仄かに香る残念臭

 3月14日、ホワイトデー。
 律儀なだけなのか、それともイベントごとが好きなタイプなのか。モテたかった時期が長かったせいで敏感になりすぎているだけなのか。森山は伊月を住んでいるアパートに呼び出し、可愛らしいラッピングが施された小さめの小箱を渡した。
 いわゆる“ホワイトデーのお返し“というやつだ。
 促されるまま開けてみれば、色とりどりの可愛らしいマカロンが伊月の目を楽しませようと顔を覗かせている。
 『特別な人』という意味を持つ贈り物。
 マカロンにそんな意味があるなんて全く知らなかった伊月は目を丸くしたあと、嬉しそうに笑みを浮かべた。博識だとモテる、なんて安直な理由から覚えた知識。しかし、可愛い可愛い恋人から誉めて貰えたのだからあの努力は無駄ではなかったといえるだろう。雑学とはこういう時に役に立ってこその知識なのだ。
 ますます上機嫌になった森山はピンク色のマカロンを手に取ると伊月の口元まで持っていく。食え、と言わんばかりに伊月の形のいい唇にマカロンを軽く押し付ければ、少しばかり目を泳がせたあと、おずおずと口を開いた。
 口内に半分ほど押し込んでやると白い歯がマカロンを噛み割る。伊月はそのまま口内のものをもぐもぐと数回咀嚼し、嚥下して今度は躊躇なく口を開けた。森山はもう半分も伊月に与え、その咀嚼する様子をじっと見つめる。

 上手くいったとほくそ笑んで。

 その数十分後、森山が何食わぬ顔でペラペラ雑誌を捲っていると隣から送られてくる視線に気が付いた。横目でちらりと様子を窺えば、頬をピンク色に染め上げた伊月がこちらをチラチラ見てくるではないか。
 上がりそうになる口角を叱責し、気合いで真顔を貫き通していると森山のシャツが微かな力で引っ張られる。それに気付かない振りをして、雑誌に目を向けたままでいるともう少し強めに引っ張られた。それでも無視をし続けると今度は蚊のなくような小さな声で「由孝さん…」と呼ばれる。
 可哀想かなと思いつつもそのまま雑誌を読み続けていれば、伊月に左手を掴まれた。何事かとそちらを見ると、伏せ目がちの伊月が森山の指先にチュッとキスを一つ落としたところで。

「え、」

 森山が口を半開きにして呆けている間に、伊月はそれを何の躊躇いもなく舐め始める。その動きは猫の毛繕いに近く、数度舐めてははむはむと甘噛み、舐めては甘噛みの繰り返し。しかも欲情の色を含む潤んだ瞳と上気した頬にプラスして伺うような上目使いでそんなことをするのだ。
 森山のよしたかが元気にスタンディング・オベーションしてしまったではないか。
 むしろこのエロかわ伊月を見て、何の反応も示さない男はよほどの不能かインポかのどちらかだろう。それほどまでに今の伊月が纏う色香は凄まじいのである。
 触れたい、今すぐ犯してしまいたい。壊れるまで貪り尽くしたい。次から次へと湧き上がる劣情と加虐心をなんとか理性で押し止めようと頑張るも「よしたかさん」なんて甘えた声で急かすように呼ばれてしまえば、淫らな欲求に身を任せてしまいたくなってしまう。
 いやしかし、自分はレディーファーストを重んじるフェミニスト・森山由孝。伊月は女性ではないが、愛する恋人だ。自分の欲望だけを押し付ける訳には………、

「よしたかさっ…」

 訳、には………。

「体があっ、くて…へん、こわい…」

―――たすけて

 泣き出しそうな表情でお願いされちゃったらもうヤるしかない!そもそも何も言わずに即効性の媚薬入りマカロン食べさせた時点で欲望押し付けてるんだから今更だ!

 森山は伊月の丸い後頭部を掴み、勢い任せに唇に噛み付いた。急な触れ合いに一瞬目を見開いた伊月だったが、はむはむと唇を啄まれるうちにゆるゆると目蓋を下ろしていく。そして自ら口を開き、拙い舌の動きで森山のそれを招き入れてたのだ。
 嬉しげに目を眇めた森山は喜々として伊月の普段とは比べものにならないほど熱い口内を堪能する。口内がこれだけ熱を持っているということは、中も…。

「すぐ、楽にしてやるからな」

 呼吸の合間、低く囁かれた言葉に少し安心したように頷く伊月。それがいけなかったのか、腰を抱き寄せる為に触れた森山の手がいけなかったのか。
 はたまたそのどちらもか。

「ああああっ!」

 伊月はびくっと体を大きく震わせながら快感に濡れた甘い声で喘いだ。そして、間を置いて糸が切れた人形のように森山に寄りかかったのである。
 これはもしや…。
 ある可能性に即行き着いた森山は伊月の中心に手を伸ばし、指の腹で撫で上げた。軽く触れただけで熱い吐息を吐き出した伊月のそこは予想通り、湿り気を帯びている。森山は変態親父並の締まりのない笑みを浮かべたまま、弱々しく制止する手を振り切って、手際よく伊月が身に付けていたベルトを外しスラックスのチャックを下げた。
 前を寛げれば案の定、盛り上がった中心部分が下着に濃いシミを作り上げている。森山は手を無遠慮に下着の中に潜り込ませ、ぐちゅぐちゅわざとらしく水音を立てながら未だ芯を失わないものに触れた。

「ひうっ!?」
「なあ、俊、見てみろよ。ここ、お前の出したやつでべちょべちょだ」
「…んん、ぁ、あっ」
「まさかオレに触られてイったのか?」

 分かりきったことを口にして、くちゅりくちゅりと大袈裟な粘着音を奏でつつ伊月のものをリズミカルに扱く森山。裏筋をゆっくりと撫で上げたり、鈴口を親指で引っ掻いたりしながら伊月をじわじわ追い詰めていく。

「だめ、ょしたあっ……ふあ、ぁ」
「んー?」
「よし、さっ…またイく、からぁっ!」

 伊月がいやいやと首を振ろうとも、森山は止めるどころか手の動きを早め、吐精を促す。そして、先程よりも色付いた甲高い声を上げ、全身を強ばらせた伊月は白濁とした粘着質な液を森山の手の中に吐き出した。
 森山は肩で息をする伊月の頭を優しく撫でながら、ここでシようかそれとも寝室でシようかしばし思考を巡らせる。しかし、思考を巡らせながらも伊月の身に付けていたスラックスも下着も剥ぎ取っている辺り、答えなんて最初から決まっていたようなものだ。森山とて所詮は男。恋人の痴態を見続ければ、興奮する。
 それに、先程から股間がキツくて仕方がなくて。早く伊月の中に入りたい、とそればかりが頭を占領していた。
 近くにあったティッシュ箱から数枚取り出し、手についた白濁した液を拭ってから伊月の体をカーペットの上に横たえる。こんなこともあろうかとテレビ台の棚の奥にこっそり隠して準備しておいたローションとゴムの入った箱を取り出し、側に置く。

「あ…?」

 伊月は虚ろな目で自分の足をせっせと開く森山を見た。既に二回吐精しているせいで普段回転の早い頭は鈍っており、自分の身に何が起ころうとしているのかいまいち理解している様子はない。そんな伊月の視線に気付いた森山は手のひらにローションを垂らしながら、にっこりと微笑んだ。
 そして、ローションが充分に温められたところで尻孔にそれを塗りつけ、濡れた人差し指を差し入れた。

「ふあっ」

 媚薬の効果なのだろうか。まだ慣らしてもいないのに伊月の中は柔らかく、口内よりも熱い。奥へ進むのもいつも以上にスムーズで内壁が急かすように誘い込んでいる、ような気がする。
 一度指を引き抜いた森山はローションを足しつけ、今度は二本の指を潜り込ませた。あっさりと受け入れはしたが、やはり少しばかりきつい。森山はローションを足し、指をバラバラに動かしたり、抜き差しを繰り返してみたりしながら、根気良く中を慣らし続けた。
 すると、指が三本になってわざと外してきた前立腺でも弄ろうかとその辺りを探っていた時である。頭上から上擦った小さな声で名前を呼ばれた。当然伊月だ。

「どうした?」

 森山が伸び上がってそう聞けば、伊月は目の前の顔を両手で優しく包み込み、何か言おうと半開きになった唇にそれを重ねる。上唇を舐められ、下唇を軽く甘噛みされて。森山と唇を擦り合わせたまま、伊月は淫靡な吐息を吐き出しながら囁いた。

「もっ…いい、から!はやく……ぁ、なたで、いっぱいになりたんあぁ…!」

 舌打ちした森山は性急に伊月の中から指を引き抜くと箱からゴムを一つ取って、口で封を切る。スラックスから取り出したガチガチに固くなってカウパー液を垂らす分身に手早く薄い膜を被せた。伊月の腰を掴み、パクパクと物欲しげに動く尻孔に切っ先をあてがいながら、森山は言う。

「すまん、手加減出そうにない。お詫びと言ってはなんだが、お前が壊れるまで愛し合おう。心配するな、オレも一緒だ」
「はぁ……あ、ああっ!」

 指とは比べものにならない長く太い逸物がずぶりずぶりと伊月の中に侵入していく。だがしかし、体が強張っているせいなのか先っぽがちょっと入っただけでなかなかその先に進めない。
 森山は伊月の服を上までたくし上げると、存在を主張するように勃起したピンク色の乳首を乳輪ごと口に含んだ。

「ひゃ、うあ!……あ…んん、」

 乳首を舌で撫で、赤ん坊のように伊月の平らな胸を吸いつく。母乳などではしないのになぜだか甘い気がして。もう片方もちゅぱちゅぱ音を立てながら堪能する。
 と、伊月が胸に顔を寄せている森山の頭を掻き抱いた。何事かと乳首に舌を這わせながら、目線だけ伊月に向ける。
 弱々しく眉をハの字にし、瞳は潤みきって、頬はピンク色。半開きの口からは真っ赤な舌がちろちろと見え隠れしているし、顎は唾液で濡れていて。男の性を刺激するほど妖艶だった。
 そんな彼が森山と目が合うなり、嬉しそうに微笑んだ。この状況下で背後に聖母が見えるほど、綺麗に微笑んだのだ。

「俊?」

 驚いた森山は思わず乳首から唇を離し、彼の名前を呼ぶ。そして、彼は言った。

「乳首にくびったけ、きたこれ」

 ダジャレを。
 
「……」

 森山は言葉を失い、突っ伏した。あれだけ濃密だった空気は一瞬にして掻き消え、なんとも締まりのない空気だけが残ってしまう。この空気作り出した張本人はといえば、さっきまで乳首を吸われて喘いでいたのが嘘みたいに満足げに微笑んでいる。
 可愛い。ものすごーく、可愛い。のだが、普通の人間はこのタイミングでダジャレなんて言ったりはしないし、そんな余裕などない。それだけ伊月のダジャレに対する情熱がすごいということなのだろうか。
 さすがはダジャレ道を突き進む男。
 しかし、だからと言ってここで止める訳にはいかなかった。なぜなら、森山の薄い膜を被ったままのものが萎えることなく、その硬度を保っていたからだ。ムードクラッシャーな恋人がいると心も体も強くなるらしい。勃起的な意味で。

「まだまだ余裕みたいだな」
「え?」
「なら、手加減なんていらないだろ」

 丁度伊月もいい感じに力が抜けているし、今しかない。
 森山は薄笑いを浮かべ、言葉の意味を把握しきれていない伊月の中に押し入った。

「―――あ゛あぁ!!」

 伊月はいきなり押し寄せてきた快楽に目を見開き、背を仰け反らせる。突き出された胸に一つ唇を落とした森山はそのままゆっくりと律動を開始した。

「ひぁ、あ、やっ、んあ、ぁ、あ!」

 慣らす時、一切触らずにいた前立腺を集中して突いてやれば、伊月のだらしなく開いた口からはひっきりなしに濡れた声が押し出される。

「はっ、やらしいなお前」
「ちぁっ!…あ、やだ、そこ、あっ!」

 森山は伊月の胸から鎖骨、首筋と舌でねっとりと味わうように辿り、耳裏まで行くとそこに所有印を付けた。と同時に放置されたままでもだらだらとよだれ足らすものに指を絡めて律動と同じリズムで扱いてやれば、伊月は過ぎた快楽に体を震わせ、今や森山の背中に回る手に力がこもる。
 低く囁くように名前を呼ぶと伊月はゆるゆると目蓋を持ち上げ、不思議そうに小首を傾げた。そんな可愛らしい恋人の瞳に映る自分はなんとも雄くさく、必死な顔をしていてなんだか笑えてくる。だけどしょうがない。いくら貪ろうとも満たされるどころか、もっと欲しくなるのだから。

「んや……っと!、もっと!」
「もっと、何だ?」
「よし、っかさんの、もっとおく、んっ…きもちぃ、からぁ…あ、んあ!」
「っ…ほんと最高だな俊は!」

 舌なめずりした森山は要望に応えるように前立腺を擦りながら、奥へ奥へと欲望で膨れ上がった楔を打ち付ける。
 目元を濡らす生理的な涙を舐めとり、目蓋、額、鼻の頭と顔中にキスの雨を降らせた。最後にお互いの吐息を飲み込むみたいにして、深く唇を合わせ舌を絡めあう。森山は空いた手で後頭部をくしゃりと撫で掴み、伊月は森山の背中に爪を立てた。
 部屋の中は上からか下からか分からない濡れた水音と熱い吐息、むせかえるような濃い性と汗の匂いが充満していて。それさえも興奮材料に変え、森山と伊月はどんどん上り詰めていく。

「ぃや、イくっ…でちゃ、うあ!」
「オレも、ふっ、出そうだ」
「だめ、もっ、あ、あ!ああーっ!!」
「くっ……うっ…!」

 一段と奥へ打ち込むと伊月は一際高い嬌声をあげ、森山の手と自分の腹に白濁とした液をぶちまける。森山も搾り取るような締め付けに促され、薄い膜越しに濃い性を吐き出した。
 森山は息を整え、中からずるりと萎えたものを取り出す。その時に聞こえた鼻に掛かった伊月の声にピクリと反応仕掛けた己を叱責しつつゴムを外し、口を結んでゴミ箱に無造作に投げ捨てた。
 さすがにもう一回は無理だろう。思いつつもゴムの箱を手繰り寄せながらちらっと伊月を見れば、三度起ち上がり掛けている自身のものを泣きそうな顔で見つめていたところで。媚薬万歳!(可哀想なことをしてしまったな)と本音と建て前で逆のことを考えている森山はゴムを一つ手に持って、伊月に覆い被さった。

「由孝さん。オレの体、やっぱり変です」
「まだ楽にならないのか?」
「…はい」

 済まなそうにしょんぼりとしている伊月を見て、森山の良心が底辺まで抉られる。伊月がいい子過ぎて、自分が酷く欲深で醜い人間に思えるほどだ。「食べさせたマカロンに即効性の媚薬仕込みました!」と綺麗な正座で三つ指を立てながら土下座して謝りたくなってくる。
 しかし、だ。今は謝るよりも伊月を楽にするのが先なんじゃないだろうか。

「だったら、もっと激しく愛し合ったほうがいいのかも知れない」
「もっと、激しく……?」
「そうだ。それこそ俊の体力が尽きるまで、な。心配しなくてもいい、オレは何度だって突き合うぞ」
「え、あの、由孝さん?」
「そしたらゴムがいくらあっても足りないな。……俊に負担が掛かるが、ゴム無しでヤるしか無さそうだ」
「うそ、あ、待っ、ああっ!?」

 手に持っていたゴムをその辺に放った森山はニヤニヤとした笑みを浮かべ、伊月の片足を担ぎ上げる。伊月が真っ青な顔で言おうとした静止の言葉を遮り、ローションでテラテラと濡れた尻孔を自ら扱き復活させたもので再び貫いた。

「大丈夫だ、オレがそばにいる」
「んンっ…よしたかさん…」
「だから安心して、オレが与える快楽に溺れてくれて構わないぞ」

 超絶いい笑顔の森山がゆっくりと律動を開始して、第二ラウンドの幕が上がった。



 そして翌日の朝。

「本当に申し訳ありませんでした!」
「………」

 ベッドの主と化した伊月にコーヒーゼリーとボラ〇ノールを貢ぎ、媚薬のことを含めて土下座で謝り続ける森山の姿があったという。






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