「トップバッターはオレだな」

 最初に名乗りを上げたのは第五婿である黛だ。先程からちょいちょいミスディレクションしてあまり喋る機会を与えて貰えなかった為に特殊な目を持つ伊月、高尾、赤司以外は「あれ?こいついたっけ??」的な表情で黛を注視する。しかし黒子同様そんな視線に慣れきっているのか全く気にする様子もなく、黛は伊月に視線を向ける。

「オレは…っ」

 汚れを知らない綺麗な墨色の双眸から真っ直ぐに見つめ返され、黛は一瞬言い淀む。普段は仕事をしない表情筋もこの時ばかりは僅かに働いて。ぐっと寄せられた眉からこの場では言うことを躊躇ってしまう内容なのだと察せられた。
 言いたいけど、言えない。
 しかし黛はしばらくの葛藤の後、覚悟を決めたように伊月と視線を合わせた。その死んだ魚の目には少しばかりの輝きが宿っていたという。そして、深く大きく息を吸い込んで言葉を紡ぎ出した。

「オレは伊月の乳首が大好きだ」
「アウトおおおおおおおおおっ!!!」

 日向の間のないツッコミが飛び、高尾の笑い声が部屋を包み込む。周りからワンテンポ遅れて言葉の意味を理解した伊月はぶわりと顔を真っ赤に染め、腕で胸を隠す女子のごとく自分の体を抱き締める。出来るだけ黛の視界から逃れるべく、日向の後ろに身を隠した。

「千尋…?」

 赤司ことシアカが笑顔でハサミをシャキンシャキンしながら威圧してくるものだから、黛はそれを「まあ、聞けよ」と落ち着き払った態度で片手を上げて制する。内心では鼻孔を擽り始めた微かな芝生の香りと高尾の笑い声に混じって聞こえてくる空を切り裂く素振り音のおかげで死期を直感し、冷や汗だらだらなのだが。それをおくびにも出さないのが黛のすごいところだ。

「オレは伊月の乳首の芸術的な美しさに惚れただけで別に舐めたり摘まんだりこねくり回したい!とか思ってない。思ってないからな。決して卑猥なことなどこれっぽっちも考えてない、絶対にだ」

 真剣で必死な黛の姿を目の当たりにした伊月はおずおずと日向の後ろから顔を覗かせる。いまだ恥じらいと動揺の渦中にいるのだろう。その頬は熟れた林檎のように赤く、墨色の双眸は右に行ったり左に行ったりと忙しない。

「…あの、黛さん」
「なんだ?」
「いつ、オレの……ちくび、を…」

 見たんですか?
 伊月は黛に乳首を見せた記憶も見られた記憶もない。だから、恥ずかしさから言葉尻が消えてしまいそうなほど小さくなってしまったが、思い切って聞いてみたのだ。
 一方、黛は呟かれた言葉に「そんなことか」とでも言いたげな、あっけらかんとした顔で伊月の問いに答えた。

「試合中にチラッと見えた」
「アウト!はいアウトぉおおお!!!」
「ちょっと待て。バスケのユニフォームの形状上、どう足掻いても見えるだろ」
「確かに。僕も試合中に真太郎の乳首を見たことがある」
「真ちゃんのてぃくび?!!」

 黛が提唱するユニフォームの隙間から乳首が垣間見える説に同調したのは、なんと司会のシアカだった。思わぬ人物からの肯定に皆、驚きを隠せない。特に相棒の名前を出された高尾は笑い声を引っ込め、シアカを食い入るように見つめている。シアカはハサミをチョキンチョキンしながらどのように乳首が見えたのか語り始めた。

「ああ、一瞬だったけど見えたよ。ほら、ディフェンスすると前傾姿勢になってユニフォームがたわむだろう?その時にね」

 シアカの言葉に見に覚えがあったらしく、「確かに」と森山や宮地達は頷いて見せる。伊月も微妙な表情をしながらも覚えのある話に小さく頷いた。黛は周りの反応の良さに気を良くし、ドヤ顔をアウトジャッジばかりする日向へ向ける。逆に日向は悔しげな表情で黛を睨み付けた。

「残念だったな、オレはセーフだ」
「いや、千尋はアウトだよ」
「ファッ?!」
「伊月さんに『乳首』と言わせ、辱めた罪は重い。よって、千尋は青汁の刑だ」

 シアカがハサミをシャキンと鳴らせば、黒子が青汁を黛の目の前に運んで来る。

「飲んで、極楽浄土へ逝って下さい」

 吐かれた言葉と共に置かれたのはガラス製のコップに並々と入った相田特性の青汁。深緑の若葉に包まれた大草原と同じ濃い緑色をしたそれは有り得ないほどの大自然の香りがするだけで、見た目だけは何の変哲もないただの青汁だ。
 心底嫌そうに顔を歪めた黛はこくりと生唾を嚥下し、何度も躊躇しながら青汁に手を伸ばす。人差し指から順番に指を掛けて一呼吸おいてから顔の近くまで持ち上げたが、それ以上先に進むことが出来ない。

「……雑草の匂いがするんだが」
「おい黛。せっかく相田さんが作ってくれたのにそのいい方はないんじゃないか」
「森山お前、これ匂ってみろ。雑草って言いたくなるからやべーからマジで」
「ちょ?!え………あ?!うわっ!なんだこれ、樹木と大地の香りがする…」

 黛の鼻孔に全てクリティカルヒットのダイレクトアタックを決めてくる青汁。黛はますます顔を歪め、的確で率直な感想を呟いた。それにすかさず反応したのはフェミニスト森山で「せっかく女性が丹誠込めて作ってくれたのに!」と黛を非難する。しかし、青汁の香りを直接嗅ぎ、黛の言っていることが真実なのだと知ってしまえば、相田を庇う科白は言えなかった。

「っお前らオレの頭上で青汁嗅いでんじゃねーよ!!さっさと飲め!」
「うぶっ…!」

 黛と森山が「これあかんやつ」と頷き合っていた時だ。匂いの元を頭上に持ってこられた宮地がキレて、黛の口に無理矢理青汁をねじ込んだのである。暴れ、もがき、青汁まみれになりながらも必死の抵抗をみせた黛だったが息が苦しくなって反射的に口を開けてしまった。その瞬間に空気と共に青汁をがっつり飲み込んでしまったらしい。しばらくすると糸が切れた人形のように動かなくなってしまった。
 こうか は ばつぐん だ!

「まっ黛いいいいいいいいいいいいいいいいいいいぶごふげっほげっほ!!!!!」

 伊月は黛の勇姿を思い、涙ぐんだ双眸を隠すように両手で顔を覆う。日向と黒子は好敵手を悼み、合掌した。森山と宮地と春日は青汁の速効性に戦慄し、高尾は咽せるほど笑いすぎて酸素吸引していた。
 まさにカオス。
 そんな中、先輩の尊い犠牲にも一切の感傷に浸ることのない赤司、いやシアカは淡々とした口調で言葉を紡いだ。

「さ、次は春日さんですよ。思いの外、時間が押してるので巻きでお願いします」
「えっ?!巻きでって言われ、ても……ねえ、オレまだ何もしてないのに既に青汁用意されたんだけど。おかしいよねぃ?」

 春日が口角をひくつかせながら問えば、シアカはいい笑顔で答えた。

「飲みましょう」
「だからなんで?!」
「どうせ下ネタを挟みますよね?」

 ぐっと言葉を詰まらせた春日はシアカからすーっと視線を逸らす。アヒル口を更に尖らせ、もにょもにょと動かし口ごもる。その様子を顔を上げた拍子に見てしまった伊月は悲痛な面持ちで唇を戦慄かせた。

「…春日さん、あなたもなんですか?」
「違う、聞いて伊月」
「あなたもオレのことを性的な目で見てるんですか?!」
「確かに見てるけどさぁ!けど、恋情の半分は性欲で出来てるからしょうがないんだよ、分かってくれるよねぃ?!」
「聞きたくなかったそんな話…!もういいです、審議拒否しますから!」

 涙目で頬を膨らませ、体こと背を向けてしまった伊月。怒った姿も天使で可愛くて仕方ないのだが、主役がへそを曲げてしまってはどうすることも出来ない。シアカ、黒子、日向の三人は何事か目で会話をすれば頷き合い、そそくさと行動し始める。
 まずシアカは春日をアンクルブレイクして転ばせ、その隙に無理矢理青汁をねじ込んだ。青汁を口にした春日は即意識を飛ばし、床と添い寝することに…。
 続いて黒子は爆笑の連続で顔面崩壊してそこにモザイクを掛けられた高尾にそっと近づいて、隙だらけの鳩尾にイグナイト廻を容赦なく叩き込む。高尾は「モゲラッ」と一つ奇声を発し、夢の中へ出掛けて逝った。今回ほとんど出番がなかった高尾に対してこの仕打ちはどうかと思う。思うのだが、予定変更に犠牲は付き物なのだ。
 そして、日向はご機嫌斜めになっている伊月を外へ出す為、鉄格子の扉の鍵を開けていた。

「窮屈な場所に入れて悪かったな」

 伊月は開け放たれた扉を潜り抜け、顰めっ面をそのままに首を横に振る。八つ当たりはよくないし、日向が悪い訳じゃないというのもきちんと理解しているつもりだ。しかし、動揺や怒り、悲しみ。そういった感情が綯い交ぜになったせいで気分を落ち着け、切り替えるのに多少の時間が掛かってしまう。
 自分の未熟さが浮き彫りになったようでなんだか恥ずかしくて顔が上げられない。
 俯いたまま、ウェディングドレスについた薔薇の花弁を払っていると視界の隅に日向の手が映る。こちらに伸びてきたその手が自分の鼻の頭を摘まむものだから、急なことに伊月は思わず顔を上げた。

「主役が笑ってねーでどうすんだ」
「っ…ひゅうが」
「コーヒーゼリーあっから。食ってさっさと機嫌直せダアホ」
「ん、ありがと」
「おう」
「あとでお礼に、珠玉のダジャレ100連発聞かせてやるよ」
「断る」

 同輩の心遣いに感謝しながら好きな食べ物へ思いを馳せれば、伊月の顔に笑顔が戻る。天使の微笑みを真隣で直視した日向の眼鏡は五度割れたのだった。
 一方その頃、森山と宮地はシアカ(赤司)と黒子と睨み合っていた。

「無駄な抵抗は止めて、大人しく青汁を飲んで下さい」
「オレ達は…オレはまだハニーに言わなければならないことがある。だからまだ、飲む訳にはいかないんだ!どうしてもと言うなら宮地だけに飲ませてくれ」
「誰が飲むか、パイナップルで殴るぞ」

 早くも仲間割れ(そもそも仲間意識があったのかも怪しい)を始めた森山と宮地。シアカの隣で今にも罵り合いを始めそうな二人の姿をじっと伺っていた黒子だったが、握り拳を作ると一歩前へ歩き出し、凪いだ声音で静かに語り出した。

「ボクは今でも不思議なんです。なぜ、あなた方が第一婿と第二婿なのでしょうか。接点なんてあってないようなあなた方がなぜ…!ボクの方が物理的ふれあいも精神的ふれあいも多いはずなのに…。『年上の方が天使(イコール伊月先輩)にはあってる』ということなんですか?!年齢出されちゃボクどうしようもなくないですか?!!こうなりゃ時空間もねじ曲げてやりたくなりますよ。しかし世の中には年下の下克上ものが存在します。つまりボクが婿でもいい訳です。むしろボクが婿でいいはずだ。つまり何が言いたいかといいますと、誠凛の女神をどこの馬の骨かも分からない他校生に渡す訳にはいかないんです。その婿の座、ボクに譲って下さい」

 長い。今までで最長の科白であることは間違いない。その黒子の長い科白に驚いたのは何も森山と宮地だけではなかった。
 隣にいたシアカも入る隙間もない突然の長い科白に黒子の方をチラ見するほど驚いていた。最後の他校生の部分では「僕も入っているのか、その他校生の中に…」とかっぴらいた目で凝視していたほどである。
 まさか全員、敵……?
 ピリピリとした空気が辺りを包み掛けた時だった。黒子がシアカに左手をすっと差し出したのである。これには頭脳明晰なシアカも若干の戸惑いを見せ、黒子の横顔と差し出された左手を交互に見つめた。

「え?………えっ…??」
「何してるんですか赤司君。早くあれを」
「アッ、ハイ」

 くいくいっと催促してくる黒子の左手にシアカは首を傾げながらも青汁入り生クリームたっぷりのパイを置いた。黒子はそのままパイを森山のイケてるフェイスに向かってイグナイト廻。見事和風イケメンな顔面でキャッチした森山は勢いを殺しきれず、音を立てて倒れ伏した。

「ぶふっ!森山ざまぁ!!!」

 思わずといった様子で本音を口にした宮地はひとしきり爆笑したあと、咳払いを一つしてぴくりとも動かない森山の傍らに近寄る。怒りと悲しみを綯い交ぜにした表情で床を悔しげに殴った。

「くそっ死ぬな森山!!お前伊月に抱き締められて死にたいって言ってたじゃねーか!なのにこんなっこんな終わり方、聞いてねーよ…!」

 戦友の死を悼み、嘆き悲しむ宮地。

「許さねー、絶対に許さねー!」

 見事な手のひら返しを見た気がした。
 宮地は新鮮なパイナップルを片手に持ち直し、間合いを取るシアカと黒子を睨み付ける。その目はまさに獲物を狩る目。
 シアカと黒子、二人の背筋を寒気が撫でる。ヤられる前にヤらなければ。シアカはハサミを構え、黒子はその辺に無造作に転がっていた高尾を掴み、じりじりと宮地との距離を縮めていく。
 最初に動き出したのは気の短い宮地で、黒子目掛けてパイナップルを振りかぶった。避けきれないと瞬時に判断した黒子は掴んでいた高尾を盾にし、宮地からの攻撃を防ごうとする。

「嘘、だろ?!」

 突如目の前に現れた後輩に宮地は目を見開く。攻撃を止めたい。そう思っても振りかぶった手は高尾の方へ向かっている。
 止まれオレの手…!
 宮地の願いも虚しく、パイナップルは高尾の頭に一直線に振り下ろされた。後に「高尾君の頭に当たる瞬間、スローに見えた」と赤司ことシアカは語る。

「高尾君っ…!しっかりして下さい高尾く……っ酷いです、こんなのってない!」

 怒りに震える黒子を真横で見ていたシアカは思う。

 あれ?一体ボクらは何をしているのだろう。

 その瞬間、世界はぐにゃりとねじ曲がり。最後は渦を描きながら真っ白な世界へと溶けていった。



+++++



 伊月俊はゆっくりと重い瞼を持ち上げ、目を覚ました。誠凛の部活ジャージを着て、真っ青な空と海に包まれた世界の真ん中で椅子に腰掛けていたのである。
 伊月は立ち上がり、凪いだ双眸で遠くを見つめた。

「誕生日おめでとう」

 突然声が聞こえ、そちらを向けば、相田を始めとする誠凛のメンバーが口々に祝いの言葉を紡ぎ出し、拍手する。驚きに目を丸くしたのもつかの間、伊月は嬉しげに笑みを浮かべた。

「誕生日なんだってな、おめでとう」

 次は笠松率いる海常が。

「おめでとう」

 続いて、大坪率いる秀徳が。

「おめでとさん」
「めでたいのぅ」
「おめでとうございます」

 桐皇、陽泉、洛山と続き、次に出て来たのは洛山の黛千尋だった。黛は伊月の腕を掴むと自分の方へ引き寄せ、抱き締める。

「誕生日おめでとう」

 耳元で囁かれた言葉に目を丸くした時には体を離され、すぐに誰かが後ろから抱き締めてくる。見れば、正邦の春日隆平で伊月の肩口に額を擦り付けると耳元に唇を寄せてきた。

「誕生日おめでと」
「誕生日おめでとうございまっす!」

 秀徳の高尾和成は春日から伊月を奪うと横から抱き付き、頬にチュッとキスをした。高尾の逆側から腰を抱いたのは秀徳の宮地清志でこちらも頬にキスを一つ。

「おめでとう」

 そして両側からもう一度抱き締められ、送り出された先には海常の森山由孝が立っていた。しばらく見つめあったあと、森山はおもむろに伊月の肩を掴むと徐々に顔の距離を縮め、唇同士を触れ合わせる。

「伊月、誕生日おめでとう」

 伊月は頬を桃色に染め、はにむように微笑んだ。

「ありがとうございます」



 誕生を祝して、沢山の愛と祝福を君に。






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