中編になるはずだった黛月(※伊月がネコ耳ショタ)の冒頭部分。

 未だ進化を続ける現代化学の大きな進歩と発展の集大成と呼ぶに相応しい存在の一つ。人間と動物を掛け合わせて作られた人工生命体“アニマルヒューマノイド”。
 ストレス社会と言われる現代において、人型を取りながらも交配した動物の耳としっぽを付けた彼らの姿は疲れ切った人々の心に癒しを与え。本来の用途でもある愛玩物として瞬く間に普及し、街の至る所でアニマルヒューマノイドの姿を目にすることが多くなっていった。
 まさに二次元から飛び出て来たといっても過言ではない存在の彼らに、自他共に認めるラノべオタクな黛千尋もまた、素知らぬ顔の下で大いに興味を示していた。コスプレではない本物のけも耳としっぽの触り心地はどういったものなのか、二次元でのあれやこれやが本当に起こり得るのか。一度でいいから確かめてみたいという欲求が少なからずあった。
 が、実際に飼いたいかと聞かれれば、黛は即座に「ノー」と答えるだろう。いくらけも耳としっぽに興味はあったとしても、人の子と変わらぬ姿形をしたそれを責任持って育てる覚悟なんて、露ほども持ち合わせていないのだから。
 だから、黛にとってアニマルヒューマノイドはメイド喫茶にいるメイドとさほど変わらない存在になっていた。

 そして今日もまた一人、彼らの存在に目を向けることなく、人の間を魚が泳ぐようにすいすい歩いて行く。大学での講義も予定通り終了し、バイトもないそんな日はさっさと帰宅して心行くまでラノベを堪能するに限る。
 さて、今日は何を読もうか。けのととをもう一度一から読み直すか、それとも。
 黛が本棚に詰まった数々のラノベに思いを馳せていると、「誰かー!!」だとか「泥棒ー!!」だとか。とにかく悲鳴じみた甲高い声が前方から聞こえて来て、思わず足を止めてしまう。今度は「いたーいっ!!」という叫び声が聞こえ、視界を埋め尽くす人垣が僅かにどよめいた気がした。
 面倒事の気配をいち早く察し、不機嫌そうに眉根を寄せた黛は別ルートから帰宅することを早々に決め、人波に逆らい身を翻した直後。小さな衝撃と重みが片足に加わり、ぴたりと動きを止める。嫌な予感がしながらも恐る恐る足元に視線を向ければ、案の定ねこ耳の生えた小さな頭が自分の足にしっかりとしがみついていた。

「………」

 なんだ、これ。
 黛は呆然としたまま足にしがみつく黒い頭を見つめ、その場に立ち尽くす。声を掛けようにもこの場に見合った言葉が見つからず、それも出来ない。今、黛に出来ることといえば、動揺を悟られないよう表情筋の活動を最小限に抑えることだけだ。
 だからといって足元のこれをそのままにして置ける筈もなく。ぷるぷる震える小さな姿を見つめたままどうしたものかと途方に暮れだした頃、聞き覚えのある声が耳を掠めた。そこには焦った様子で何かを探しているらしいアニマルヒューマノイド専門店のロゴ入りエプロンを着た後輩の姿。

「実渕?」
「え、あらっ!黛さんじゃない!!!」

 呼べば、実渕玲央は大袈裟なほど肩を揺らし、目を丸くする。次の瞬間には世間話に花を咲かせるマダムのように「やだ、偶然ってこわいわね」なんて言いながら黛の肩や腕をペタペタと触ってくるのだ。慣れた鬱陶しさではあるのだが、今はそんなことをしている場合ではないように思う。
 黛は不躾に触れてくる手をやんわりと払いのけ、実渕の視線を自分の足に蝉のようにしがみつくそれへと誘導した。

「おい、オレのことはいいから。さっさとこれを取ってくれ」
「これって……、俊ちゃん!!ああ、良かった!無事でいてくれて!」

 シュンちゃん。なるほど、これはシュンという名前なのか。
 もう会うこともないだろう足から引き剥がされようとしている猫型アニマルヒューマノイドの名前を内心で反復する。シュン――俊と呼ばれた上質な毛並みの猫型は必死に掴んでいた黛のジーパンから手を外された途端。真ん丸の双眸を更に丸くし、黒曜石のような澄んだ瞳をじわりと潤ませたのだ。そして、実渕の手から逃れようと短い手足をばたつかせながら、黛に向かって懸命に手を伸ばすのである。
 キュンとこない訳がなかった。

「っや!やぁや!!」
「俊ちゃん、いい子にしてちょうだい」
「や、にゃあ!う、うーっ…!」
「ね?いい子だから、お願い」

 実渕が落ち着かせようと頭を撫でても背中を撫でても泣き止まない俊。往来でこれだけの騒ぎが起きれば、当然のごとく三人を中心に人集りが出来るわけで。影の薄さに定評のある黛でさえ、これだけ視線を集めるのだ。長身の実渕や猫型の俊ならば、と考えて深い溜め息を吐けば。

「…店までだからな」

 黛は仕方無さそうな素振りを見せつつも自ら伸ばされた手を取り、小さな体を引き寄せた。黛の左の肩口をぎゅっと掴む俊の様子に何かを察したらしい実渕は困ったような笑みを浮かべ、






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