湯船に浸かるのは申し訳なく思い、シャワーだけ借りて風呂場から出れば、洗い立てのバスタオルと伊月のであろう服が置いてあった。
 風呂場や服を貸してくれるだけではなく、濡れた服や荷物もざっとではあるが乾かしてくれたりもしてくれて。しかも、服や荷物が乾くまでの間にしたバスケの話は大変に盛り上がり、時間を忘れて語り合ったのでる。
 帰り際には連絡先を交換し、その日はそれで終わったのだが。以来、頻繁にメールや電話のやり取りを繰り返して都合が合えば、遊ぶようになっていた。
 そうやって過ごすうちに森山は伊月に対し、ある感情が芽生える。
 愛だ。
 恋だ。好きで好きで堪らんのだ。伊月俊という美しき女神(ヴィーナス)をオカズに自慰するぐらいに。
 そんな相手が無防備な状態で森山のすぐ目の前にいる。

(据え膳食わぬは男の恥じゃないかっ)

 ヤれ、ヤるんだ森山由孝!
 あ、その前に告白しなきゃ!!
 舞い上がる森山が伊月に視線を戻せば、目が合った瞬間にふわりと微笑まれる。たったそれだけのことだが森山は思わず、照れくさげに笑みを浮かべ返した。
 好きな人と笑い合う。なんて幸せな時間だろう。
 数分前の意気込みはさっぱり忘れた森山が天にも昇る気持ちで周りを満開のお花畑にしていると、不意に性的な香りを纏わせたかのような動きで手の甲をするり、するりと撫でられたのだ。バスケ三昧の日々でそういった雰囲気を味わう機会すらなかった未だに童貞の森山は突然の接触にだらしない笑顔を晒したまま、びっしりと固まってしまう。そんな森山に追い打ちを掛けるかのごとく、伊月はしなだれかかるようにして擦り寄ってくるではないか。
 心の臓が、壊れてしまいそうだ。

「ねえ、森山さん」

 指を絡ませ、煽るように撫でられれば、そこからぞわりと何かがせり上がってくる感覚に森山は背筋を震わせる。

「オレと、愉しいことしましょ?」

 耳元で囁かれた言葉を無碍にするなど今の森山に出来るはずがなかった。



+++



「って、なんでオレ縛られてんの?!」

 伊月のお誘いに生唾を飲み込みながら頷いた瞬間、急に場面がすり替わり。いつの間にか部屋の中央にあるキングサイズの丸いベッドのベッドヘッドに両手を括られた状態で寝転がっていたのだ。しかも、一糸纏わぬ姿で。
 奇怪な現象に目を丸くして辺りを見回す森山はそれを三回繰り返したあと、はっとした。
 伊月が、いない。
 今度は伊月を探し、辺りをきょろきょろと見回す。

「伊月…!伊月どこだ?!!」

 もしかして相手は、伊月ではなく他の誰かで。自分が、女側をする羽目になってしまったら………。

「いづきっ!!!」
「はい?」

 呼べば、ひょっこりと横から顔を覗かせるなんだか肌色の面積が増えた伊月。先程見回した時には影も形もなかった場所から現れたが、そんなことはどうだっていい。
 伊月がいる。今の森山にはそれだけで充分だった。

「急にいなくなるなよ、心配するじゃないか…!」
「すいません」
「そんなことより、すまない。これ、取ってくれないか?」
「ダメです」
「え?」

 笑顔できっぱりと断られ、森山は唖然としたまま傍らの伊月を見つめる。

「心配しないで下さい。気持ちいいことしかしませんから」

 伊月はそう言うと森山の割れた腹筋を緩やかになぞりながら、焦らすようにゆっくりと下腹部へと指を滑らせていく。伊月の指は茂る下生えをなんなく飛び越え、森山の中心を優しく包み込む。上下にゆるゆると刷り上げれば、それだけで中心は力を持ち始め、徐々に立ち上がっていく。
 なんだ、これは。自分に都合のいい夢でも見ているのだろうか。
 森山が目の前の状況に困惑する間も伊月は休むことなく、手を動かし続ける。

「っ…、はっ」

 やはり体は正直で好意を向ける相手に触られれば、いともたやすく勃起し、森山は興奮しきった吐息を吐き出した。それを横目で見ていたらしい伊月は欲で濡れた墨色の双眸を眇め、舌舐めずりをする。そして、森山の足の方を向いて四つん這いの格好で跨がり、先走りを垂らす太い幹を口一杯に頬張った。所謂、シックスナインといわれるセックス時の体位の一つだ。

(い、伊月の尻が目の前にっ…!)

 中心が生温かく濡れた口内に包まれる感触に身を震わせつつも、森山は眼前で揺れるまろい双丘と玉袋、そして触ってもいないのに蜜を垂らす伊月のモノに見入っていた。伊月が自分の下腹部を懸命に奉仕する度に、それらは森山を誘惑するように小さく上下に揺れる。
 物欲しそうに揺れている。
 触れてみたい衝動に駆られるも。手を縛り上げられていては触れることさえ叶わない。

「くっ…」

 それに伊月に舐めしゃぶられているとあまりの気持ち良さに気もそぞろになり、まともに考えを巡らせることも出来そうになかった。

(せめて、せめて一舐めだけでも…!)

 森山は伊月の尻にひっそりと佇む孔に唇を寄せ、ぺろりと舐め上げたのだ。

「ひぁっ?!」

 唐突な感触に伊月は口一杯に頬張っていた森山自身から口を離し、背中から這い上がるぞくりとした感覚を目を瞑り、やり過ごそうとする。伊月の反応の良さに気を良くした森山は再び尻孔に舌を這わせた。

「あっ、や、あ、んっ」

 濡れそぼった狭いそこに舌を突き入れた森山は、はたと目を瞬かせる。
 触ってもいないのに、孔がしっかりとほぐれているではないか。
 初めてここの扉を開けた瞬間に自慰に浸る人影を見たが、あれは伊月だったのかもしれない。そう思った森山は伊月を呼び、こちらを向くようにお願いしてみた。
 思考も表情もとろけきった伊月は一つ頷くとゆっくりとした動作でこちらを向き、森山の腹筋に手を付いて、脈打つ太い幹を濡れそぼった尻孔に擦り付け始めたではないか。たまに幹の先端が孔に入り、それだけでうっかり達してしまいそうになる。何度もそんなことを繰り返されれば、我慢など出来るはずもなく。森山は伊月の動きに合わせて腰を動かし、熟れた孔に猛った肉棒を勢い良く突き入れたのだ。

「ああっ!あ、アっ…」
「ふっ、う…!」

 強引に奥まで押し入った瞬間、中の温かさとうねりに促され、森山は伊月の胎内に白濁とした液を勢い良く吐き出した。

 目の前が真っ白になる中、射精したという感覚だけがなぜか鮮明に残っていて。そのままゆっくりと目蓋を持ち上げ、股間を濡らす生温かい感触にふっと何か悟ったような顔付きをして起き上がる。
 そう、起き上がったのだ。
 今の森山はきちんとパジャマも着ているし、手だって縛られていない。もちろん、伊月の姿もない。当然だ。不思議な世界に突如として現れた目によろしくない色のあの部屋ではなく、森山の自室なのだから。
 カーテンを開け、清々しい朝日を一身に浴びながらニヒルな笑みを浮かべた森山はぽつりと呟いた。

「…やっぱり、夢か」

 森山は淫夢を見て、夢精したのだ。

 ――今日、十八回目の誕生日を迎えた朝に。






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